第99話『第一回イベント⑤ダンジョンの最奥』
気が付けば、もう99話ですね……!
明日は記念すべき第100話ということで、多めに更新する予定です!お楽しみに!
その開いた扉の向こうから、冷えた空気が通路へ流れ出してきた。
私はすぐには踏み込まず、左手を扉に添えたまま、隙間の奥へ視線を差し入れる。相変わらず白灰色の石壁に囲まれた空間は、通路よりずっと明るかった。天井近くに埋め込まれた光源が淡く瞬き、石の床に敷かれた薄い砂をぼんやりと照らしている。
それにしても広いなあ。まず、そう思った。
扉の奥に広がっていたのは、半径三十メートルほどはありそうな円形の空間だった。客席のない闘技場、とでも言えばこの光景に近いだろうか。歓声も旗も装飾もないが、白灰色の壁が円を描くようにドッと立ち上がり、均された床の上に、薄い砂だけが撒かれている姿は、まさにコロシアムだ。
そして、その向こう側に四つの影があった。
一際大きい個体が一体。その個体を囲むように佇む小柄な個体が三体。
「やはり、というべきかな」
私は簡易鑑定を飛ばした。
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▼基礎情報▼
♦名称:イビル・ホブゴブリン
♦属性:瘴人
♦レベル:8
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▼基礎情報▼
♦名称:イビル・ゴブリン
♦属性:瘴人
♦レベル:5
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▼基礎情報▼
♦名称:イビル・ゴブリン
♦属性:瘴人
♦レベル:5
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▼基礎情報▼
♦名称:イビル・ゴブリン
♦属性:瘴人
♦レベル:6
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イビル・ホブゴブリン。以前街道で見たものと同じ名前だ。
ゴブリンよりずっと背が高く、肩幅もある。濁った緑の皮膚はより黒ずみ、太い腕には不格好なほど筋肉が盛り上がっていた。その手に握られているのは、荒削りの黒曜石のような刃を柄へ括りつけた大剣だ。刃の表面は光を吸い、縁だけが妙に輝いている。
残り三体の装備も面倒だった。
一体は剣と盾。粗悪な装備でも、片腕の私が正面から崩すには手間がかかる。もう一体は三メートル近い長槍を持っていた。小柄な身体には不釣り合いな長さだが、この空間の広さなら十分に活きるたろう。最後の一体は短剣を二本持っていた。前傾姿勢で、両腕をだらりと下げたまま、こちらを舐めるように見つめている。
「……これはかなりきつそうだ」
《敵性存在四体。内一体、上位個体と推定》
「だろうね」
とはいえ、無理だとは思わなかった。なんせ生まれ変わった私の機動力が十全に活かせる空間だからね。あの通路とは違い、思う存分動き回れる。
私は骸を抜き、円形の部屋へ足を踏み入れた。
一歩、二歩。
足裏で砂が小さく鳴った。硬い石床の上に薄く敷かれた砂が、踏み込みに合わせてざり、と動く。私は双剣使いのように重心を少し低くし、相手の一挙手一投足を見逃さないようにしながら部屋の中央へ向かう。背後では、大きな音を立てて両開きの扉がゆっくりと閉まり始める。
そして、敵の目に妖しい赤い光が灯った。炭に火が入るように、ぱっと。
次の瞬間、聞くに堪えない咆哮が広間に響いた。喉を潰した獣と、破損した笛を同時に鳴らしたよう音だった。それと同時に四体の敵が動き出す。完全な連携と呼べるほど整ってはいないが、それぞれが所持している武器によって各役割がはっきりとしている。
「ちゃんと嫌らしいじゃないか」
最初に接敵したのは、最も素早い双短剣のゴブリンだった。姿勢を低くし、砂を蹴ってこちらの左側面へ滑り込んでくる。少し遅れて正面から長槍の穂先が伸び、右側から剣盾が距離を詰める。さらに奥では、ホブゴブリンが大剣を振り上げながら走っていた。
私は体全体を使って正面へ出ると見せかけ、その勢いを殺さず強引に右斜め後ろへ流れた。
伸ばされた長槍の穂先が空を突き、双短剣が左脇を狙って刃を振る。刹那、手に握っていた骸を下げ、一本目を小さく弾き、二本目を腕の外装で滑らせる。短い火花が散り、表層に細い傷が走った。私の動きに着いてこれない剣盾の動揺が伝わり、その隙を突こうと狙いを定めるが、致命の一歩を踏み込む前に目の前が大きな影で暗くなる。
ホブゴブリンの大剣が、上から落ちてきていたのだ。
諸々が強化されたとはいえ、好き好んで受けたいとも思わない。私は右足を強く踏み込み、その勢いを殺すことなく左へ身体を横へ投げた。右腕があれば姿勢を整えやすい場面だが、無いものを嫉んでも仕方がない。そのまま空中で一回転し、着地と同時に左足右足と強引に支え、肩から倒れる寸前で体勢を引き戻す。
直後、黒い大剣が先程まで私が居た床へと叩きつけられた。ボガンという音が響き、周囲はとんでもない量の砂塵が巻き上がる。無視できないサイズの砂と石片が派手に舞い上がり、衝撃が足裏を震わせる。視界が一気に濁った。
「お、いいね」
私はその砂煙へ身体を沈めた。
当然だが、見えにくいのはこちらだけではない。双短剣のゴブリンが砂の向こうで甲高く鳴いたのを耳にする。マリーに分析力へリソースを割いてもらい、左斜め前に立ち竦んでいることを特定。
私は音の位置へ一歩詰め、骸を低く走らせた。
「らっ!」
手応えアリ!
少し軽かったかと思ったが、刃は確かに胴を裂いていた。双短剣のゴブリンがよろめく。続く死に物狂いの反撃の刃が伸びてくるが、あまりにも弱々しい。体を捻り、短剣の軌道を腰の外装の丸みに沿って逃がす。
その喉元へ、空かさず返す刃を入れた。
首が半ばまで裂ける。ゴブリンの口から濁った音が漏れ、黒紫の飛沫が砂煙に散った。私はもう一歩踏み込み、刃を押し切る。頭部が飛び、身体が淡く光って粒子へほどけていった。
まず一体!
余韻に浸る暇はない。
砂煙を割って長槍が突き込まれる。私は首を傾けて避けたが、穂先が頬の横を掠めるように通り抜けた。続けて二突き目。三突き目。くそ、思ったより速い!腕力で無理やり振り回しているのではなく、確かな殺意で以て私の頭に風穴を空けようとしてくるのだ。
ただし、私は敵前へと進む足を止めず、左右へ細かく身体を揺らすことで槍持ちの手元を翻弄する。目論見通り苛立ったように叫び、さらに無茶な踏み込みを行った。その間合いは、槍に不利だろうに……。
「ん?」
視界の奥で剣盾が盾を掲げ、こちらへ突撃しようとしていた。ホブゴブリンは大剣を床から引き抜き、既にこちらへ向き直っている。
「面倒な……」
とっとと片付けよう。
私は骸の切っ先をわずかに下げ、足元の砂へ意識を向けた。大地魔法と呼ぶにはあまりに小さな干渉だが、砂と石片をほんの少しだけ跳ねさせる。
槍持ちの足元で、ざっ、と砂が盛り上がった。
尚も突き込もうとしてくる槍の動きを止めるほどの力はないが、穂先が僅かにぶれる。槍に不利な間合いであることも幸いし、突き出された槍の穂先と柄の境に骸を合わせた。そのまま骸の刃が穂先の根元を切り飛ばした。
長槍は、ただの長い棒になる。突き終わりで姿勢が伸びたところへ、一気に踏み込んだ。彼我の距離があまりにも近かったからか、骸を振るより先に肩からぶつかる。
機械の身体の重量が、小柄なゴブリンを真正面から潰した。醜い顔面が私の肩に叩きつけられ、嫌な音を立てて歪む。以前の様に壁まで吹き飛ぶほどではないが、細い骨格が崩れ、頭が大きく仰け反った。
私は宙に浮いたその隙を見逃さず、跳ねるように駆けてその首を斬った。
二体目が消える。
「ふう」
そこに剣盾のゴブリンが飛び込んできた。
盾を前に押し出し、低い位置から錆びた剣を差し込んでくる。意外と判断が速い!的確に私が槍持ちを仕留めた瞬間を狙っいる。
骸を眼前に戻す。辛うじて間に合うが、それでも大きな余裕はない。
「ふっ!」
ガキンという音を響かせながら剣を弾き、その奥の盾を蹴る。足裏に硬い感触が返った。粗悪な盾の表面がへこみ、ゴブリンの身体が半歩後ろへ下がる。そこでガラガラの首を狙うが、急に盾の角度が変わった。刃が盾の縁を削り、火花が散る。
「スキルかな?」
その陰から、錆びた剣が伸びた。
ふと視界の端にホブゴブリンの影が見えた。ああ、忘れてなどいないよ。私は一度バックステップを挟み、周囲へと意識を伸ばす。生じた余裕で生み出せる最大火力の砂塵を私と剣盾を囲い込むように作り出した。
その後隙を狙った閃撃が左肩に一つ。ガン、と鈍い衝撃が走る。錆びた剣では、この体に大したダメージは無かった。ただ、その一撃は見事の一言。
「器用だね」
《損傷、軽微》
私は押し込まれた勢いを殺さず、身体を時計回りに回した。砂が足元で円を描く。勢いをつけた私を見て、ゴブリンが目の前に盾を戻そうとする。まさにそのその左手首へ、回転の勢いを乗せた骸を叩き込んだ。
盾を持つ手首が派手に吹き飛ぶ。
「ゲギャアアアア!!」
黒紫の血が砂の上へ散った。ゴブリンが喉を裂くような絶叫を上げる。空いた胴へもう一撃を入れようとしたところで、横から巨大な影が迫った。
「邪魔だなあ」
ホブゴブリンだ。
黒い大剣が、こちらの胴を丸ごと払う軌道で振られている。
私は無理に剣盾を仕留めようとせず、後ろへ跳んだ。大剣が目前を通過し、先ほどまで立っていた場所の砂を根こそぎ攫う。風圧が顔の横を叩き、遅れて石床を削る音が広間に響いた。
「ホブの打率、剣盾よりも低いね」
基本が大振りだからなのか、機動力に長けた私との相性は最悪だ。
左手を失ったゴブリンは、血を流す腕を抱えて叫び続けている。ホブゴブリンはそちらを一瞥も見もしない。仲間の痛みなど、音としてすら拾っていないようだった。ただ私だけを見て、爛々と赤い双眸をぎらつかせている。
「上位個体のくせに、面倒見は悪いらしいね」
《敵、接近》
「見れば分かるさ」
ホブゴブリンの大剣が横薙ぎに振られる。私は細かく足を動かし、ぎりぎりで外へ逃げた。あの動きだと、しゃがむか跳ねても良かったかも。砂が足裏の下で流れる。大振りだが速い。一撃の範囲が広く、距離を誤れば身体を持っていかれる。
続けて振り下ろし。遠心力によって振り回された大剣は、ホブゴブリンの腕力によって無理やり天へと滑り、そのまま振り下ろされる。
私はさらに右へ流れた。黒い大剣が床へ食い込む。石床と砂が派手に跳ね、刃の半ばが床に噛んだ。
「そればっかりだ、君はギミックボスなのかな?」
ホブゴブリンが低く唸る。
大剣を引き抜こうとして両腕に力を込め、柄を左右へ揺らす。しかし刃は床に引っかかり、すぐには抜けない。
私がその隙を見逃す理由なんて存在しない。
私は一気に踏み込む。
「はあ!」
まず、右手首。
骸が黒い刃の根元を握る太い手首へ入る。硬い。ゴブリンよりも明らかに肉がぶ厚いし、骨も太い。左腕一本で押し切るには幾分か抵抗が強い。それでも、刃は止まらなかった。骨を断つ感触が腕へ返り、ゴツゴツとした右手が柄から離れて彼方へ飛んだ。
「グギイイイ!!」
ホブゴブリンが吠えた。
残った左手だけで大剣を引き抜こうとする。力任せの動きで、刃が床から僅かに浮いた。私は身を沈め、もう一閃。左手首も切り落とす。
「ギャエエエ……!!」
切り離された左手に握られたまま、漆黒の大剣が床に残った。
両手を失ったホブゴブリンが、赤い目を見開く。大きく口を開き、汚い歯を剥き出しにして叫ぼうとしているようだ。
「遅い」
私はガラ空きの首目掛けて踏み込んだ。




