第96話『第一回イベント②なるようにならない』
全体の6〜7割ほど作業が進んだので、少しずつ投稿を再開していきます。また、推敲を重ねていく際にあれこれと筆を走らせた結果、当初予定していた物よりも文量が増えましたので、少し長めになるかもです!
また、今回の話と設定を合わせるために第93話の一部表現を修正しました。
「……」
まあ、確定してしまったものは仕方がない、か……。
私はその事実を数秒だけ口の中で転がし、それから、まず一番大事な確認を済ませることにした。こういう時に最初の一手を誤ると、後の面倒はだいたい倍になる。だからいち早い対処が不可欠なのだ。
というわけで、メニューを開き、そこに表示された多数の項目の内からチャットを開く。
視界の端にパッと淡いエフェクトを伴い、私の知人友人の名前が並んだ一覧が開いた。そこに並ぶ名前の中から、ヤトとモリアが入っている連絡用グループチャットを選択した。
『こちらルイス。個人参加扱いで別の隔離施設へ飛ばされた。どうやらパーティ参加とランダムマッチングは選択不能であるようだ。そちらは三人でまとまっているかな?ロヨンは無事?』
送信、と。
指先から離れた文字列は、ほんの短い沈黙の後、既読を示す小さな印へ変わった。しばしの間、機械の左手で腰に下げた骸の柄を撫でながら待つ。返事が来るまでの数秒は、やけに長く感じた。ロヨンを直接この目で確認できないというだけで、先ほどまで立てていた作戦の大半が手元から滑っていく感覚がある。
「うーん、どうしたものか……」
最初に返ってきたのはモリアだった。
『こちらは私、ヤトさん、ロヨンさんの三人で同じ場所にいます。ロヨンさんに怪我はありません。こちらでも、ルイスの姿が消えたことは確認しています』
続いてヤトの文面が流れた。
『うん、こっちは大丈夫。ロヨンさんも落ち着いてる。というか、今はルイスくんの方が心配されてるよ』
「心配される側になってしまったか」
《客観的に妥当です》
私は小さく息を吐き、さらに文字を打ち込んだ。
『こっちは一人だが、転送前に分けた装備と消耗品はしっかりと残っているよ。これから他の機能も確認する予定』
とりあえずのメッセージを送ってから、順番にメニューを開く。
まずインベントリ。うーん、問題なし。昨日買い込んだ回復薬、状態異常への対処薬、包帯、照明具、水袋、保存食、罠確認用の細棒や紐、投擲用の安いナイフ類も残っている。ロヨン用に多めに用意した包帯や止血用の品を私も抱えているのは皮肉だが、余るなら余るでどこかに使い道はあるか。
次に装備。骸、問題なし。装甲、劣化なし。状態異常、恩寵による各種デバフを除いて特におかしな点なし。
「うん、おかしな部分は無さそうだね」
ただ、シンプルに火力役として期待していたロヨンとモリアが隣にいない事実は重い。ロヨンの水や氷による一撃は頼りになるし、レベルやステータスが頭ひとつ抜けて高いモリアの攻撃も期待できないとは……。
私は器用に何でもできる万能の駒ではないのだ、少なくとも現状だと。機械の身体とマリーの補助があり、面倒な恩寵を二つ越えて、ようやく一人前といったところではないだろうか。初デスをここで飾るのは、まあ話の種にはなるだろうが、できればいつまでもこの記録とも言えない何かを伸ばしていきたい。
「次、掲示板」
《表示します》
掲示板は開けた。開けはしたが、そこにあったのは文字通りの濁流だった。
第一回イベント総合、境界迷宮雑談、キョクジツ様のテンションについて語るスレ、開会式の演出スクショ置き場、星一つ突入報告、星二つ挑戦者集合、報酬交換端末見た人いる?、住人連れ参加者相談、ガルトラッゾ動向、バグキン観測、観測箱が何か始めたらしい、推奨難易度を信じるか否か……。
うん、混沌だ……。
驚き、興奮、軽口、検証への期待、ランキングへの欲。水面の会場が綺麗だったとか、初回は星一つで様子見するだとか、最強ギルドなら星三つ以上へ行くだろうとか。旅人たちは実に楽しそうに騒いでいるなあ。
住人を連れている者たちの書き込みには少し緊張も混じっていたが、それでも多くは予定通りに進んでいるようだった。
一方で、私のように恩寵の試練の影響で強制的に個人参加へ落とされた、という話は見当たらない。該当者が少ないのか、まだ書き込む余裕がないのか、今まさに私と同じように頭を抱えているのか。いずれにせよ、今の掲示板から有効な先例を拾うのは難しい。
……そもそもあれか、パーティを組めないなんて試練、そうそう無いのか。
「皆、楽しそうで何よりだね」
《皮肉ですか》
「半分は本心だよ。残り半分は、私も本来ならあちら側で騒いでいたはずだという恨みかな」
それにしても、流れが速すぎる。イベント開始直後の感想や雑談が次々に上書きしていく。攻略情報も、まだ断片ばかりだ。星一つの初期階層らしき報告はあるが、入場ごとに構造が変わる仕様なら、そのまま信用するには早い。
「はあ」
私は掲示板を閉じ、公式サイトへ移った。
イベント詳細、Q&A、お知らせ欄、特設フォーム。開会式でキョクジツが言っていた通り、疑問に関する導線はしっかりと用意されている。もっとも、用意されていることと、こちらが望む答えを返してくれることは別問題だ。
まず参加形式の項目を開く。
そこには、あれこれと参加形態に関する情報が書かれていたが、少しスクロールした先に『パーティ関連機能に制限がある場合、パーティ参加およびランダムマッチング参加が選択できない場合があります。選択可能な参加形式が一つのみである場合、宣誓終了時に自動的に確定されます』、と記載されていた。
「ちゃんと書いてある」
《事前確認時に見落としていた可能性があります》
「こんな小さな文字まで全部読む人間だけが救われる世界か。いい性格をしている」
うん、尤もだ。なぜなら書いてあるのだから、それすなわちこれを読まない者が悪い。ただの八つ当たりだよ。
続いて、隔離施設間の移動について確認する。参加形式確定後、各参加単位は独立した特設領域へ転送される。イベント進行中、参加単位をまたいだ合流や編成変更は原則不可。途中合流でどうにかするという線は薄い。
つまるところ、今回のイベントはソロ確定と言ったところだろうか。
念のため、特設フォームを開いた。質問内容を選択し、詳細欄に現在の状況を打ち込む。恩寵の試練によりパーティ機能に制限がかかっているため、パーティ参加とランダムマッチングが灰色表示で選択不能となり、個人参加に自動確定された。同行予定だった者たちは別参加単位にいる。これは不具合か否か、合流手段はあるか。
送信すると、少し間を置いて回答が返った。
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【回答】
お問い合わせありがとうございます。
記載の状況は、現在適用中の機能制限に基づく仕様通りの挙動です。ユーザー様のマスクデータ等を詳細にスキャンしましたが、不具合は見当たりませんでした。
イベント参加形式は、通常時に利用可能なパーティ関連機能およびマッチング機能の状態を参照します。参加形式確定後の参加単位変更、隔離施設間移動、途中合流は原則として行えません。
詳細はイベントQ&A内「参加形式について」をご確認ください。
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「はい、仕様確定と」
《確認できましたね》
「できてしまったね」
私は額を指で軽く叩いた。それにしても、なんとも面倒なことになったなあ。
もう一度イベント詳細へ戻り、今度はソロ参加時の補助仕様を確認する。個人参加を選択したプレイヤー向けの項目は、思ったより細かい仕様があるようだ。
インスタントダンジョンには、選択した難易度ごとに想定戦力の範囲が設定されている。プレイヤーの現在のレベル、装備、スキル、保有恩寵、直近の戦闘傾向などを基に、挑戦内容が一定範囲で調整されるようなのだ。
さらに、ランダム生成された迷宮内容が第三者AI判定によりソロ攻略困難と判断された場合、敵性存在や罠の上限に一定の補正が入り、また必要に応じて挑戦者側へ特別な強化効果が付与されるらしい。
「第三者AI判定ねえ」
《生成結果の過剰な偏りを防ぐための安全機構と推定されます》
「安全機構。ポラリスの口から出ると、なんとも味わい深い言葉になる」
要するに、ソロで入った瞬間に詰むような構成は避けるということだ。少なくとも公式文面上はそう読める。迷宮の難易度がキャップ付きで調整され、必要ならこちらへ何らかのバフも付く。個人参加を選んだ者がそれでも楽しく遊べるようにするための、優遇システムのような仕組みとしては妥当だろう。
だからといって、楽になるとは一言も書かれていないね。
死亡、装備破損、状態異常、所持品消費は通常仕様であるようだし、ダンジョンの構造、敵、宝箱、罠、報酬内容がユーザー個人に合わせて入場ごとに変化するのも変わらない。
とはいえ、
「どうにかクリア自体はできそうだね、頑張ればだけども」
ただ、やはり壁は高いなあ。
私は連絡用チャットへ戻った。
『確認し終わったよ。今回の件は仕様通りで、何らかの不具合ではないようだね。参加形式は今使える機能を参照するから、私のパーティ制限がそのまま反映されたらしい。参加単位をまたいだ合流も原則不可みたいだし、今回ばかりは仕方ない。次回のイベントまでにこの試練を克服できるよう、どうにかするしかないね』
すぐにモリアから返事が来る。
『やはり、そうなりますか。こちらでもロヨンさんに説明しました。かなり驚いてはいますが、同行はこちらの三人で継続できます。同じダンジョンを攻略できずとも、もっと横断的なインスタントダンジョンに関する知見はお互いの助けになるはずです。そういった部分での協力は可能そうですね』
ヤトの文も続く。
『掲示板も見たけど、まだ同じ状況の報告は見つからないね。今はみんな普通にイベントで盛り上がってる。ルイスくんの件はかなり特殊かも』
『だろうね。私もチラッと見たが、現時点で参考になる情報は驚く程少ないよ。そちらは予定通り、星一つから探索重視で行くのがいいと思う』
文字を打ちながら、私は少しだけ考えた。
ここでどんな言葉を投げるべきか。まあ、なんにせよ妙に綺麗な言葉で包む必要はないか。私たちがやっているのは、本来牙を剥くべき神々が用意した迷宮に潜り、敵を倒し、ポイントを稼ぎ、報酬を競い合うままごと遊びだ。
いや、今回のイベントとも呼べる催しは、サクスザント様が忌み嫌う雑多な神々ではない、のか……?
いやしかし、大御神も敵ではあるのか。サクスザント様の口から直接的な固有名詞は出ていないが、彼女とエクス・マキナ・アポカリプスが壊滅させたこの世界を元に戻したのは、おそらく彼の神であろうことはなんとなく察することができた。
私はゆっくりと次の文を打った。
『ロヨンを死なせないでくれ。彼は失うには惜しい人だから。サクス文明のことも、機神のことも、恩寵に関わる話も、聞き出せていないものが多いし、何よりも身内だから』
そこで一度指を止め、少しだけ文を足す。
『でも、彼を守ることだけ考えて下手に縮こまる必要はないよ。だってどこまでいっても、これはゲームだからね。せっかくの最初の公式イベントなんだし、まずはめいっぱい楽しんでほしい。仮にロヨンの命が喪われたとして、それで私が君たちを責める筋合いも無いからさ』
送信。
そう、結局のところ、これはゲームなのだ。サクスザント様もロヨンも、あまり好ましい表現ではないけれど、敢えて冷たく表現するなら一つのNPCに過ぎない。そこに固執するよりかは、彼らにはこのイベントを楽しんで欲しい。そういう思いがあるのも事実だ。
しばらくして、ヤトから短い返事が来た。
『了解。いのちだいじに、でも楽しむ。昨日の方針通りだね』
続いてモリア。
『分かりました。ロヨンさんにも伝えます。あなたも無理をしないでください』
私はその文面を眺め、口元だけで笑ったみせた。無理をするなと言われて素直に頷けるほど、私は上品なプレイヤーではないのだ。
『そちらこそ。何か分かったら共有するよ。私も一つ潜って確認してくる』
それだけ送って、私はウィンドウを閉じた。
静かになった視界の中で、改めて自分の状態を確認する。足りないものは多いが、手元にあるものも決して少なくはない。昨日決めた通り、星一つから始めればいい。
私は徐に中央に据えられた操作盤らしきものへ歩み寄った。
先ほどは石碑のように見えたそれが、近づくにつれてわずかに光を帯びる。表面に細い線が走り、眠っていた機構がこちらの接近を受けて目を覚ますように淡く脈打った。白灰色の石に似た質感だが、触って確かめればただの石ではないと分かるだろう。
「これが難易度選択用かな」
指先を操作盤の表面へ置く。機械の皮膚越しに、ひやりとした感触が返ってきた。次の瞬間、機構の内側へ沈んでいた光がふわりと浮き上がり、目の前に半透明のウィンドウを作る。
六つの星が並んだ。
白く、冷たく、こちらを誘うように整列している。告知を見た夜、瞼の裏に残ったあの星と同じだ。
私は迷わず一つ目の星へ触れた。
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【難易度☆】
♦推奨:初回挑戦者、少人数、探索重視
♦境界迷宮の基本構造、敵性存在、罠、宝箱等を確認するための難易度です。
♦攻略中の行動に応じて、次回以降の迷宮内容が変化する場合があります。
♦この難易度でインスタントダンジョンを生成しますか?
♦YES/NO
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初回挑戦者。少人数。探索重視。
今の私には、丁度いい言葉が並んでいるようだ。少人数どころか一人だが、そこはシステム側がどうにかするらしい。してくれなかったら、その時はその時だ。文句を言うためにも、まずは自分の足で踏まなければ始まらない。
「さて、とりあえず一つ潜るか」
私は操作盤に浮かんだYESをポチッと押した。
《選択内容、難易度☆。生成確認待ちです》
低い振動が床を伝って足裏に届く。部屋の奥で揺れていたモヤモヤとした門の光が一度細く絞られ、次いで内側から押し広げられるようにきちんとした石造りの扉へと形を変え始めた。
最近は地震が多いですね。本作品の舞台は試される大地ですが、作者は都内在住ですので、先日の地震を諸に感じました。
東北、北海道でも細々としたものから大きな地震まで頻発しているそうなので、そちらにお住まいの方も今一度安全に注意し、いつまでも健やかにお過ごし下さい。




