第6話 上級冒険者《アンノウン・デストロイヤー》
「あの、貴方の名前は……?わ、私は、セーラ・セレスタイトと申します」
ダンジョンから出てしばらくして少女が口を開いた。ローブのフードを深く被り直す。
「俺はノアだ」
「ノア様……」
少女は口の中で転がすようにノアの名前を言うと、もう一度頭を下げた。腰まで折っている。
「本当にっ、ありがとうございました。お礼にをさせてください」
どうやら、助けた人が言うことは全て同じらしい。『お礼をさせてください』ただ1つだ。
「いや、別にいらない」
しかし、ノアはそんなことはどうでもよかった。別に、『自分が貴方を助けたように、他の誰かを助けてください。それが私へのお礼です』なんて善人ぶったことを言うつもりもないし、かといってお金を要求するほど腐ってもいない。
もっと言えば、お礼に費す時間があるなら、1つでも多くクエストを受けて消化したい。
ノアは上級冒険者だから、人を助ける機会は多くある。けれどそういうとき、何も要求しないようにしていた。めんどくさいから。
ただあのパーティみたいに、無茶して殺されかけたやつを助けたときは一言言うけど。
「でも……」
「気にしなくていいから」
ノアはさっさと歩き出した。とりあえず《暁闇》へ。次にクエストを受けるとすれば、30階層くらいかな。
いくらノアに化け物じみた体力があるとは言え、今日は疲れていた。人助けばっかりしていた気がするし。
「俺、たぶんめちゃくちゃ徳積んでるよなぁ」
ノアの服の中では上級冒険者の証である金色のネックレスが輝いている。
ノアのような凄腕の冒険者がいる、ということは《暁闇》内でも有名だったが、それがノアだと言うことはバレていなかった。ノアがほとんど人と関わらず過ごしてきたせいだろう。しかもダンジョンの奥深くばかり潜るから、あまり誰にも会わない。
クエストを受けるために《暁闇》との移動ばかりして、酒場にも行かないし。
それこそ例の勇者――コレヒサが名付けたように、ノアはダンジョンの『アンノウン・デストロイヤー』になっていたのだった。
「そういえば、あの人、私と手を繋いでた……なのに何も無かった……」
ダンジョンから10分ほど歩いた、イニティウム最大の商店街。手袋屋の前で、ふと思い出したようにセーラは呟いた。ノアに助けられた少女だ。
男たちに絡まれたときに手にはめていた手袋を落としてしまったのだ。セーラには、手袋をはめ続けていなければならない理由があった。
「もしかして耐性がある……?」
手袋をおばあさんから受け取り、歩き出す。向かうは、ギルド《暁闇》だ。セーラには戸籍がないためここで働いていた。
「私の仲間か、もしくは……何しろ、調べなくちゃ」
少女は頬を紅潮させる。もしかしたら、もしかしたら初めて素をさらけ出して仲良くなれるかもしれない。
「ノア様、か」
フードの下。自分を助けてくれた青年の顔を思い浮かべ、セーラはふふっと微笑んだ。