魔法の鏡の向こう側
完結話です
ハッピーエンドはお呼びじゃない!!と言う方は
前話で完結した事にして読まない事をお勧めします
来るべき死の瞬間を覚悟して目を閉じていた青薔薇は、温かいものにきつく拘束されて目を見開きました。
「呼ぶのが遅いんだよ、バカ」
柔らかい白銀の髪が頬と首筋を擽り、熱い吐息が素肌の肩に掛かります。
耳近くで聞こえた、その声は、ずっと聞きたいと願っていたもので。
「ぎん、えい?」
「そうだよ。頼れっつったんに、何ひとりで死のうとしてんだよ、バカ。バカ薔薇」
溜め息と共に呟かれた、心配した、と言う言葉に、青薔薇の肩が震えます。
見下ろせば、自分を拘束しているのは、存在を確かめる様に抱き締める、銀影の腕で−、
「え?」
見下ろした先の光景に、青薔薇はぱちぱちと目を瞬きました。
足元に床は無く、その先の空間ではもうひとりの銀影が首から血を噴き出す自分そっくりの人物を、後ろから抱き支えているのです。
「え?」
戸惑う青薔薇の耳元で、銀影が状況を説明し始めました。
「あっちは、ニセモノ。あんたがあのバカ娘助けんのにやったのと同じ方法だよ。ああして身代わりを死なせて、あんたが死んだって思わせんだ」
「え、では、どなたかわたしの代わりに?」
「心配しなくてもあれは単なる良く出来た人形みたいなもん。最初から生きてない」
生きている事を喜ぶより、誰かを身代わりにした事を心配する青薔薇を、銀影が呆れと慈愛の混じった目で見つめました。
「えっと…」
無意識に銀影の腕に手を添えながら、青薔薇は眉を下げました。
「銀影は、魔法使い、なのですか?」
「まあな」
密着する銀影の頷く気配が感じられました。
足元には先刻青薔薇を無力化した魔法使いの老爺もいますが、眺める青薔薇たちや青薔薇の擦り替わりに気付いた様子はありません。
つまり、あの老爺よりも銀影が上手と言う事なのでしょう。
下の会話で老爺が、銀影を七賢者と呼びました。
「七賢者?」
銀影を指差して首を傾げる青薔薇に、銀影が困った様に片目を眇めます。
「あー…まあ、うん」
下から偽銀影と青薔薇が消え、老爺が銀影について語り出します。
「いちばん強くて、冷酷?」
「いや、あーっと、何つうか、ただ、そう言われてるだけ、だから」
「そうですよね」
ぱあっと微笑んで、青薔薇が肩越しの銀影を見つめます。
「銀影は優しいひとですよね!」
「え?そっち?」
「え?」
「あ、いや、オレ、優しくない、よな?」
「え?」
「え?」
「優しいですよ?」
何を言ってるんだと言いたげな目で問われて、銀影は青薔薇の肩に顔を埋めました。
仄かに、薔薇のポプリが香ります。
「…取り敢えず、移動するか。もう用もねぇだろ」
どこか疲れた様に銀影が呟き終えた時には既に、周囲は不思議な空間に変わっていました。
一面濃淡様々な青で染められた空間に、いるのは青薔薇と銀影がふたりずつ。
「…選べ、青薔薇、って、なに?」
青薔薇から離れた銀影が、真面目な顔を作って問おうとしましたが、ぱしっと青薔薇に腕を掴まれて片眉を上げます。
完全に無意識に行動していた青薔薇も、自分の行動に驚きましたが、なぜか手を離せません。
「あっ、いえあの、あれ?」
ぎゅうと銀影の腕を握って、目を瞬かせます。
「…えっと」
なぜ、自分はこんな事をしたのか。
考えた青薔薇は、理由に気付いて苦笑しました。
「銀影、置いて行かないで下さい」
「いや、そんなつもりはねぇけど」
青薔薇から唐突な懇願を受けて、銀影が困惑した表情を浮かべます。
「だって、離れるから…」
「ずっと抱き締めてろと?」
「…頼んだらしてくれますか?」
「あんた何言ってんの」
銀影がじとっと目を細めました。
離そうとしない青薔薇に溜め息を吐きます。
「あーもう。とにかく、二択に答えろ。王妃として城に戻るか、王妃を殺して別人として生きるか」
「銀影は?」
「は?」
すかさず問い掛けた青薔薇に、銀影が思いっ切り顔をしかめて問い返しました。
両手で銀影を捕まえて、青薔薇が問います。
「選んだら銀影はどうするのですか?」
「さっきから、あんた何なの」
真顔になった銀影が、青薔薇に問い掛けます。
誤解してしまいそうな行動に、少し怒りを覚えて。
きゅっと力の込もった青薔薇の細い指が、銀影の腕に食い込みます。
「…もう、我慢出来そうにないのです」
「あ?」
「銀影の声を聞くと、甘えたくなるのです。頼って、頼りきって、あなた無しではいられなくなりそうなのです。突き放すなら突き放して、そうでないなら、ずっとそばにいて下さい」
少し俯き加減になった青薔薇が、そっと銀影を見上げます。
思わず抱き締めそうになって、ぐっと拳を握り締めて堪えます。
「それは、オレの声が鏡に似てるからか?」
思わぬ問い掛けに目を見開いた青薔薇は、弾かれた様に顔を上げました。
「鏡を、知っているのですか!?」
「宰相に聞いた。あんたの恋人が鏡だって。なぁ、もしかしてその鏡って、銀細工の喋る鏡?ひとの心を映す、役立たずな魔法の鏡だったりしねぇ?」
「鏡は役立たずなんかじゃありません!って、あれ?どうして鏡の事を…」
祖国の母しか知らないはずの内容を当てられて、青薔薇は目を瞬きました。
「オレが造ったから」
「つくっ、た?でもお母さまは、ずっと昔に造られた鏡だって…」
「ずっと昔だよ。まだ、そこら中に魔法使いがうろうろしてた頃の話だ。師匠が弟子全員に課題として造らせて、オレのだけ出来損ないだったんだ」
「ずっと昔?」
「ああ。オレは、死にも老いもしないまま、千年以上生き続けてる。心臓を、特大の魔鉱に取り換えられて、老いられねぇんだ。気付いてねぇかも知れねぇけど、あんただって魔鉱を飲み込んでから、年取ってねぇはずだぞ?あの鏡に使った魔鉱の魔力は、千年やそこら鏡やってた程度で尽きる様なもんじゃねぇからな」
ぽかーんと、青薔薇が口を開きました。驚きの余り力が抜けたのか、銀影を掴む手が離れてぱたりと落下します。
「口、開いてる」
銀影が指先で顎を押して、口を閉じさせます。
ぱちりと瞬きして、俯き口許を覆った青薔薇は銀影に問い掛けました。
「あなたが、鏡を?」
「そ。喋って心映すだけの出来損ないを作って、散々バカにされたのはオレ」
「…ごい」
「だからあの鏡の声はオレに似てるし、性格も作った当初のオレにって、何か言ったか青薔薇?」
ぼそりと呟かれた声を聞き損じて顔を覗き込んで来た銀影の両腕を、青薔薇は再びがしっと勢い良く掴みました。
「凄い!凄いです銀影!鏡を作ったのがあなたなんて、凄い!わたし、感動しました!!」
先までの茫然自失とした様子が嘘だったかの様に、深紅の瞳をきらきらと輝かせ、興奮した面持ちと声で話す青薔薇に、銀影が絶句します。
「銀影は命だけでなく、わたしの心も救ってくれていたのですね!!もう、何とお礼を言って良いか」
「いや、だって、あれは、出来損ないで」
「出来損ないなんかではありません。あなたの作った鏡が、ずっと、今まで、わたしを支えてくれていたのです!あなたの声と心が、わたしを救ってくれたのです」
目を見開いて青薔薇を見つめた銀影はへたりと座り込み、俯いて口許を片手で覆いました。
大きく見開かれた瞳が潤み、ぽろ…と、涙が溢れました。
「え?銀影!?ご、ごめんなさい。わたし何か、悪い事を、きゃっ!?」
驚いて銀影の前にしゃがみ込んだ青薔薇を、銀影が片手で抱き寄せました。
自分の肩に青薔薇の顔を押し付けて、震える声を紡ぎます。
「オレ、結構有名な魔法使いの弟子でさ。落ち零れで、周りのヤツらは誰でも出来る、当然の事が出来なかったんだ。頑張っても、それは出来て当然で、誰も凄いなんて褒めてくれない。七賢者とか、最強とか言われてるけど、たまたま魔鉱の心臓入れられて、死なねぇで生き続けたから強くなっただけで、本当は先に死んでったヤツらの方が優秀で、オレはずっと、劣ってるって、思ってて。でもここんとこ、鏡が誰かに優しくして貰ってたから、オレも救われた気がしてて…」
銀影が、両手でぎゅっと青薔薇を抱き締めました。
「あんたが鏡を凄いっつってくれたの、知ってたよ。造ったもんとは繋がってんだ。ちゃんとは見えてなかったから、あんたって気付いてなかったけど。オレはずっと、魔法の鏡の向こう側にいたあんたに恋してたんだ。あんたが鏡に救われたっつうなら、オレだってあんたに救われてた。千年誰も救ってなんかくれなかったのに。オレなんかを、凄いって、そんな顔で、言って…。何なんだよ、あんた」
青薔薇はそっと、銀影を抱き返しました。
ずっと支えてくれた声を、自分を抱き締める身体を、弱くても優しい心を、愛おしく感じます。
「…地下室で、理想の恋人を聞かれたのです」
銀影の頭に頭を寄せ、青薔薇が語ります。
「その時何故か、銀影の顔が浮かんだのです。鏡ではなく、銀影が」
「鏡に声が似てたから?」
「いいえ。わたしずっと、甘えられるのは鏡だけで、あのひとにすら甘えようと思わなくて、家族にすら甘えちゃ駄目だって思ってたのです。でも、銀影には不思議と甘えたくて。今、思うんです。わたしはずっと、鏡の向こうの銀影に甘えてたのかもって。銀影だけが、特別なのだって」
ふふ、と青薔薇が笑って、銀影の肩を押しました。
少し離れた、けれど近い距離で、泣き顔の銀影と見つめ合います。
「甘えさせて、くれませんか?ずっと離さないで、甘やかして下さい。好きです、銀影、愛しています」
「…王妃は、辞める?」
「銀影がそばにいてくれるなら」
「オレ、死なせねぇよ?あんたの魔鉱はその内魔力が尽きるけど、オレの魔力を流し込んで、何百年何千年と、生かし続けるよ?そんで、ずっと、逃がさねぇよ?」
「喜んで」
「…もう、撤回させねぇからな」
後ろにいた偽銀影が、音も無く消えました。
銀影の服の肩口を掴んだ青薔薇は、甘える様に首を傾げます。
「ねぇ、銀影、言って欲しい言葉があるのですけど」
「奇遇だな。オレも、あんたに言いたい言葉がある」
銀影は手を伸ばし、青薔薇の頭を引き寄せました。
「オレの青薔薇。あんたを、この世界の誰より、愛してる」
微笑みを交わしたふたりは、そっと唇を重ねました。
その後ふたりがどうなったかはわかりませんが、永遠に愛し合い、幸せに暮らした事だけは、確かです。
無事完結出来ました
こんな感じ進むーと言うイメージ程度で
完全に行き当たりばったりで書いていたので
途中整合性が取れてない部分があるかも知れませんが
少しでも楽しんで頂けていれば幸いです
最後までお読み頂きありがとうございました




