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白翼の光  作者: 月凪
第四巻 希望と影は光を紡いで

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第83話 龍の影


――7年前。


虎と希の死闘から、数週間が過ぎた12月。


不気味なほどに

巨大なオレンジ色の満月が、

廃墟と化した新宿の夜空に、

世界の終わりを告げるように

ぽつんと浮かんでいた。


新宿の雑居ビルの最上階。


かつては煌びやかな

高級クラブだったその部屋は、

今や、東京の闇を統べる「龍」の

仮の玉座と化していた。


蒼龍 黎は、

革のソファーに深く腰を沈め、

苛立たしげに長い息を吐き出した。


その息吹だけで、

部屋の空気が歪み、

室温が急激に下がっていく。


(虎……お前は、一体、あの女に何を見た?)


「龍……。


薄刃殿がお話しをしたいと」


暗闇の中から、影目が静かに現れた。


龍は不敵に、獰猛に口の端を釣り上げた。


「丁度退屈してたところだ。通せ」


ほどなくして、

薄刃が足音も立てずに部屋へと入ってきた。


その眼鏡の奥の瞳は、

一切の感情を排した

無機質な硝子玉のようだった。


龍は無作法に足を組み直し、

薄刃を値踏みするように睨みつける。


「よう。


久しぶりじゃねえか。


で? 何の用だ」


薄刃は淡々と言い放った。


「龍。俺と協力して、

妖魔の国を作って欲しい」


龍の細い目が、一瞬で凶暴な光を宿した。


「あ? 


それは俺と虎との約束だ。


お前には関係ねえだろ」


薄刃は一歩も引かず、

落ち着いた声で切り出した。


「美雲 希を捉え、

奴の妖力を利用することを考えている。


具体的には、奴を母体として、

強い妖魔を産ませる——」


ガァンッ!!


爆音とともに、テーブルが粉々に砕け散った。


龍が蹴り飛ばしたのだ。


飛び散る木片と石の破片。


部屋の空気そのものが、

圧倒的な質量を持って

薄刃を押し潰そうとする。


「希……アイツの強さは認める」


龍は立ち上がったまま、

低く、獣の唸りのような声で吐き捨てた


「本当は俺が直接叩いてやりてえが、

俺が動けば討魔局と全面戦争だ。


そしたら、虎の死が、

ただの無駄死にになっちまう」


薄刃は静かに頷いた。


「はい。


理解しています」


「虎を殺した以上、

希を生かしておくわけにはいかねえ」


龍は再びソファーに腰を落とし、

苛立たしげに吐き捨てた。


「お前のクソみたいな実験はどうでもいいが……


希と正面から決闘して、殺してこい。


そしたら、お前の存在を認めてやる。

一緒に妖魔の国を作ろうじゃねえか」


薄刃はわずかに間を置いて答えた。


(希には娘がいる……


それで研究は続行出来るか……)


「……承知致しました。


必ず決闘で希を殺してきましょう」


龍は高らかに笑った。


「ハハハ!

お前程度の力で希が殺せるなら、

虎はやられたりしねえよ。


まあ、楽しみにしてるぜ!」


薄刃は深く一礼し、

眼鏡のブリッジを指先で押し上げる。


「そのために、

ひとつお願いがあります。


Sランク妖魔一体と、

AAAランクの兵隊を二体貸して欲しい」


龍は鼻で笑った。


「そんな戦力で、

あの白い悪魔を殺すだと?


無理に決まってんだろ」


薄刃は冷静に、確信に満ちた声で返した。


「要は、使い方と、使い時の問題です」


龍は薄刃を面白そうに睨みつけ、

背後の暗闇に声をかけた。


「おい、影目!」


「はい」


「お前、こいつが希を殺せると思うか?」


影目は、一瞬の躊躇もなく即答した。


「いいえ」


龍は薄刃に向き直り、ニヤリと笑った。


「だとよ。


どうすんだ、薄刃。


それでもやるのか?」


薄刃の瞳には、

迷いの破片すら存在しなかった。


「……はい」


龍はつまらなそうにため息をつき、

手を振った。


「チッ……『九条』を連れて来い!


それとAAA二体の召喚粒子を

月魄に持って来させろ。

それをこいつに渡してやれ」


薄刃は深く、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


龍は最後に、

部屋の空気を完全に凍りつかせるような、

圧倒的な威圧感で低く告げた。


「こっちも希にやられて、

兵力が足りねえんだ。


貴重な兵隊を無駄にしやがったら、

お前を潰してやるから覚悟しとけ」


薄刃は静かに、

けれどどこか狂気を孕んだ笑みを浮かべた。


「はい。必ず始末します」


◇


龍のアジトを後にした薄刃は、

無人の廃墟と化した、

夜の歌舞伎町を歩いていた。


冷たいコンクリートの感触。


隣をSランク妖魔・九条 牙狼が歩く。


九条は苛立たしげに言った。


「おい、薄刃。


本気であの『白い悪魔』と

やり合うつもりなのか?


俺も以前、戦った経験はあるが……

アイツの強さは次元が違うぞ」


薄刃は淡々と、

夜の闇に溶けるような声で答えた。


「ああ……分かっている。


正面から戦えば、勝てる道理はない」


「なら、どうする?」


薄刃の歩みが止まる。


「少し考えがある。


希には娘がいる。

溺愛する愛娘だ。


……そいつを狙う」


九条は、呆れたように

深い溜め息をついた。


「お前は変わらないな……」


薄刃は九条の言葉に少しだけ

不快そうに眉をひそめたが、

すぐに声を低くして続けた。


「もう死んでしまったが、

以前、久我という人間から

特殊な爆弾を購入している。


その爆弾には、少し細工をしてある」


九条の瞳がガラス玉のように

冷たく凝固した。


「細工だと?」


薄刃は答えず、

眼鏡のブリッジを押し上げた。


「これを、娘の通う塾に仕込む」


夜風が、歌舞伎町のビル風となって

冷たく吹き抜ける。


「母親という生き物は愚かだ。


娘の為なら自分の命さえも捨てる。


そして希は、自分が傷つくことを恐れない。

だから強い。だから利用しやすい。


そういうものだ」


九条はやれやれという顔で、肩をすくめた。


「つくづくお前らしいよ……薄刃」


雲の切れ間から、オレンジ色の満月が。


すべてを見透かすように、

彼らの頭上に不気味に覗き込んでいた――


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