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白翼の光  作者: 月凪
第四巻 希望と影は光を紡いで

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第78話 黒い雪、遺された空


無数の星がまたたく、

南砂の閑静な住宅街の奥。


薄暗い路地に面した

地下駐車場の入り口は、

冷徹な闇に満ちていた。


非常灯の赤い光が、

頼りなく、チカリ、チカリと

明滅している。


そこには、静寂だけがあった。


――キギィィィッッッ!!!!!


その静寂を、激しい摩擦音が

力任せに引き裂いた。


討魔局の黒いバンが、

テールランプを派手に光らせながら、

蓮司の車の隣へと勢いよく滑り込んだのだ。


ガチ、と運転席のドアが乱暴に開かれ、

神崎が勢いよく飛び出した。


その大きな掌には、

特式妖魔刀が固く握りしめられていた。


神崎は周囲に張り巡らされた

立入禁止の黄色いテープを腕で薙ぎ払い、

迷わず地下駐車場の

暗い入り口へと駆け込んでいった。


◇


入り組んだ地下駐車場の奥へと足を進める。


不規則に明滅する赤い光が、

コンクリートの支柱に

禍々しい影の怪物を躍らせていた。


鼻を突くのは、

湿ったコンクリートの冷たい匂いと、

戦いの名残である鉄臭い空気。


「光!!


……どこだっ!?」


その奥から、

焦燥に駆られた二人の声が聞こえてきた。


「光! どこにいるの!?


お願いだから返事してっ!」


美咲の声だ。


神崎はさらに足を速め、

二人の元へと合流した。


「蓮司!


美咲も来てたのか……


光はどうした!?」


神崎の姿を認めた美咲は、

涙で目を真っ赤に腫らし、

息を激しく乱しながら声を絞り出した。


「班長……っ!


光が、いないんです……!


さっきまで、確かに一緒にいたのに……


いつの間にか……っ」


「何だと……!?」


神崎の目の色が変わった。


「まさか、妖魔に連れ去られたのか!?」


「いや……」


蓮司が息を切らし、

前髪を乱暴にかきむしりながら

首を横に振った。


「久我と薄刃は確実に撤退したはずだ。


光ちゃん、さっきまであそこの

防災センターの椅子に座ってたんだよ。


本当に一瞬、オレたちが目を離した隙に、

気がついたら姿が消えてて……!」


ドクン、と

神崎の心臓が嫌な音を立てて跳ねた。


「悠真はどうした!?」


美咲が胸に手を当て、

必死に呼吸を整えながら答えた。


「悠真は、本部の調査課に連絡を入れて……


いま、向こうの防災センターの辺りを

探しています」


神崎は一瞬だけ、

苦渋を噛み締めるように目を閉じ、

すぐに鋭い声で指示を飛ばした。


「とりあえず手分けして探そう!


まだ妖魔が潜伏している可能性もある。


蓮司、美咲を頼む。

二人は絶対に離れずに行動しろ。


俺はさらに奥の方を探してみる!」


神崎は妖魔刀を握りしめ、

暗く広い通路の奥へと地を蹴った。


「おい! 光! 


どこだ!?

いるなら返事をしろ!!」


不気味に明滅する非常灯の赤い光が、

彼の大きな影を、コンクリートの壁へと

長く、おどろおどろしく伸ばしていた。


◇


少し離れた防災センターの付近。


焦燥に駆られる悠真の元へ、

神崎が息を切らせて駆け寄る。


「悠真! 


光は見つかったか!?」


悠真は応えず、

ただ無言で首を横に振った。


その手には、残されていた

光の小さめのバッグが握られている。


「……光のバッグです。


スマホも入ったままです」


「チッ……!」


神崎はそれ以上何も言わず、

駐車場の最奥へと走った。


非常灯の明滅が一段と激しさを増していく。


それに比例するように、

肌を刺す空気も重く、

冷たく淀んでいくのが分かった。


その、最暗部の隅。


太い鉄柱と壁が作り出す狭い隙間――。


わずかにキラキラと輝く

黒い粒子が、夜風に舞うように、

静かに空間を漂っているのが見えた。


それは、先ほどまで、

ここで妖魔との戦いがあった痕跡。


黒い雪が舞い散るようなその光景に、

神崎はゴクリと息を呑み、その方へと急いだ。


粒子が静かに舞う、その先。


壁に寄りかかるようにして、

弱々しく倒れている、小さな人影があった。


「――いた」


神崎は全力で駆け寄り、

傷だらけの光を、

壊れ物を扱うように

両腕で優しく抱き上げた。


抱き上げた瞬間、

その腕にべっとりと血が移った。


「おい! 光! しっかりしろ!!


頼む……頼むッ! 


目を開けてくれ!」


「……っ……、ん……」


激しい揺れに、光は拒絶するように、

うっすらと目を開けた。


視界を埋め尽くす、

夜風に舞う黒い雪。


その向こう。


必死な形相で、

自分を抱きかかえる大柄な男。


――ああ。


昔も、こんなふうに。


大きくて。


温かくて。


怖くなかった。


光の青白い唇が、微かに、震えながら動く。


「……班……長……?」


「――っ」


神崎の胸に、

言葉にならない熱いものが

爆発的に込み上げた。


無事でいてくれたという圧倒的な安堵。


そして、これほどボロボロになるまで

少女を一人で戦わせてしまった、

己の無力さへの激しい苛立ち。


その二つが混ざり合い、

彼の視界を激しく潤ませる。


「……ああ……そうだ! 


俺だ!


光……もう大丈夫だ!


よく頑張ったな……」


しかし、張り詰めていた心の糸が

完全に解けたことで、

光の意識は再び薄れていく。


神崎の温かい腕の中で、

光は再び、深い、深い

底なしの闇へと落ちていってしまった。


――カラン……。


光の意識が完全に途切れた、

まさにその刹那。


力の抜けた彼女の指先から

金属のようなものが、乾いた音を立てて

コンクリートの床へと転がり落ちた。


神崎はそれを拾い上げ、

静かに目を落とした。


次の瞬間、彼の全身から

血の気が引いていくのが分かった。


手が、震えている。


「……これは……『空刃』……」


7年間。


ずっと探していた。


ずっと、見つからなかった。


その形見が、今、

光の血で濡れた手のひらの中に

静かに収まっていた。


「なぜ……


光がこれを……」


神崎の声は、掠れて、

ほとんど言葉にならなかった。


神崎の驚愕を置き去りにするように、

遠くの地上からは、

夜の静寂を切り裂く救助班のサイレンが、

幾重にも重なって響き始めていた。


冷たい夜風だけが、

影目の遺した黒い粒子を、

いつまでも、静かに静かに

舞わせ続けていた――。


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