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白翼の光  作者: 月凪
第四巻 希望と影は光を紡いで

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第76話 フェード・アウト


双妖刀・風牙・陽を

鋭く逆手に構え、

蓮司が獣のように牙を剥いた。


「テメェ……ッ!


光ちゃんをここまで

ボロボロにしやがって……!」


普段の軽薄さを完全にかなぐり捨てた、

底知れない怒りの声。


しかし、その隣で

双妖刀・風牙・陰を握る

美咲が、即座に言葉を返した。


「違う! 影目よ。


光が一人で倒したわ。」


「は――!?」


蓮司の動きがピタリと止まり、

その声が驚愕で裏返った。


「何!? 


マジか……


あの死神を……光ちゃんが……っ!?」


驚きに目を見開く蓮司。


しかし、戦場は

彼らに一瞬の猶予も与えなかった。


「…………来るぞ!」


悠真の鋭い警告が響く。


「グォォォォォォッッッ!!!!!」


眼前で、怒りに我を忘れた

久我累が、鼓膜を震わせる咆哮を上げた。


口元を切り裂かれ、

黒い粒子がこびりついた顔を

さらに歪ませる。


ありったけの邪悪な妖力を注ぎ込み、

巨大な妖肢を、天高く振り上げた。


床を、建物ごと叩き割るほどの

猛烈な勢いで振り下ろしてくる。


――ズズンッッッ!!!!!


重低音の衝撃波が部屋全体を激しく震わせ、

無機質なコンクリートの床に、

クモの巣のような深いひび割れが走った。


「「「――っ!」」」


三人は完璧な呼吸で

同時に後方へと跳び退き、

その一撃を紙一重でかわす。


着地と同時に、

悠真の身体が爆発的な速度で疾駆した。


低く身を沈め、

久我の太い妖肢の根本へと

果敢に斬り込む。


――ガンッ!!!


「……硬い……!?」


まるで鋼鉄の丸太を斬ったかのような

硬い手応え。


悠真の腕に強烈な衝撃が跳ね返る。


すかさず美咲が右側面へと回り込み、

陰の刀で目にも留まらぬ連撃を浴びせた。


――ザザザンッ!!!


三閃が夜の闇を切り裂くように鮮烈に閃き、

久我の脇腹と右足を深く切り裂く。


しかし、久我の狂気は止まらない。


傷口から黒い粒子を激しく撒き散らしながら、

さらに妖肢を異常な速度で増殖させていく。


蓮司がその隙を見逃さず、

後方へと素早く回り込んだ。


陽の刀の先端を鋭く突き出し、

一撃で妖魔の核を狙う――が。


――ガンッ!!!


「チッ……!」


突如生えてきた太い妖肢に軌道を弾かれ、

蓮司の身体は大きく吹き飛ばされた。


コンクリートの壁に背中を強く打ち付け、

わずかに体勢を崩す。


「グガァァァァッッッ!!!」


久我は赤黒く脈打つ巨大な妖肢を展開し、

バランスを失った蓮司に向かって、

容赦なくそれを振り下ろした。


その、刹那――。


後方に控えていた悠真が、

手にする妖魔刀にすべての意識を集中させた。


長い漆黒の刃が、

わずかに神秘的な青い粒子を纏って輝く。


――一閃。


悠真が斜め上に向かって

音もなく切り上げた妖魔刀は、


美しい蒼い光の軌跡を夜に残し、

久我の巨大な妖肢を、

根本から綺麗に切り落とした。


ゆっくりと悠真の方へと

振り向いた久我の姿に、

悠真の表情がわずかに曇った。


白目を剥き、

だらしなくヨダレを垂らす久我は、

もはや知性のかけらも存在しない、

正気を失ったモンスターそのものだった。


久我は怒りと憎悪に満ちた、

獣の咆哮を上げた。


「クロサキ……ユウマァァァァア!!!!!」


悠真はバックステップで

久我から距離をとり、

蓮司も次の攻撃に備えて

横へと大きく飛び退く。


「フーッ……フーッ!」


久我の赤黒く脈打つ妖肢が、

さらに異常なまでの自己増殖を始めた。


メキメキ、バリバリと

悍ましい音を立てながら、

まるで禍々しい鎧のように、

自身の肉体へとまとわりついていく。


その異様な光景に、

美咲の顔から血の気が引き、青ざめた。


「な……何なの? 


……これ……?」


物陰から、光もその恐ろしい様子を見つめ、

身体を小さく強張らせて怯えていた。


蓮司が鋭く叫ぶ。


「美咲! 気をつけろ! 

デカいのが来るぞ!!」


久我が地鳴りのような雄叫びを上げ、

背中に残る複数本の妖肢を

すべて扇状に広げた。


部屋全体を消し飛ばすような、

広範囲攻撃を放とうとした――


まさに、その瞬間だった。


――シュッ!


「「「!? ――」」」


あまりにも唐突に、

無音の闇から滑り込んだ薄刃が、

久我の首元へと

素早く一本の注射を打ち込んだ。


三人が驚愕で動きを止める。


次の瞬間、

久我の身体を覆っていた巨大な鎧の妖肢が、

まるで乾いた砂のように崩れ始め、

黒い粒子となって霧散していった。


力尽き、普段の姿に戻った久我の肉体が

ゆっくりと膝をつく。


薄刃の背中から生えた

クモのような妖肢が、

崩れ落ちる久我を静かに抱きかかえた。


久我は薄刃を睨みながら、

悔しそうに吐き捨てた。


「……放っとけよ」


「断る。


……お前は貴重な実験体だ」


薄刃は取り合わずに

眼鏡の位置を指で直し、

周りの様子を冷静に見渡した。


「フゥ……今日はここまでだ」


薄刃は視線を動かし、

物陰の光をジッと見つめ、

その唇に薄い、冷徹な笑みを浮かべた。


「また来る。


興味深い……。


充分なデータは取れた」


そう言い残し、

薄刃は複数の昆虫の足のような妖肢を

コンクリートの床に深く突き立てた。


そして久我を抱えたまま、

すでに割れていた窓のフレームを

さらに突き破り、夜の虚空へと

一瞬で撤退していった。


夜の闇に、

黒い影が溶けるように消えていく。


美咲と蓮司が

咄嗟にそれを追いかけようとしたが、

悠真が片手を上げてそれを制した。


「待て。


深追いするな。


もうすぐ班長もここに来る。


その前に、少し状況を知りたい」


戦闘の余韻で、まだ荒い息を整えながら、

美咲が悠真に尋ねた。


「悠真……


どうして私たちが

ここで戦ってるって、

分かったの?」


悠真が答えるより早く、

蓮司が小さく肩をすくめて口を開いた。


「光ちゃんには

ちょっと申し訳ないんだけどさ……。


光ちゃんが『翼』を使ったら、

局の探知システムが反応して、

スマホの位置情報が

自動で班長に送られるようにしてあったんだ」


「え……?」


「たまたま俺らがその帰り道でさ。


班長から『光が翼を使ってる』って

緊急報告が入ってね。


一番近くにいたから、

先に着いたってわけさ」


「そう……


だったのね……」


美咲は、震える声で、

これまでに起きた出来事を短く説明した。


自分が拉致されたこと。


影目が光を一人で誘い出したこと。


そして、光がたった一人で

影目を倒したこと。


話を聞き終えた悠真と蓮司の表情が、

徐々に険しく、重くなっていく。


すべての話を静かに聞き終えた頃。


物陰に蹲っていた光の身体から、

ふっと完全に力が抜けた。


「……あ……」


純白の片翼が、

ゆっくりと輝きを失い始めた。


戦いが終わり、敵が完全に去った。


その事実を頭が理解したことで、

これまで命がけで張りつめさせていた

緊張の糸が、ようやく、ぷつりと切れたのだ。


翼は、美しい淡い光の粒子を

周囲に散らしながら、徐々に小さくなって

光の背中へと、吸い込まれていく。


まるで水に溶けるように、

透き通るように、優しく消えていった。


最後に小さな光の粒が、

二つ、三つと名残惜しそうに

夜の空気の中へと舞い上がる。


まるで、頑張ったね、と言うように――。


静かに部屋の空間の中に溶け込んで、

完全に消滅した。


光は、翼のなくなった自分の背中を

わずかに震わせながら、小さく息を吐いた。


(もう……


戦わなくて、いいんだ……)


(みんなが……来てくれた……。


やっと……終わったんだ……)


恐怖と痛みの凄まじい余韻が、

遅れて一気に身体へと押し寄せてくる。


けれどそれ以上に、胸の奥から、

温かく巨大な安堵の涙が溢れ出していた。


膝がガクッと崩れそうになり、

目元から涙がポロポロと床へ零れ落ちる。


その瞬間、

蓮司が素早く光の細い肩を支え、

はだけかけていた自分のワイシャツを、

優しく羽織り直した。


「大丈夫か、光ちゃん……。


もういいよ。ゆっくり休め。


……俺たちがいるからさ」


いつもと変わらない、

けれどどこまでも優しい蓮司の声。


光は蓮司の白いワイシャツの胸元を、

小さな両手でぎゅっと握りしめ――。


ようやく小さく、けれど確かに頷いた。


その青白い頬には、

疲れと、そして深い安堵が入り混じった、

柔らかい微笑みが浮かんでいた。


悠真は美咲の隣へと歩み寄り、

その細い肩にそっと大きな手を置いた。


そして、低く、

包み込むような声で言った。


「美咲……


よく耐えたな」


悠真はそのまま光へと視線を向け、

静かに目を細める。


「光も……


すまない。


遅くなった」


割れた窓から、ひゅう、と

冷たい夜風が吹き込んできた。


部屋を満たしていた、

あの鼻を突く嫌な血と妖気の匂いを、

風が優しく、ゆっくりと薄めていく。


部屋に、ようやく本物の静けさと、

温かさが満ち始めていた。


三人と、一人の少女の間に。


静かで穏やかな、いつもの空気が、

ゆっくりと広がっていった――。


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