↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白翼の光  作者: 月凪
第四巻 希望と影は光を紡いで

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/80

第75話 死線のクアドラード


まるで、世界全体の時間が

ピタリと止まってしまったかのように。


悍ましい肉を貫く音の代わりに、

地下駐車場の防災センターへと訪れたのは、

冷徹なまでの『静寂』だった。


(え……?


何も……起きない……?)


光と美咲は、死を受け入れるために

強く瞑っていた目を、

恐る恐る、ゆっくりと開けた。


視界に飛び込んできたのは――。


振り下ろされようとしていた

太く鋭い妖肢を、空中でピタリと静止させた、

久我の不自然な姿だった。


「……は?」


久我が、気の抜けたような

間抜けな声を漏らす。


その歪んだ瞳が、

信じられないものを見るようにして、

ゆっくりと自身の足元へと落とされた。


久我の腹部。


その真ん中を、背中から深々と貫通した、

見覚えのある長い妖魔刀の刃が

突き刺さっていた。


「ぐぅぅ……っ、ガハッ……!?」


大量の黒い粒子を撒き散らしながら、

久我がその場にドサリと膝をつく。


突き刺さった刀の柄を握っていたのは。


どこまでも冷たい、

怒りに満ちた眼差しで久我を見下ろす――

黒崎悠真の姿だった。


光と美咲は、同時に小さく息を呑んだ。


悠真は低く、

そして驚くほど抑揚のない、

冷徹な声で言った。


「……お前ら、光に何をしている」


感情を一切排したその声は、静かだったが

だからこそ、部屋全体の空気を

一瞬にして絶対零度へと凍りつかせた。


光は呆然と悠真を見つめ、

声も出せずに言葉を失っていた。


美咲もまた、驚愕のまま

見上げることしかできない。


「あ……、あ……」


安心。衝撃。


そして、溢れ出る愛おしさ。


光の瞳から、それまで溜まっていた涙が、

一気にポロポロと決壊して溢れ出した。


声を出そうとしても、

喉がガタガタと震えて、

まともな言葉にならない。


悠真は低く、

しかしはっきりとした声で続けた。


「光……無事か」


美咲は涙で視界がぐちゃぐちゃに滲む中、

震える唇を必死に動かした。


「……悠真……? なんで……っ」


その瞬間、久我の背後で

ジャキリと冷たい金属音が響いた。


悠真が表情一つ変えず、

久我の肉体から容赦なく妖魔刀を引き抜く。


「……美咲?


何故、お前がここにいる……?」


久我が大量の黒い粒子をぶちまけながら、

顔を怒りに歪めて獣のような怒号を上げた。


「黒崎……悠真……ッ!!


お前!!


いつもいつも、いつもいつも……ッ!!


俺の邪魔ばかりしやがってよお!!!


ぶっ殺してやる!!」


怒り狂った久我が叫び、

振り返ろうとした――


まさにその刹那。


――ザシュッッッ!!!!!


言葉が終わるより早く、

横の闇から鋭い銀光が滑り込んだ。


最速の一閃が、久我の下品な口元を、

斜め真一文字に深く切り裂いた。


「うるせぇな……」


影のように滑り込んできた

鳴海蓮司が、愛刀を翻しながら、

美咲の前に踊り出た。


光は呆然と二人を見つめ、

消え入りそうな声で弱々しく呟いた。


「……蓮司さん……悠真さん……」


「光ちゃん――」


蓮司が光の方へと目を向けた、

その瞬間だった。


いつも不敵な笑みを崩さない男の動きが、

完全にピタリと止まった。


トレードマークの金髪パーマの奥、

蓮司の目が、驚愕と、底知れない怒りに

大きく見開かれる。


ボロボロに引き裂かれた、

白いキャミソール。


血と汗に塗れ、

小さく震える、怯えた華奢な細い肩。


無惨に裂かれたスカート。


(……こいつら、


この子に……


何をしやがった……ッ!)


「お、おいおいおい……っ。


光ちゃん……!?」


蓮司は慌てて

自分のワイシャツのボタンを

むしり取るように脱ぎ捨て、

光の傷だらけの肩へと、

そっと、包み込むように優しくかけた。


光に触れる蓮司の指先が、

怒りでわずかに震えていた。


美咲は、まだ夢を見ているような

呆然とした顔で、二人を交互に見つめた。


「……どうして……?


二人とも、なんでここに……」


その時、床に伏していた久我が、

身体をガチガチと震わせながら、

ゆっくりと立ち上がった。


怒りと憎悪に歪んだ顔の、

切り裂かれた口元から、

大量のどす黒い粒子が溢れ出る。


――シュルルルルッ!!!!!


久我の背中から、太い妖肢が

何本も、狂ったように爆発的に生え変わった。


床を猛烈な勢いで叩きつけながら、

生き物のように蠢いていく。


悠真は即座にメンバーの最前線へと

一歩を踏み出し、

引き抜いた妖魔刀を正眼に構えた。


「話は後だ。


美咲! ……来るぞ!」


「チッ、しつけーな!」


蓮司も妖魔刀を構え直し、

無言で腰の鞘からもう一本の妖魔刀を抜くと、

それを美咲へと手渡した。


「美咲、持ってねーだろ?

こっち使え!」


「……ありがとう、蓮司!」


受け取った重み。


美咲は差し出された一本を、

ぎゅっと握りしめた。


掌に、妖魔刀の柄の感触。


その手はまだ、

先ほどまでの恐怖の余韻で、

小さく震えている。


美咲は一度、深く、

冷たい空気を肺腑に吸い込んだ。


――ピタリ、と。


嘘のように、指先の震えが止まる。


代わりにその掌から

全身へと駆け巡ったのは、

死線を超えるための鋭い覚悟。


顔を上げた美咲の瞳には、

先ほどまでの絶望はもう一切、

消え失せていた。


美咲、悠真、蓮司。


3人がそれぞれの妖魔刀を、

一糸乱れぬ呼吸で、同時に構える。


その背後には、

蓮司のシャツに包まれた光。


それはまるで、

離ればなれになっていた四つの音が、

ようやく一つの旋律へと重なったようだった。


粒子を噴き出しながら

狂ったような笑い声を上げる久我。


蓮司が、後にいる光に向かって、

優しく、けれど絶対に揺らぐことのない

強い声で言った。


「光ちゃん! 下がってな!


1人で戦うな!


こっから先は――俺らの仕事だ!」


光は胸の前で、

蓮司のシャツをきゅっと握りしめた。


シャツから漂う、

タバコと香水の匂いが、

光の凍りついた心を芯から温めていく。


光は涙を拭い、小さく、けれど確かに頷いた。


「……はい!


お願いします……っ!」


部屋全体が、先ほどまでとは違う、

重く濃密な「反撃の空気」で満ちていく。


傷だらけの細い肩にかけられた布地には、

さっきまで蓮司が身に纏っていた体温が、

そのまま残っていた。


ずっと暗闇の中で、

たった一人で張り詰めていた、

孤独な心が、ふっと解けていく。


光は蓮司のシャツを、

胸元でぎゅっと握りしめた。


――もう、一人じゃない。


久我の妖肢がゆっくりと、

獲物を狙う蛇のようにうねり始めた。


戦いの幕が、再び上がろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。