第63話 仲間という信頼
数日後――討魔局深川支部・討伐課執務室。
「よし、全員揃ったな!
早速だが、今日は緊急任務だ!」
神崎班長のいつもの大声が、執務室に響いた。
ホワイトボードに
豊洲の臨海エリアの地図が
手際よく貼り付けられていく。
「豊洲の廃墟マンションで、
Aランク以上の高位妖魔が
複数確認された。
警察による周辺の規制は
すでに完了している。
建物内は構造が複雑でかなり広い。
――いいか、
今回は絶対に班を分けるな。
全員、塊になって動け!」
「「「「了解!!」」」」
光、美咲、悠真、蓮司の
四人の声が力強く重なる。
神崎は隣に立つ悠真の肩を
ポンと軽く叩いた。
「……悠真、
お前は今日、後方支援を
メインに立ち回ってくれ。
まだ退院したばかりで
本調子じゃないだろ?」
「……了解しました」
悠真は少しだけ悔しそうに、
けれど自分の体調を
客観的に受け止めるようにして、
静かに頷いた。
◇
出撃準備室へと移動し、
それぞれが準備を始めている。
「神崎班の全員が揃って出撃するのって、
考えてみたらこれが初めてですね!」
妖魔刀を取りながら光が言うと、
隣で黒髪をまとめた美咲が
「あ、言われてみればそうね」と
綺麗に目を細めた。
「ま、俺一人いれば十分なんだけどね〜」
蓮司がいつもの調子で不敵に笑う。
すると、悠真からすかさず
冷徹な一言が飛んだ。
「人数が増えれば確かに心強いが、
逆に気が緩みやすくもなる。
……油断するなよ。
特に、お前はな、蓮司」
「ひどっ!?
退院早々、俺への当たりが強くない!?」
光と美咲が思わず吹き出し、
四人は笑い合いながら、
それぞれの妖魔刀をカチリと腰に帯びた。
出撃準備室の扉が開いた瞬間、
真正面から眩い太陽が溢れ出した。
思わず目を細め、
互いの眩しそうな顔を見合わせては、
また小さく笑みがこぼれる。
突き刺さるような
白光の中を突き進むにつれ、
強烈な逆光が、歩き出す四人のシルエットを
鮮やかに浮かび上がらせていった。
足元から長く、
力強く伸びる四つの影。
まだ他愛のない冗談を言い合い、
肩を並べて笑いながら、四人の後ろ姿は
黒い大型バンへと向かっていく。
――この笑い声が、
どうか、ずっと続きますように。
祈るようなその気持ちを
光は胸の奥にそっと閉じ込めて。
頼もしい仲間がいるという
絶対的な安心感をその背に、
眩しい光の中へと溶け込むように
前へと、足を進めた。
◇
――江東区豊洲・廃墟マンション前。
その様子を、
少し離れた場所にそびえ立つ
高層マンションの屋上から、
冷酷に見つめる二つの影があった。
特殊な長距離監視機器のレンズを覗き込み、
久我はねっとりとした笑みを浮かべる。
「来たぞ……光ちゃんだ……!」
「おい、あまり身を乗り出すな」
その執着を、薄刃が
凍りつくような声で制した。
「神崎の野生の勘は異常だ。
少しでも視線を意識されれば、
すぐに見つかるぞ」
「黒崎悠真も一緒か……。
あいつだけは、確実に殺す……っ」
「今日の主目的は
あくまで『龍』の実験だ。
それを忘れるな」
薄刃は取り合わずに
ノートパソコンを開くと、
廃墟マンションの内部に
あらかじめ仕掛けておいた
無数の隠し監視カメラの映像を
画面へと映し出した。
◇
「なんか……
マンションっていうより、
大きな団地みたいですね」
バンのドアを開けて見上げた光景に、
光は圧倒されていた。
潮風に晒されて
コンクリートが剥き出しになった、
巨大な廃墟の塊。
美咲が周囲に漂う空気に視線を巡らせ、
険しい顔で呟く。
「ええ。
この広さだと、
中にどれだけの数が潜んでいるか
分かりにくいわね。
……妖気がかなり散漫になっているわ」
「めんどくせえ造りだな、おい」
蓮司がだるそうに髪を掻きむしる横で、
悠真が光に向き直った。
「光。
……今の状態で、
お前の翼はどれくらい維持できる?」
「うーん……
ちゃんと時間を
測ったことはないんですけど……
この前の工場での戦いのときは、
10分以上は問題なく出せていたと思います」
「そうか……
おそらく今回は持久戦になる。
なるべく翼の力は
土壇場まで温存しておけ。
辰巳のときのように、
Sクラス以上の大物が
潜伏している可能性もあるからな」
「はい!」
そこへ、警察との
最終的な状況確認を終えた神崎が、
大股でこちらへ戻ってきた。
「よし……行くか!」
「「「「はい!」」」」
黄色い規制線を潜り抜け、
五人で昼間だというのに
深い闇が淀む廃墟の中へと
足を踏み入れた。
◇
廃墟マンションの、薄暗いエントランス。
一歩中に入った瞬間、
光は小さく息を呑んだ。
空気はねっとりと重く淀み、
壁にへばりついた黒い粘液が、
非常灯の赤い光に妖しく反射している。
湿ったカビ臭さと
錆びた鉄の匂いが混じり合い、
呼吸をするたびに
不快な質感が肺にまとわりつくようだった。
(……暗くて、ジメジメしてて。
本当に、中学の時に泣いた
お化け屋敷みたい……
心臓がドクドクうるさい。
こういう場所……
苦手なんだけどな……
でも、みんながいるから
頑張らなきゃ……!)
「……なんだこの数は。
二十体はいるぞ。
だが、妙だな……」
先頭を行く神崎が、喉の奥で低く呟いた。
「見た目は
AAランク並みだ。
なのに、漂ってくる妖気が
異様に弱い――」
「こりゃ、まるで
都心部の大量発生っすね……」
蓮司が不敵に小さく笑う。
――その言葉が終わるより、早かった。
『シャアアアアッ!!』
曲がり角の闇から、
奇怪な駆動音を立てて
妖魔の群れが雪崩れ込んできた。
「来るッ!」
美咲が床を強く蹴り、
華麗な踏み込みで
最前列の群れへと飛び込んだ。
『ザザザン!』という
鋭い連撃の音が鼓膜を刺す。
白い刃が神速で閃いたかと思うと、
二体の妖魔がほぼ同時に核を貫かれ、
黒い雪のような粒子となって
壁へと飛び散った。
「美咲……
やっぱ、やるじゃねぇか!」
美咲が作った僅かな隙間を、
滑り込むようにして蓮司が駆け抜ける。
愛刀『風牙』の二刀が軽やかに回転し、
複数の妖魔の妖肢を斬り飛ばし、
首を裂き、脚を刈り取る。
息を吐く間もないほどの速度で、
蓮司は次々と敵を屠っていった。
「後ろからも来るぞ、悠真!」
「――分かっています」
班長の声とほぼ同時に、
最後方を固めていた悠真の
一閃が闇を裂いた。
無駄の一切ない正確な一撃によって、
背後から迫っていた妖魔が
瞬時に真っ二つに切り裂かれる。
(……すごい。
みんな、やっぱり次元が違う……)
光は後方で
その圧倒的な光景を見つめながら、
必死に荒い息を整えていた。
翼を使わない今の自分の身体は、
やけに重く、頼りなく感じられた。
足の裏が地面に
しっかり着いているはずなのに、
まるで空中を浮いているような
不安定さに襲われる。
(みんな、あんなに強いのに。
私……翼がなきゃ、
やっぱりただの怖がりだ……。
でも、ここで逃げたくない……っ!)
後方からの追撃に備え、
悠真の背中に隠れるようにして刃を構える。
悠真は立て続けに
二体の妖魔を素早く仕留めながら、
光を振り返ることなく、
静かで力強い声を届けてくれた。
「光。大丈夫だ。
――今のお前なら、
翼がなくても十分にやれる」
「……っ、はい!」
その言葉が背中を押し、
光は一体の妖魔の前へと躍り出た。
禍々しい妖肢が、
光の頭上へと振り下ろされる。
光は夢中で真横へ飛び込んでそれを躱し、
着地と同時に妖魔刀を思い切り振り下ろした。
『ギチッ……!』
けれど、手応えが浅い。
刃が硬い殻に阻まれる。
「くっ……!」
「――そのまま引くな!」
『ザシュッ!』
後ろから突き出された悠真の白刃が、
妖魔を綺麗に斬り伏せた。
「よくやった。
避けてからの初動は完璧だ。
次はもう少しだけ踏み込んで
一気に刀を振り下ろせ。
そうすれば重心が乗って、
十分に断ち切れる」
「ありがとうございます、
悠真さん……!」
光たちは次々と湧き出る妖魔を
各個撃破しながら、
上の階へと続く狭い階段を目指した。
しかし――。
階段の踊り場で、
光が妖魔の突進を刀の腹で受け止めた、
その瞬間だった。
体勢を崩した光は、
不覚にも濡れたコンクリートの階段から
足を滑らせてしまった。
「わっ……!?」
「おっと、危ねえ!」
すぐ下にいた蓮司が、
弾かれたような速度で両腕を伸ばし、
落下する光の身体を咄嗟に抱きとめてくれた。
狭い階段の上で、
二人の身体が一瞬だけ
ぴったりと密着する。
「キャッ……!」
蓮司の掌に
光の柔らかな身体の感触が伝わり、
フワッと、シャンプーの香りが、
至近距離で蓮司の鼻腔をくすぐった。
蓮司の動きが、
一瞬だけ完全に止まった。
(うわ……柔らか……
――って待て俺!
これは不可抗力だろ!!)
「だ、だ、大丈夫か、
光ちゃん……っ!?」
光は頬を一瞬で
リンゴのように真っ赤に染め、
恥ずかしさのあまり
慌てて蓮司の腕から飛び退いた。
「……ご、ごめんなさい……っ!」
光は耳まで真っ赤にしながら、
逃げるように数段の階段を駆け上がった。
「…………」
蓮司はしばらく、その後ろ姿を
口元が緩んだまま、呆然と見上げていた。
「……蓮司。
減点よ。
表情に、心の声が
全部だだ漏れてるわ」
階段の上から、
美咲の冷徹極まりないジト目が突き刺さる。
「ひぇっ!?
バ、バレてた!?」
蓮司はハッとして真っ赤になり、
誤魔化すように慌てて階段を
ドタドタと駆け上がっていった。
◇
階段を上りきったフロアで、
最後の妖魔を
悠真が流麗に斬り伏せた、その時。
それまで響いていた異形の咆哮が止み、
廃墟の中に張り詰めた一瞬の静寂が訪れた。
だが、神崎だけは
その巨大な大剣を下ろそうとはしなかった。
「……まだ、いるぞ」
神崎の一言で、
全員の空気がピリッと一瞬で張り詰めた。
奥の底なしの暗闇。
屋上へと続く薄暗い階段の、
その遥か上層から――。
コンクリートを重く、
ゆっくりと踏み鳴らす、
不気味な足音が響いてきた。




