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白翼の光  作者: 月凪
第三巻 宿命は光と影になって

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第60話 オレンジ色の影


その頃――深川支部・討伐課執務室。


雲の隙間からこぼれ落ちた

オレンジ色の夕日が、

静まり返った室内へと

柔らかく差し込んでいた。


引き下ろされたブラインドの隙間を

すり抜けた光が、スリット状の長い影を

事務机の上に落としている。


静寂の中、全身を包帯で固めた蓮司が、

ダルそうに右手だけで

PCのキーボードを叩いていた。

規則的な打鍵音が響く。


「あれ? 班長。美咲は?」


ふと手を止めた蓮司が、

視線を神崎へと向けた。


神崎は自身のPC画面で、

蓮司が提出した戦闘報告書を

険しい顔で見つめたまま、

低く短い声で応じる。


「光が診察のために

深川中央病院に行ってる。


その迎えを美咲に頼んだんだ。


――それより蓮司。


ちょっといいか、

こっちに来てくれ」


「ゲッ……」


蓮司は分かりやすく嫌そうな顔をして、

椅子を引きずりながら

神崎のデスクへと歩み寄った。


(やべ……報告書に不備でもあったか……?)


そんな蓮司の予想とは裏腹に、

神崎は右手で眉間を強くほぐすようにして、

深く、静かな声を絞り出した。


「お前の報告書にある、

――『影目が光を執拗に狙っている』

という記述だが。


この部分を少し濁して、

カモフラージュした状態で

本部に提出しようと思う」


蓮司は意外な提案に、

不思議そうに首を傾げた。


「何でですか?


ちゃんと詳細を上げておかないと、

光ちゃんがまた危険に

晒される可能性がありますよ?」


神崎は少しだけ視線を彷徨わせ、

慎重に言葉を選びながら返した。


「影目が直々に動いたとなれば、

本部の上層部が黙っていない。


龍の狙いが光だと知れば、

局はあの子を保護……


いや、事実上の『対妖魔兵器』として、

完全に隔離・育成する方針を取るだろう。


……俺は、光にはそうなって欲しくない。」


その言葉の裏にある重すぎる意味を察し、

蓮司の切れ長の瞳が鋭くなった。


神崎の横顔をじっと見つめ、

チャラさを完全に削ぎ落とした

静かな声で問いかける。


「……かつて、


――『美雲希』が、

そうだったからですか?」


「…………」


神崎班長は無言のままPCの画面を見つめ、

苦渋を滲ませながら、ゆっくりと頷いた。


夕闇が迫る執務室。


オレンジ色の影が

二人の顔を遮るように伸びていく。


蓮司は小さく息を吐くと、いつもの不敵な、

けれど信頼できる笑みを浮かべてみせた。


「分かりましたよ、神崎サン。


アンタがそう言うなら、

俺はアンタについていきます。」


神崎は胸の奥のつかえを吐き出すように

深く息を吐くと、部下であり、

戦友である男に向かって静かに頭を下げた。


「すまないな……蓮司」


「おっと、頭下げないでくださいよ。


フッ、それにさ……」


蓮司は軽く肩をすくめると、

少しだけ照れくさそうに口元を緩めた。


「光ちゃんの可愛い人生を守るのも、

――ナイトの

重大な務め(ミッション)っすからね。」



ブラインド越しに差し込む

夕陽のオレンジ色が、

支部内の自販機コーナーを

優しく彩っていた。


蓮司は自販機で缶コーヒーを買い、

近くのベンチに腰を下ろして

プルタブを引き抜いた。


ぷしゅ、と小気味いい音が静かに響く。


そこへ、ドカドカとした

重い足音が近づき、

聞き覚えのある低い声がかけられた。


「おー!


鳴海じゃないか。


またサボってんのか?」


顔を上げると、

そこにいたのは隣の班を率いる班長

――雷門隼人(らいもん はやと)だった。


蓮司はいつも通りの軽い調子で、

片手を上げて会釈をする。


「チーッス、雷門さん。


サボりじゃなくて、

ちょっと大事な休憩ですって」


「はいはい、

そういうことにしておいてやるよ」


雷門は隣にどっかりと腰を下ろし、

自分のコーヒーを片手に不敵に笑った。


「仙台じゃ大活躍だったみたいじゃないか。


どうだ? 久しぶりの神崎班の居心地は」


蓮司はコーヒーを一口啜り、

わざとらしく苦笑いを浮かべてみせる。


「いやー……


戻ってきて早々、

SSクラス相手っすよ?


神崎サン、マジで人使い荒くて

勘弁してほしいっすわ(笑)」


「はは、違いない。


……辰巳の廃工場で

影目と遭遇したらしいな。


それを美雲と二人だけで

撃退したって聞いたぞ。


流石だな、お前ら」


雷門の目が、一瞬だけ鋭く細められた。


蓮司はフッと表情を崩さずに、

煙に巻くように笑う。


「ぶっちゃけ、

光ちゃんがいなかったら

ちょっと危なかったっすね。


若い子のパワーに助けられましたわ」


「そうか……」


雷門はコーヒーを一口飲むと、

不意に周囲を警戒するように

声を一段落とした。


「ここ最近、江東区に

Aランク以上の高位妖魔が頻発している。


神崎班が立て続けに

Sランクと遭遇しているのも……


とても偶然とは思えない。


お前はどう思う?」


周囲に誰もいない自販機コーナー。


蓮司もコーヒーの缶を見つめたまま、

声音から温度を消して静かに応じた。


「こんな偶然、

あり得る訳ないっすよ。


誰かが裏で何かを企んでるとしか

思えねえっすね」


「そう、企みだ」


雷門はさらに、蓮司の瞳の奥を

覗き込むようにして尋ねてくる。


「あの『龍』の側近である影目なんて、

ここ最近は港区での目撃情報すら皆無だった。


そんな大物が、フラフラと

あんな僻地に遊びに来たとは到底思えない。


……俺は、希の娘である光を、

龍が明確に狙っていると考えている。


直接やり合ったお前は、どう感じた?」


張り詰める空気。


雷門の言葉は、組織の「査問」に

近い重さを持っていた。


蓮司は少しだけ考えるポーズを取り、

それから心底だるそうに肩をすくめてみせた。


「うーん……


神崎サンたちが最近Sランクと

やり合ってたって話は聞きましたけど、

仙台から来たばっかの俺には

何とも言えないっすね。


確かに光ちゃんには翼がありますが

……あの『美雲希』のような異次元の

化物じみた強さとは、完全に別モンっす。」


光の価値を低く見せる嘘。


雷門はじっと蓮司の顔を見つめていたが、

やがてフッと息を吐いて立ち上がった。


「そうか……すまないな。


他班の案件なのに、

少し気になってな。


――またな、鳴海」


「ウッス、お疲れ様でーす」


雷門の背中が通路の奥へと消えていく。


それを見送った瞬間、

蓮司の目から完全に

チャラ男の光が消え去った。


(……悪いな、雷門サン。


光ちゃんのことは、

まだ誰にも話せねぇんだわ)


蓮司はブラインドの隙間から、

沈んでいくオレンジ色の夕日を眺め、

小さくため息を吐く。


(……なるほどな……


だから神崎サン、

報告書を弄ろうとしてたのか)


蓮司は残りのコーヒーをゆっくりと飲み干し、

空き缶をゴミ箱へと放り込む。


(敵は妖魔だけじゃない……ってことか。


神崎サンも、組織の裏で

相当苦しんでるんだろうな……)


――そこで蓮司は、

ふとある違和感に気づいた。


(……ん? 待てよ。


雷門サン……あの人、


さっき買ったばかりのホットコーヒー、

一口で全部飲んだのか……?)


(どんな喉の構造をしてるんだよ、

あのオッサン。)


張り詰めていたシリアスを

自らぶち壊すような脳内のツッコミに、

蓮司は苦笑する。


ブラインドの隙間から差し込む

オレンジ色の光が、静かに、そして優しく、

孤独な戦いを決意した戦士の横顔を

染め上げていた。


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