↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白翼の光  作者: 月凪
第三巻 宿命は光と影になって

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/69

第58話 静かな夜の約束


その夜――美咲のマンション。


昼間の激しい戦闘を

すべて優しく包み込むように、

窓の外にはどこまでも

静かな夜空が広がっていた。


遠くに見える

街灯の柔らかな光が、

南砂の夜景を淡く、

寂しげに照らし出している。


『ガチャリ』と、

静寂に満ちた部屋に鍵の開く音が響いた。


くたくたに疲れた様子の彩花が、

申し訳なさそうに玄関のドアを開ける。


「ただいまー! ごめんなさい!

残業で遅くなっちゃいましたー……」


すでに部屋着に着替えていた美咲が、

穏やかな微笑みで出迎えた。


「お帰りなさい、彩花ちゃん。


お風呂ならもう沸いてるわよ。


ご飯はカレーを作っておいたから、

温めて食べてね」


「カレー! やったー!


ちょうど今、スパイシーなものが

食べたい気分だったんですよー!


……って、


え?? ひかり??」


小躍りしかけた彩花の視線が、

リビングの片隅でピタリと止まった。


ソファーの上に、

部屋着姿のまま毛布にくるまり、

泥のように爆睡している

光の姿があったからだ。


毛布の隙間から覗く光の腕には、

痛々しいほど白い包帯が

幾重にも巻かれている。


美咲は苦笑いしながら、

そっとソファーに近づいた。


「ああ……


光、今日の任務で疲れ果てて

寝ちゃったみたい。


大活躍だったみたいなんだけど、

少し、怪我もしちゃってね……」


「えぇ……少しって……。


すごい包帯だらけじゃないですか、

大丈夫なんですか?


……でも」


驚いて駆け寄った彩花は、

光の枕元で足を止め、

そっと寝顔を覗き込んだ。


「なんか、すごく

幸せそうな顔をして寝てますね……」


美咲も彩花の隣に並び、

愛おしそうに光の寝顔を見つめる。


「怪我の痛みより、

誰かを守れたことの方が、

光にとっては

嬉しかったんじゃないかしら」


「ひかり……」


彩花が、愛おしむように

光の髪を優しく撫でた。


光は「んっ……」と

小さく声を漏らして身じろぎした。


そして、またすぐにすやすやと

規則正しい寝息を立て始める。


完全に無警戒なその寝顔は、

幼い子供のように穏やかだった。


彩花は光の寝顔を見つめながら、

ぽつりと呟いた。


その脳裏には、

きっと過去の記憶が

蘇っているのだろう。


「あの怖がりだったひかりが……


本当に妖魔と戦って、

誰かを守るようになるなんて……


今でもちょっと信じられないです。


本当に、強くなりましたね……」


二人はソファーの近く、

ローテーブルを挟んで腰を下ろし、

淹れたての温かい紅茶を

静かに啜りながら、

声を潜めて話し始めた。


彩花が、少し遠い目をして

紅茶の湯気を見つめる。


「ひかり、

昔は本当に怖がりだったんです。


中学の修学旅行で

お化け屋敷に入った時なんて、

本気で泣きじゃくって

その場から動けなくなっちゃって……」


その言葉に美咲は

かつて『薄刃』との戦いの最中、

恐怖で身体を震わせていた

光の姿を思い出していた。


「そう……なるほど、ね……」


美咲の腑に落ちたような呟きを聞きながら、

彩花は光の寝顔へと視線を戻し、

どこか切ない声音で言葉を紡ぎ出した。


「お母さんが亡くなった当時の光は……


正直、見ていられなかったです」


一気に、部屋の空気がしんと静まり返る。


「夜になると、

ずっと意識が朦朧としたまま

お母さんを探して歩き回ろうとして……。


私、泣きながら何回も止めたんです。


光は討魔局の保護施設で

暮らしてたんですけど、

そこで仲良くしてもらった

由依さんやひなたちゃんが、

本当によくしてくれて……」


彩花は紅茶を一口飲んで

きゅっと、カップを握りしめた。


リビングの窓から

フッと吹き込んだ優しい夜風が、

部屋の中の時間を少しだけゆっくりにさせる。


風はすうすうと眠る光の頬をそっと撫で、

その柔らかい髪をフワリと顔にかけた。


彩花は、宝物のような

その寝顔をじっと見つめ、

光の髪を耳の裏へと戻した。


「火葬の日も……


お母さんの亡骸から

頑なに離れようとしなかったんです。


近くにいた討魔局のおじさんが、

ひかりを無理やり抱きかかえて……


それで、ようやく火葬ができたんです……」


美咲は紅茶のカップを

そっとローテーブルに置いた。


陶器の小さな音が、

静かな部屋に優しく響く。


「光はその後……


ちゃんと学校には行けたの?」


彩花は思い出すように小さく、

愛おしそうに微笑んだ。


「しばらくは休んでいたんですけど……


ある時、何かが吹っ切れたような

真っ直ぐな表情で学校に登校してきて……


突然『将来は討魔局で働く』って

言い始めたんです。


実際、働き始めてからのひかりは

本当に楽しそうでした。


……あの、久我の件があるまでは。


でも、今こうして

美咲さんと暮らすようになって、

やっぱりここが、

今のひかりにとっての

大切な居場所なんだなって

改めて思います」


そう言って、彩花は

少しだけ切なげに瞳を伏せた。


「お母さんへの想いが、

やっぱり光の中では

一番強いみたいで……。


危ないから私は

何度も止めたんですけど、

どうしても討魔局で働くんだって、

頑なに譲らなくて……」


美咲はソファーに視線を戻し、

光の寝顔を優しく見つめる。


「やっぱり……


希さんの背中が、

この子にとって何より大きかったのね」


彩花は深く頷きながら、

今度は心底嬉しそうに、

温かい声で言葉を続けた。


「でも、今のひかりにとっては、

美咲さんもかけがえのない存在なんですよ?


まるで本当のお姉ちゃんができたみたいに、

私に嬉しそうに、ちょっと自慢げに

話してくるんですから」


「そっか……」


美咲の胸の奥に、

じわりと温かい灯がともる。


不器用な後輩からの真っ直ぐな慕情に、

愛おしそうに目を細めて微笑んだ。


「じゃあ、私たち二人で、

これからもたくさん光を

支えていきましょうね」


「はい。そうですね!」


彩花も弾んだ笑顔で返し、

二人は優しく紅茶のカップを

重ねるように掲げた。


光が毛布の中で小さく寝返りを打ち、

安心しきったように「ふにゃ……」と

頼りない寝顔を見せる。


それを見て、彩花がクスッと笑った。


「なんだか最近のひかり、

見てると守ってあげたくなるんですよね……。


……本当に天使みたい」


その夜、マンションの大きな窓から見える

南砂の夜空は、静かに星を散りばめながら、

眠る少女と、彼女を愛する二人を

優しく包み込んでいた。


美咲は、穏やかな寝息を立てる

光の顔を見つめ、そっと胸の内で息を吐く。


(……よかった。


本当に、無事で帰ってきてくれた……)


そして美咲は、静まり返るリビングで、

自分の心に静かに、けれど固く誓った。


(私の調子も、やっと戻ってきた。


彩花ちゃんをあんな風に

悲しませないためにも……


何より、光を守れるようになるために……


私はもっと、強くならなきゃ)


美咲の瞳には、

これまで以上の、

大切な仲間を『守る』という

確かな覚悟の光が宿っていた。


昨日まで世界に絶望していた自分が、

今、誰かのために強くなりたいと願っている。


その変化に小さく苦笑しながら、

美咲はもう一度、

愛おしい仲間の寝顔を見つめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。