第54話 デビュタント
蓮司は影目とわずかに間合いを戻し、
荒い息を整えながら刀を構えた。
「すんなり三人を逃したな……。
何が狙いだ?」
「雑魚に用はありませんから……」
影目はどこまでも優雅に、
くすくすと喉を鳴らす。
「そうかよ……。
光に用があるって言ってたな?
それはどういう意味だよ」
「これは、彼女のデビュタント・ボール。
……彼女に、その資格があるのか。
この目で見届けさせていただきます」
「――何の話だよ!!」
蓮司が地を這うように低く身を構え、
双刀をクロスさせる。
瞬間、世界が加速した。
『シュンッ! シャアアアッ!!』
蓮司の愛刀『風牙』が、
目にも留まらぬ嵐となって
影目の懐へと肉薄する。
激突する黒い妖肢と銀の刃。
『ガギィン! ギンッ! ザシュッ!!』
天窓からの断片的な光を浴びながら、
一進一退の凶暴な攻防が幕を開けた。
蓮司は襲い来る妖肢を
「流し」て勢いを殺し、
絶妙な体捌きで「崩し」、
一瞬の隙を突いて「斬る」。
その卓越した連撃は、
まさに討伐課のエースそのものだ。
けれど、影目の妖肢は
物理法則を無視した軌道でうねり、
蓮司の全霊の猛攻を
ことごとく受け止めてみせる。
光は後方で妖魔刀を握りしめ、
二人の超次元の動きを
食い入るように見つめていた。
(……蓮司さん、すごい。
でも……
私の翼はそんなに長く持たない。
ここっていうタイミングで、
一撃で決めなきゃ……!)
背中の翼へ意識を集中し、
光はその瞬間を待った。
蓮司が双刀をクロスさせ、
太い妖肢を力任せに弾き飛ばした
――その刹那。
(今だ……っ!!)
『ドゥンッ!!』
純白の翼が爆発的な輝きを放ち、
光の身体を一瞬で限界速度へと引き上げる。
無数の白い粒子が
雪のように激しく舞い上がり、
薄暗い工場内に
幻想的な光の軌跡を描き出した。
風を切り裂く速度で
影目の完全な死角へと滑り込み、
妖魔刀を高く振りかぶる。
白い閃光の尾を引きながら、
刃が影目の胴体を目掛けて
一気に振り下ろされた。
しかし――。
『ギィィィン――!!』
「な……っ!?」
影目の大鎌のような妖肢が、
信じられない反応速度で
光の刀をギリギリで受け止めていた。
直後、凄まじい衝撃波が光の身体を襲う。
一瞬で後方へ吹き飛ばされ、
コンクリートの壁に激しく叩きつけられた。
「うっ……!?」
背中に走る激痛に息が詰まり、
視界がぐにゃりと歪む。
光の衝撃に連動するように、
白い翼から無数の羽根のような
光の粒子が舞い散り、
暗い壁際に、
まるで儚い雪のように降り注いだ。
影目はニヤリと唇を歪める。
「流石の速度です、ミス光。
貴方の機動力は翼を展開した瞬間から
警戒していましたが……
データで見るよりずっと速く感じますね。
――ですが、非力だ」
痛みを堪えながら、
光は悔しさに歯を食いしばった。
(くっ……
一撃が、重すぎる……っ!
蓮司さんはあんなゼロ距離の間合いで、
この化物の攻撃を正面から受けてたの……?
やっぱり、あの人は凄い。
でも……私もまだ、戦える!)
影目は妖肢を不気味に蠢かせ、
楽しげに歌うように言った。
「さあ……
もう少し本気を出してください。
私は貴女の、
その『本当の力』が見たいのです」
その言葉に呼応するように、
光の背中で翼が一回り大きく、眩く拍動した。
白い粒子が嵐のように激しく舞い上がり、
翼の力がさらに跳ね上がる。
「……まだ、終わらない……っ!」
一方、少し離れた場所で
呼吸を整えていた蓮司は、
口元の血を手の甲で拭いながら、
不敵に小さく笑った。
「へへっ……
やるじゃねえか、光ちゃん……」
二人は再び影目へと向き直る。
工場内に、
激しい金属音と
妖気の爆発が響き渡る。
それを見つめながら、
影目は恍惚の表情を浮かべた。
「……そうです。
その感情ですよ、ミス光」
一方、神崎と美咲――。
――辰巳の現場へ移動中。
赤色灯の光が車内を赤く染め、
緊急サイレンの音がけたたましく鳴り響く。
神崎は本部への緊急報告を終え、
スマホを荒々しく放り出した。
助手席の美咲が、
ハンドルを握り締める神崎を
青ざめた顔で見つめる。
「班長……影目って……
あの港区の『龍』の
側近の妖魔ですよね……?」
神崎はハンドルを
きしむほどに握りしめ、低く頷いた。
「調査課の報告が正しければ、
恐らく間違いないだろう……。
『影目 零次』――
本来なら、
本部の殲滅班が動くレベルの
『特級案件』だ」
美咲の表情に、
一層の焦燥と不安が募っていく。
「……蓮司……光……っ」
神崎は視線を前方の夜道に向けたまま、
喉の奥で唸るように呟いた。
「いくら蓮司がいたとしても、
二人だけでどうにかできる相手じゃない……。
無事でいてくれよ、二人とも……!」
引き裂くようなサイレンの音が
街に木霊する中、
二人を乗せたバンは、
光と蓮司の待つ辰巳の廃工場へ向かって、
全速力で夜道を疾走していった。




