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白翼の光  作者: 月凪
第三巻 宿命は光と影になって

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第53話 光と影のファースト・ステップ


死闘の火花が散る緊迫した空気の中、

背後から遥香が不意に、

消え入りそうな小声で光に話しかけてきた。


「ねぇ、ねぇ、光ちゃん……っ」


視線を蓮司と影目の

超高速の交戦に固定したまま、

光は張り詰めた声で返す。


「どうしましたか?」


遥香は息を殺し、

そっと後ろの巨大な鉄扉に指先をかけた。


そして、わずかに引いてみせる。


「この扉……鍵、開いてるよ」


「えっ――!?」


驚愕に、光の思考が一瞬だけ引き剥がされた。


そして、戦場におけるその『一瞬の隙』を、

影目の冷徹な双眸が見逃すはずもなかった。


『ズシャアアッ!!』


「く、あ……っ!」


影目の黒い妖肢が、

風を切り裂くような速度で蓮司を襲った。


蓮司は咄嗟に二刀で受け止めたものの、

凄まじい衝撃波によって

その身体が大きく吹き飛び、

背後のコンクリート壁に

激しく叩きつけられる。


「ぐっ……!」


その、血に染まりながらも

自分を庇い続ける

満身創痍の背中を見つめながら、

光の心は、激しい迷いの深淵のなかで

激しく揺れ動いていた。


(蓮司さんからの、

絶対の撤退命令……)


(逃げなきゃ……! 

私がここにいたら、

足手まといになるだけ……!)


分かっている。


頭では理解しているはずなのに、

どうしてもその足が、

後ろへと動いてはくれなかった。


混濁していく思考のなか、

光の脳裏を、これまでの

過酷な日々のなかで紡がれてきた、

大切な仲間の数々の言葉と笑顔が、

走馬灯のように鮮明に駆け巡っていく。


あの静かな夜、私に道を示してくれた

美咲の、凛とした優しい言葉――。


『守りたいものが、私の世界に増えたからよ』


訓練の中で、自分の過去の感傷を

振り払うように、神崎が豪快な表情で

背中を押してくれた言葉――。


『守りてぇ相手を思い浮かべろ。

その一歩だけは、絶対に迷うな』


前線で真っ直ぐに敵を見据えていた悠真が、

私に届けてくれた言葉――。


『そうだ。


その感情が……

お前が選ぶべき答えだ』


そして――。


いつもどんなに遅くなっても、

玄関の扉を勢いよく飛び出して、

私をただの人間として抱きしめてくれる、

彩花のまばゆい笑顔――。


『おかえり! 光!』


世界の秒針が、

カチリと音を立てて止まった。


(……ああ、そうか)


(私が選ぶべき答えは――)


少女は、迷いを振り切るように決断した。


そして――


その一歩を前へ踏み出した。


「三人とも、

今すぐそこから脱出してください!」


光は、後方に控えていた

調査課のメンバーたちへと力強く叫んだ。


「建物から出たら、

すぐに神崎班長へ連絡を!」


その光のただならぬ決意を前に、

調査課の遥香が、動揺と戸惑いを

隠せない様子で声を震わせる。


「え……?


いいの!?


光ちゃんも一緒に外に出ろって、

さっき鳴海さんが……」


「大丈夫です」


遮るようにして告げた光の声音には、

もう、一ミリの迷いも動揺も存在しなかった。


その凛とした表情のまま、

光は静かに息を吸い込み、

はっきりと言い放った。


「私は蓮司さんの援護に回ります。


もし道中にネズミ型の妖魔が出たら、

これを使って!」


光は制服のスカートの裾を少し捲り上げ、

太腿のホルダーに隠し持っていた

『妖小刃(ようしょうじん)』を

引き抜いて遥香の手に握らせた。


遥香は、その小さな刃を

震える手で受け止めながら、

瞳に大粒の涙を溜めて光を見つめる。


「……光ちゃん……

絶対に、絶対に無事でいてね?


この刀……

ちゃんと後で返しに行くから!


約束だよ!」


「うん……約束!」


光は優しく微笑み、彼女の手を握り返す。


リーダーの佐藤が、

覚悟を決めたように短く頷いた。


「では、我々は脱出し、

神崎班長へ連絡を入れます。


――ご武運を!」


鈴木も、緊張に顔を強張らせながら

光の手をぎゅっと握りしめる。


「光さん……ありがとう。


どうか、どうか無事で……!」


「皆さんも、どうか気をつけて」


『ガラガラガラ……!』


重い鉄扉が開き、

調査課の三人が決死の想いで

闇の向こうへと駆け抜けていく。


傷を負いながらも

影目との交戦を続けていた蓮司が、

その音と、光がいまだに

この場に残っていることに気づいて激昂した。


「バカヤロウ!


一緒に脱出しろって

言っただろうが!」


「いいえ、私はここに残って

蓮司さんを援護します!


――私も、

誰かを守れる強さが欲しいから!」


叫びながら、

光は強く、強く心の中で願った。


自分の中の、

まだ見ぬ力を呼び覚ますように。


『ドゥンッ――!!』


その瞬間、

世界が白い閃光に包まれた。


光の背中から、

純白の翼が爆発的に展開する。


無数の白い粒子が、

まるで真冬の雪のように優しく、

けれど圧倒的に

幻想的な軌跡を描いて舞い上がった。


どんよりと淀んでいた工場内の暗闇が、

淡く、神聖な光によって塗り替えられていく。


宙を漂う粒子の一つ一つが

柔らかな熱を帯び、

錆びついた鉄骨や

冷たいコンテナの不気味な影を、

まるごと包み込んでいくようだった。


そこはもう、異形の蠢く廃工場ではなく、

奇跡の宿る神聖な空間へと変貌していた。


「……バカヤロウが」


蓮司は口元の血を

手の甲で乱暴に拭い取ると、

いつもの、けれど誰よりも

不敵な笑みを浮かべた。


「じゃあ、援護は任せるぜ!


光ちゃん!」


「はいっ!」


影目は、光の背に広がる純白の翼を見つめ、

陶酔したように満足げに目を細めた。


「ふふっ……素晴らしい。


さあ……


拝見させてください、ミス光」


『シュルルルルッ!!』


影目の背後で蠢いていた

二本の黒い妖肢が、

禍々しくその形状を変えていく。


先端が大きく湾曲し、

鋭利な刃となって空気を切り裂いた。


さらに――二本。


新たな妖肢が背後から展開し、

同じく巨大な大鎌へと姿を変える。


六本。


影目の背後に並ぶ、

合計六本の死神の鎌。


工場内の空気が

悲鳴を上げるように震え、

禍々しい妖気が

爆発的に膨れ上がっていく。


白と黒。光と闇が、

真っ向から衝突する。


刹那、蓮司と光は、

同時に地を蹴って走り出した――。


挿絵(By みてみん)



一方、神崎と美咲――。

――江東区・清澄白河の住宅街。


『オオオオオオオン――ッ!!』


巨大なAAランクの触手型妖魔が、

空間を震わせるほどの

激しい雄叫びを上げながら、

黒い粒子となって霧散していった。


神崎は身の丈ほどもある大剣を

無造作に肩に担ぎ、

息を整えながら美咲へと近づいていく。


「美咲! 調子、戻ったみたいだな!」


制式妖魔刀を握りしめたまま、

美咲は少し驚いたように、

けれどどこかホッとした顔で頷いた。


「……はい! 大丈夫です……。


ご迷惑をおかけしました、班長」


「そんなの気にするな!


誰にだって不調な時くらいあるさ。


そうやって支え合うのがチームだろ?」


神崎は快活に笑い、

美咲の肩をぽんと叩いた。


その言葉に救われたように、

美咲の綺麗な唇が

ようやく小さく微笑みをつくる。


「……ありがとうございます」


だが、二人の間に流れた束の間の安堵を、

けたたましい電子音が無残に切り裂いた。


神崎のポケットの中で、

スマホの緊急呼び出し音が激しく鳴り響く。


画面に表示された発信者は

――『調査課 佐藤』。


神崎は即座に画面をスワイプし、

耳元に当てた。


「こちら神崎!」


『神崎班長……ッ!


ハァ、ハァ……!


こちら、辰巳工場の調査中に、

未知の人型妖魔と接触しました!


恐らく……Sクラス、

いえ、それ以上です……!


ハァ……っ、

か……『影目』と名乗っていました……!』


電話の向こうから聞こえる、

佐藤の必死に息を切らした絶叫。


それを聞いた瞬間、

神崎の顔色が一変した。


その瞳に、戦慄が走る。


「――っ!?


Sクラス……『影目』だと……!」


あの、龍の側近がなぜこんなところに。


神崎は即座に、

喉を引き絞るような鋭い声で

指示を飛ばした。


「了解した!!


すぐにそちらへ向かう!


相手は危険すぎる、

調査課のメンバーは

直ちにその場から撤退を開始してくれ!」


『了解、しました……っ!』


ブツリ、と通話が切れる。


スマホをポケットに叩き込んだ神崎は、

完全に表情を強張らせたまま美咲を見た。

その異様な気配に、

美咲が不安げに声を漏らす。


「班長……Sクラスって、一体……」


神崎は大剣を背中の鞘へと

荒々しく納めながら、

吐き捨てるように短く告げた。


「美咲!


蓮司と光のところに急ぐぞ!


向こうに――特級(SS)が出た!」


「えっ!?」


美咲の顔から、

一瞬で血の気が引いていく。


二人はすぐさま反転し、

待機させていた車両に向かって

全力でアスファルトを蹴り出した。


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