↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白翼の光  作者: 月凪
第三巻 宿命は光と影になって

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/68

第50話 光と影の境界線


窓の外を流れる

湾岸へ向かう大通りの景色は、

爽やかな空に、鮮やかに彩られていた。


けれどーー


陽光に照らされた世界とは裏腹に、

調査課のバンに揺られる光の心は、

まるで深い霧のなかに迷い込んだように

冷え切っていた。


車内を満たす、

低い雑談のノイズ。


討伐課からは蓮司と光。

調査課からは佐藤健一、鈴木亮太、高橋遥香。


合わせて五人という小隊のはずなのに、

今の光には、まるで世界中の

見知らぬ人たちに囲まれているような、

そんな妙な錯覚さえ覚えてしまう。


三列目のいちばん後ろ。


隣に座る調査課の

高橋遥香の気配を感じながら、

光は肩をこれ以上ないほど

小さくすぼめていた。


膝の上で、制服のスカートを

ぎゅっと握りしめる。


(……落ち着かないよ……


美咲先輩の声が聞こえない……

悠真さんの背中が見えない……


いつもの先輩たちがいないだけで、

世界がこんなに不安に思えるなんて……)


小さく息を吐き、

自分を奮い立たせようとした、


ーーその時。


すぐ隣から、そっと、

さざ波のような小声が降ってきた。


「あの……


美雲光ちゃん……だよね?」


確かめるように、

恐る恐る話しかけてきたのは

調査課の高橋 遥香だった。


光は自分の名前を知っていることに驚き、

目を丸くした。


「は、はい……美雲です……」


遥香は両手で口を押さえ、

パァァっと嬉しそうな顔をした。


「やった! 

やっぱり光ちゃんだった!


会えて嬉しい! 

私、高橋遥香(たかはし はるか)って言うの!


よろしくね、光ちゃん!」


光は戸惑いながらも丁寧に返した。


「こちらこそ……


よろしくお願いします。」


遥香は興奮を抑えきれない様子で続けた。


「光ちゃん、深川支部で有名だよ!


天使の羽を使う

めっちゃ可愛い子が討伐課にいるって……


私、前にこっそり討伐課の

近くまで見に行ったことあるの!」


「……えっ……」


光は耳まで赤くなり、視線を泳がせた。


前の方から佐藤の声が飛んできた。


「こら、遥香!


任務中だぞ!」


「はーい!


すみません!」


遥香は悪戯っぽく光に笑いかけた。


その少し離れた席で、

鈴木亮太がチラチラと光の方を見ながら、

内心で小さく喜んでいた。


(……美雲さんと一緒の任務なんて……

ラッキーだな……)


江東区辰巳――


その臨海地域の一角に佇む廃工場が、

今回の任務の舞台だった。


現場周辺には

すでに警察の黄色い規制線が張り巡らされ、

近隣住民の避難も完了している。


不自然なほど静まり返った異様な空間を前に、

光たちは規制線を潜り抜け、

薄暗い工場内部へと足を進めた。


一歩、中へ踏み入れた瞬間、

肌を刺すような冷気に身震いする。


天井のやたらと高い廃工場内は、

爽やかな太陽光を完全に拒絶していた。


わずかに差し込む光の筋が、

錆びついた鉄骨や

積み上がったコンテナを照らし出し、

その影を、まるで生き物のように

不気味に蠢かせている。


鼻を突く湿ったカビ臭い空気と、

鉄の錆びた匂い。


そして、広大な空間の

どこか奥から響いてくる、

爪でコンクリートを引っかくような

小さな物音が、暗闇の緊張感を

いや応なしに跳ね上げていた。


「……奥、ちょっと妖気溜まりすぎだろ」


先頭を行く蓮司の声から、

いつものチャラついた響きが消える。


「……はい。


奥の部屋が、濁った泥水に

沈んでいるみたいに重苦しいです……」


光が感じたままを呟くと、

蓮司が一瞬、驚いたように目を見開いた。


この濃密な闇の中で、怯えるどころか

妖気の『質感』まで正確に捉えている。


(おいおい……


この子、本当に新人か?)


蓮司は内心の驚愕を隠すように笑うと、

腰の双妖刀の柄に手をかけた。


「光ちゃん、暗いから足元気をつけなよ」


――その、刹那だった。


『シャッ! シャッ!』


狂ったような駆動音とともに、

コンテナの死角から黒い影が飛び出した。


引き絞られたバネのように

肉弾となって蓮司に襲いかかったのは、

ネズミ型の小型妖魔が二匹。


「うわっ……!?」


背後にいた調査課の三人から

短い悲鳴が上がる。


けれど、蓮司の表情は微塵も動かなかった。


驚くほど滑らかな一連の動作で、

右手の妖魔刀を抜き放つ。


『シュッ――ザンッ!』


一閃。


ただそれだけだった。


風を切り裂くような鋭い銀の軌跡が

空間を走ったかと思うと、

肉に刃が食い込む嫌な感触すら残さず、

二匹のネズミ型妖魔は

綺麗に一刀両断されていた。


傷口から噴き出した黒い粒子が

夜空の星のように散り、

妖魔たちの身体は

悲鳴を上げる間もなく霧散していく。


(……すごい。


右手一本で、あんなに一瞬で……!)


抜刀から納刀まで、

文字通り瞬きする間の出来事だった。


蓮司の底知れない実力を間近で見て、

光は息を呑む。


「……妖魔の反応、

この奥の方が一段と濃いですね。


さらに進んで原因を突き止めましょう」


佐藤が手元のタブレットの光に

顔を青白く照らされながら、

硬い声で進言した。


蓮司は軽く右肩を回して骨を鳴らすと、

いつもの、けれどどこか

頼もしい笑みを浮かべて振り返る。


「よし、気をつけて進むぞ。


光ちゃん、俺の後ろにぴったりついててね」


「……はい!」


光は制式妖魔刀の柄をぎゅっと握り直し、

小さく、けれど確かな声で頷いた。


五人の足音を静かに吸い込みながら、

工場の奥深くに広がる果てしない暗闇が、

光たちをさらに深く、深くへと

飲み込んでいった――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。