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白翼の光  作者: 月凪
第二巻 希望は時に厄災となって

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第37話 交錯する因果


ーー江東区、大島地区公園。


傾く陽光が、夕闇の始まりを告げる。


広大な公園の緑のただなか、

無残に抉られた芝生の上で、

ソレは静かに終わりを迎えていた。


指定災害『AAA』。


上位の妖魔は、悠真の足元で、

まるで舞い上がる黒い雪のように、

ただ静かに虚空へと霧散を始めていた。


神崎が大剣を無造作に肩へと担ぎ、

フゥと息を吐き出す。


「よし! 


じゃあ……潮見の方に向かうとするか!」


悠真は声を出さずに頷き、

妖魔刀を流れるような動作で鞘に収めた。


その刹那、ポケットの中で

スマートフォンが激しく振動した。


画面に表示されたのは、

夕闇の迫る光の中で鮮烈に発光する赤。


『美咲』


それは、猶予なき最優先の緊急シグナル。


悠真が画面をスワイプするが、

応答はない。


すぐに途絶した電子音の代わりに、

ただ一つの位置情報だけが、

冷徹に画面へと共有された。


「……班長、美咲からです。応答がありません」


神崎の表情が、一瞬で凍りついた。


「場所は!?」


「……潮見地区の廃倉庫。

光と一緒に向かった場所です」


神崎の顔色が変わる。


その声に、わずかな焦燥が滲んだ。


「よし、すぐに向かう!」


その時ーー


規制線の近くで待機していた警官が、

何者かと悍ましい声で言い争うのが聞こえた。


二人がハッとして視線を投げた瞬間、

警察官は「ゴポッ……」と口から血を流し、

糸が切れた人形のようにその場に倒れ伏した。


そこに、黒いパーカーを着て

フードをすっぽりと被った男が立っていた。


ポケットに手を突っ込んだまま、

口元を苛立たしげに歪め、

こちらを睨みつけている。


神崎が、再び妖魔刀を構え直した。


「なんだ……アイツは?」


男は黄色い規制線を潜り、

公園の敷地内へと侵入してくる。


その足取りには、

こちらを『敵』とすら

認識していないような、

圧倒的な不遜さがあった。


突然、男の全身から、

すさまじい妖気が爆発的に膨れ上がる。


茜色に染まりかけた大気が重くなり、

周囲の空間がミシミシと悲鳴を上げた。


悠真はその妖気の奔流を肌で感じながらも、

ただ静かに、その鞘から妖魔刀を引き抜いた。


抜かれた刃が、

傾きかけた夕陽を反射して鈍く煌めく。


「……『久我 累』です」


悠真がポツリと呟く。


久我はポケットに手を入れたまま、

あと一歩で首を刎ねられる距離まで歩み寄る。


「……光ちゃんは?」


神崎が低い声で唸る。


「あ……? 


ここにはいねぇよ。


テメェ……

また、のこのこと何しに来やがった?」


久我は地面に唾を吐き捨て、

フードを無造作に払った。


「チッ……! 


薄刃の野郎……俺を嵌めやがったな……」


神崎はドスの効いた声で、

明確な宣告を突きつける。


「光に何の用だ? 


言っとくがお前は、

二度と光に近寄れねぇよ」


久我は頭をポリポリと掻きながら、

地面を見つめてポツリと呟いた。


「会わなきゃならねぇんだよ……


俺は、もう一度……」


「何?」


神崎の問いを置き去りにして、

久我はパーカーのジッパーを下げ、

その布地を脱ぎ捨てた。


「そういえば、お前達には借りがあったな……。


ちょっと遊んで行くか……」


パーカーが地面に落ちると同時に、

彼の『異形』が解き放たれる。


背中の肉を割り、

赤黒く脈動する太い妖肢が、

数本、一斉に展開された。


夕闇を侵食するような、

禍々しい異形の解放。


臨戦態勢に入る久我を見据え、

悠真は眉間に皺を寄せた。


(何故だ? 


コイツ……以前と妖力の桁が違う……)


以前の彼ではない。


目の前にいるのは、

圧倒的な格上の怪物。


それでも、悠真の瞳は冷たく凪いでいた。


悠真は静かに、

神崎の前へと一歩踏み出した。


「……班長。


こいつは俺が引きつけます。


早く美咲と光の元へ……」


「いくらお前でも、

Sランク相手に1人残していける訳ねぇだろ! 


さっさと2人で片付け——」


「神崎班長……!」


悠真の声が、神崎の言葉を鋭く遮った。


その声には、

一切の迷いも、

揺らぎもなかった。


「俺は、貴方にこれ以上、

同じ後悔を背負わせない。


その為に、俺はここ(神崎班)にいる」


神崎はハッと目を見開いた。


「悠真……まさかお前!」


悠真は静かに首を振った。


「いえ。


こんな所で命を棄てる気はありません」


悠真の瞳に宿る、

どこか壊れていながらも、

それゆえに美しい絶対の意志。


「ただ――


仲間の為に、命を賭ける覚悟はあります」


神崎は唇を噛み締め、

短く、しかし全てを託すように力強く頷いた。


「わかった! 


お前を信じる……


いいか! 

絶対に死ぬんじゃねぇぞ!」


神崎は久我を睨みつけた後、

刀を納め、夕闇の迫る道路へと

猛然と駆け出した。


久我は神崎を追う仕草すら見せなかった。


ただ、その背中が

朱に染まる景色へ消えていくのを、

酷く遠い目で見つめている。


「アイツも……


光ちゃんとは違う意味で、

俺と一緒なのかもな……」


悠真は妖魔刀を正眼に構えたまま、

微動だにせず久我と対峙した。


「……どういう意味だ?」


久我は悠真を見ながら、

口の端を歪めて不敵に笑った。


「……何でもねぇよ。


……さて……黒崎悠真……


先ずはお前に、借りを返しておくぜ」


久我の鋭い瞳が、

殺意となって悠真の全身を刺す。


だが、悠真の瞳は冷たく、

一切の揺らぎがない。


深海の底のように、

ただ静まり返っている。


「ーーーッ!」


久我の妖肢が一斉に襲いかかった。


太くぬめった赤黒い触手が、

西日に影を伸ばしながら、

空間を埋め尽くす速度で

獲物を絡め取ろうと迫る。


悠真は低く身を沈め、

妖魔刀を真横へと一閃させた。


たった一撃。


鮮やかすぎる太刀筋が

数本の妖肢を切り裂き、

肉体を反転させながらさらに斬り上げる。


しかし、敵の再生速度は異様だった。


切断された断面から即座に肉が狂い咲き、

悠真の肩と脚を掠めて、赤い飛沫を散らす。


じわりと広がる激痛。


だが、悠真はその痛みを

ただの不要な情報として

脳内で処理し、無視した。


一歩、さらに死線の内側へ距離を詰める。


「……邪魔だ」


淡く、冷たく光る妖魔刀が、

最短距離を穿つ突きとなって放たれる。


交錯する鋼の刃と、異形の妖肢。


二人が激しくぶつかり合うたび、

重い衝撃波が円形に広がり、

周囲の芝生を吹き飛ばしていく。


久我は興奮で息を荒げ、

目を細めて笑った。


「……じゃあ、そろそろ、

光ちゃんの所へ行かせて貰う……」


その瞬間、久我の背中から、

さらに太く黒い妖肢が爆発的な速度で生え、

悠真へと襲いかかった。


夕闇の視界を黒く塗りつぶす不意打ち。


「!?」


悠真は切り払おうとしたが、

その圧倒的な質量と速度に押され、

体勢の軸をわずかに崩した。


ーーードスッ!!


太い妖肢が、

悠真の左肩を深く、

容赦なく貫通した。


「……っ……!」


脳髄を灼くほどの激痛。


左手の感覚が消失しかけ、

握っていた妖魔刀を落としそうになる。


だが、その指先はそれを許さなかった。


左手の指先に力を込め、

柄をギュッと握り締める。


歯を食いしばり、

右手で自らを貫く妖肢を掴んだ。


血まみれになりながらも、

無理やり引き抜く。


左肩から滴る血を完全に無視し、

悠真は右の拳に濃い妖力を纏わせた。


拳の周囲が、

淡く、青白い光を帯びていく。


傾いた太陽の残光と混ざり合い、

高密度の妖気が一点へと集中していく。


左手に妖魔刀を握ったまま、

悠真は右拳を、文字通り全力で振り抜いた。


ーーーガンッ!!!!


重く、硬質な衝撃音が黄昏の公園に轟く。


妖力を限界まで纏った拳が、

久我の顔面に、寸分の狂いもなく

完璧にめり込んだ。


久我の身体が弾け飛び、

地面を無様に転がっていく。


「……ぐあっ!?」


久我は即座に跳ね起き、

鼻血を垂らしながらも、

狂ったように笑った。


ハァ……、ハァ……。


「……ヘヘ……しつこいな……」


息が荒くなり、

視界が失血のせいでわずかに揺らぐ。


動かない左手を柄へ添え、

再び両手で妖魔刀を構え直す。


左肩から流れる血が、

妖魔刀の刃を伝って

ポタポタと、

秒針のように地面へ滴り落ちていた。


刀を握る手が、僅かに震えている。


肉体の限界は、とっくに超えていた。


けれど、悠真はその震えを――


久我に気取られるより先に、

己の意志だけで押し殺した。


ゆっくりと、妖魔刀を自らの顔の横へと引き、

その切っ先をまっすぐに久我へと向けた。


構えに、もう一片の乱れもない。


満身創痍のはずのその姿から、

弱さの気配は、

一切読み取ることができなかった。


ただ、静かな狂気だけが満ちていた。


「……まだ、終わりじゃない」


対峙する悠真と久我。


二人の影は、

どこまでも長く、黒く、

夜の深淵へと伸びていた。


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