第27話 翼を見る者
ブラインドの隙間から零れ落ちた
朝の光が、まだ少し冷たい部屋の床へと、
暖かな陽だまりを作っていた。
世界がゆっくりと動き出す前の、
静かで、どこか懐かしい匂いのする、
新しい家族との朝。
大きな窓から差し込む柔らかな陽光は、
微睡みのなかにいる光の可憐な横顔を、
優しく、包み込むようにして
照らし出している。
今日から、また新しく眩い日々が始まる。
神崎班へと復帰する初日の朝。
光は布団から這い出ると、
トントン、と小さく足音を響かせながら、
デスクの上へと向かった。
そこには、新しい部屋でも変わらずに、
お母さん――美雲希の写真が、
あたたかい朝の光を浴びて静かに佇んでいる。
光はそっと細い手を伸ばし、
その写真の木製の縁に優しく触れた。
指先から伝わってくる確かな温もりに、
張り詰めていた胸の奥の境界線が、
すうっと綺麗に解けていく。
彼女は小さく息を吸い、
胸の前でそっと両手を合わせた。
「お母さん……。
今日からまた、神崎班として頑張るよ。
だから、私のことを見守っていてね」
それは、誰に届くでもない
世界の隅っこの小さな独り言。
けれど――
冷たい窓の外を渡る夜明けの風が、
サワァと優しく
部屋のカーテンを揺らしたとき。
確かに、誰かが自分の背中を
ぽんぽんと撫でてくれたような、
そんな安心感が肌に伝わってきた。
光はふっと大きな瞳を細め、
嬉しそうに微笑んだ。
リビングの方へと顔を出すと、
彩花の立つキッチンからは、
香ばしい焼き立てのトーストの匂いと、
小気味よいバターナイフの音が
リズミカルに響いていた。
彩花はエプロン姿のまま、
皿にトーストを移しながら、
弾んだ明るい日常の声で振り返った。
「ひかり、今日から復帰だね!
頑張って!
――でも、無茶は絶対に絶対にダメだよ?」
親友のひたむきな応援の熱に、
光は口元を優しく綻ばせた。
けれど、鏡に映った自分の微笑みには、
どうしても初日の緊張による
少しの硬さが混じってしまう。
「……うん。
ありがとう、あやか。
……でも、正直に言うと、
まだ少しだけ緊張してるの。
みんなにたくさん迷惑をかけちゃった分、
今日からちゃんと働かないとって思うと、
ちょっとだけプレッシャーだよ」
ダイニングテーブルで
静かにコーヒーを淹れていた美咲が、
立ち上る白い湯気の向こうから、
すべてを包み込むような
温かい目を光へと向けた。
「焦らなくていいのよ、光。
復帰初日なんだから、
まずはゆっくりと身体を
現場の空気に慣らしていきましょう。
……でもね、もし少しでも
背中が痛かったり、体調が悪くなったら、
遠慮せずに、すぐに私に言ってね」
二人の言葉は、
まるで朝の陽だまりのように
どこまでも優しかった。
もう、あの夜のように
独りで抱え込む必要はないのだと、
光の張り詰めていた胸の奥が、
じんわりと熱くなっていく。
光は小さく、けれど深く頷いて、
カバンを手に取った。
「――いってきます」
新しい日常の居場所の、
温かいマンションの扉を閉める。
バタン……。
◇
――深川支部。
執務室のドアを開けると、
神崎班長がいつもの豪快な笑い声を
響かせて出迎えてくれた。
「よう、光!
顔色も良さそうじゃねぇか。
待ってたぞ!」
デスクに座る悠真も、
静かにこちらを向いて頷いた。
「……おかえり、光」
「はい……」
その二人の短い一言だけで、
緊張していた光の肩の力が、
一気にフワリと抜けていくのが分かった。
いつもの、愛おしい神崎班の空気が、
少女の全身を優しく包み込む。
朝の陽光に照らされる自分のデスク。
鼻腔をくすぐる、
お馴染みのコーヒーの匂い。
(……本当に、戻ってきたんだ……)
(あの公園で……
もう二度と日常へは戻ることはないと、
覚悟を決めた筈だったのに。
……でも、本当に戻ってこれたんだ……)
光は、仲間たちの背中に向けて、
深く、深く頭を下げた。
「皆さん……。
たくさん心配をかけてしまって、
本当に……ごめんなさい!」
神崎がその熊のような大きな手で、
光の華奢な肩を、
痛くないように優しくポンと叩いた。
「謝るなよ、バカ。
お前が無事な姿で、
こうして俺たちの目の前に戻ってきた。
それだけで充分だ……」
悠真も珍しく、
口元をほんのわずかに緩めてみせた。
「……無理をするなよ」
「はい!」
光が嬉しそうに顔を上げた、
まさにその瞬間だった。
神崎の腰に帯びていたスマホから、
オフィスの静寂を切り裂くような
緊急着信音が鳴り響いた。
◇
『――神崎班長!
深川支部管内、
江東区湾岸地区の
第4廃棄倉庫街にて、
新規のAAランク妖魔が出現しました!
肉眼による観測データ、
すでに脈動する『妖肢』を
複数本確認しています!
近隣班はすべて出撃中につき、
神崎班での即時対応は可能でしょうか!?』
スピーカーから漏れる
オペレーターの緊迫した声に、
神崎は即座に班長としての表情へと
切り替わった。
「ああ!大丈夫だ!」
通話を叩き切った神崎が、
太い咆哮を響かせる。
「緊急出撃だ!
湾岸地区でAAランク、
触手型だ!
気を引き締めろ!」
復帰早々の最前線。
3人に一瞬にして緊張が走り、
真剣な眼差しで、一斉に応じた。
「「「はいッ!!」」」
◇
出撃準備室。
緊張した面持ちのなか、
光が自分の制式妖魔刀を手に取ると、
ふいに、隣の悠真が話しかけてきた。
「光……」
光は妖魔刀をその胸に
ギュッと抱きしめるようにして、
悠真の方へと向き直った。
悠真は、自らの愛用する
長い特式妖魔刀を
ゆっくりと鞘から引き抜き、
その白銀の刃に微かな異常がないかを
冷徹に確認しながら、言葉を静かに続けた。
「あの公園での一閃。
……あれは、偶然じゃない」
光は悠真のその言葉に、
コクンと、強く頷いた。
「あの時、お前は……自分で感じ、
自分の意志で選び、そして斬った。」
――キン……。
悠真が妖魔刀を
滑らかに鞘へと収める硬質な金属音が、
静まり返った準備室のなかに
冷たく響き渡った。
光はその横顔を、
息を呑んで真剣に見つめた。
悠真はそこで初めて、
その怜悧な眼光を真っ直ぐに
光の瞳へと合わせる。
「次は、自分の命も……
その『守るべきもの』に入れておけ」
お前自身の命も、大切な存在なのだと、
彼なりの、不器用な優しさで告げていた。
「……はい!」
悠真はそのまま、
いつも通りの寡黙な背中に戻って
準備室を後にした。
光はその背中を見つめ、
力強い足取りで背中を追いかけた。
◇
江東区湾岸地区の外れに、
潮の匂いにまみれた広大な廃倉庫が、
化け物の墓標のように佇んでいた。
静寂を切り裂いて、
神崎班の黒いバンが滑り込む。
バタン――!
4人は車を降り、
黄色い立ち入り禁止の規制線を
軽やかに潜り抜けて、
薄暗い建物の中へと
足を踏み入れていった。
天井は十数メートルもの高さがあり、
錆びついた鉄骨の間から、
割れた天窓を伝って
薄暗い光が斜めに差し込んでいる。
床には無造作に積み重なった
錆びたコンテナ、
横転したフォークリフト、
散乱する鉄パイプやガラス片が
床一面に広がっており、
戦うには最悪な環境だった。
埃っぽい湿った空気に、
怪異の放つどす黒い粒子が混じり、
鼻を突くような腐った異臭が漂っている。
その廃棄倉庫の中央で、
巨大なAAランクの触手型妖魔が、
グチャグチャと不快な音を立てて蠢いていた。
神崎班長がその巨躯を沈め、
低く唸る。
「アイツか……。
やけに妖気が肥大化していやがるな」
妖魔の背中から生えた
無数の脈動する妖肢が、
近くのコンテナを紙のように薙ぎ払い、
粘液のような黒い体液を撒き散らしていた。
神崎が即座に鋭い指示を飛ばした。
「悠真と俺が前衛!
光と美咲は、一歩引いた
後方支援のレンジから入れ!
――復帰初日だ、
絶対に距離を詰めすぎるなよ、光!」
「了解!」
神崎と悠真の二人が、
大剣と長刀を構えて
一気に前方の戦場へと躍り出る。
光は少しだけ離れた後方の位置で、
妖魔刀を強く握りしめ、
自らの左の背中――純白の片翼へと、
深く、強く意識を集中させた。
(……お母さん!
私も……
大切なみんなを……守りたい!)
少女のその強い覚醒の意志と同調した、
まさにその刹那――。
――フワリ……!
光の細い左の背中から、
あの公園の夜と同じ純白の光粒子が、
優しく、しかし圧倒的な質量となって
ブワッと大気の中へと溢れ出した。
粒子は柔らかな月のような輝きを帯び、
光の意志に応えるように
美しくその形を整えていった。
前線で大剣を構えていた神崎が、
背後の異質な妖気に
弾かれたように振り返り、
その大きな目を丸くした。
「……おい、光……っ!?
その翼……
自分の意志で出してんのか……っ!?」
翼が完全に自らの意志で
展開したその瞬間、光自身が、
これまでとは違う法則に
包まれていく感覚に、一番驚いていた。
(出せた……っ!?
私自身の意志で……!)
(お母さん……。
夢の中で優しく笑って言ってくれた……
『これからはいつも一緒だよ』って、
こういうことだったの……!?)
隣で美咲が、
心配そうに見守っていた。
「光……っ!
本当に身体は大丈夫なの!? 」
光は純白の翼を
恐る恐る動かしてみせると、
力強く答えた。
「大丈夫です、美咲先輩!
自分でも驚きましたけど……
このまま、戦えます!」
◇
ズガァァァァンッッ!!!
神崎の巨大な大剣が、
正面から迫りくる妖魔の妖肢を
力任せにまとめて弾き飛ばした。
妖魔の巨体が横へと弾かれ、
積まれていたコンテナへと激しく激突。
「悠真、数秒だけ前線を頼む!」
神崎は後方の光の元へと駆け寄り、
感慨深い眼差しで、
少女の背中の美しい翼を凝視した。
「……光、本当に大丈夫か?
どこも痛まねえな? 」
光は凛とした表情で、
はっきりと答えた。
「はい!
みんなを『守りたい』って思ったら……
翼が出てくれました」
神崎は光のその眩い純白の翼を
真っ直ぐに見つめ、
その手をそっと伸ばしかけた――
けれど、途中で触れるのを
拒むようにして、
寂しげに手を下ろした。
その代わりに、
感慨のすべてを
奥歯で押し殺すようにして、
深く、強く頷いてみせた。
「……班長?」
不思議そうに首を傾げる光に、
神崎はふっといつもの不敵な笑みを浮かべ
まるで翼に語りかけるように呟いた。
「――上等だ。
お前がみんなを守るってんなら、
俺がその背中、死んでも守ってやるよ。」
神崎は前線の悠真に届くように
声を張って告げた。
「よし……!
作戦変更だ!!
前衛は、悠真と光!
俺と美咲は必要に応じて、
後方からの支援に回る!」
その指示に、悠真も、美咲も、
そして光自身も、驚愕の声を上げた。
「「「――ッ!?」」」
神崎は大剣を肩に担ぎ、
力強く吼えた。
「――俺が、全責任を持つ!」
数秒の沈黙の後、
悠真と美咲は同時に応じた。
「「了解!」」
神崎は光の華奢な肩を強く叩き、
力強く頼もしい笑顔を向けた。
「俺はお前を信じる。
……行ってこい、光! 」
「はいっ――!!」
光は妖魔刀を鋭く構え、
背中の翼を白銀に激しく輝かせて、
コンクリートの地面を
爆発的な速度で蹴り上げた。
悠真が素早く前へと躍り出て、
迫りくる赤黒い妖肢の猛攻を
長刀の腹でカァンと弾き、
即座にその一本を根元から切断する。
妖魔が咆鳴を上げ、
残された触手を一斉に振り回してきた。
光は背中の翼の加速を限界まで活かし、
触手の隙間を紙一重の反射速度で躱しながら、
一気に敵の懐へと間合いを詰めていく。
しかし――。
(あ、っ――!?)
突進の最中、極限の集中が
一瞬だけ途切れた拍子に、
背中の片翼の光粒子が歪に乱れ、
重力制御の加速がわずかに失速した。
「くっ……!」
廃倉庫の怪異はその隙を逃さず、
太い赤黒い妖肢を振り上げ
光の胴体を粉砕せんと振り下ろした。
――刹那。
悠真が音もなくその死角へと割り込み、
襲いかかる妖肢を
長刀の力任せの斬撃で切り払ってみせた。
「……翼の制御がまだ不安定だ。
焦るな、光」
悠真は敵を見据えたまま、
低い声で言った。
「お前の後ろは俺がフォローする。
……お前は自分の仕事に集中しろ」
「悠真さん……っ。はい!」
光は冷や汗を拭い、
奥歯を食いしばって、
再び背中の片翼へと全ての神経を集中させた。
(……お母さん、もう少し……
あと少しだけ、力を貸して……!)
少女の魂に応じるように、
彼女の左背中の翼が、
先ほどよりもさらに強く、
眩い輝きを取り戻した。
光は失っていた
超加速の機動力を回復させる。
その瞬間、
悠真が鋭く妖魔の足元を薙いだ。
巨体がバランスを崩した、
その一瞬――。
光は、その隙を逃さなかった。
光は背中の純白の翼を大きく広げ、
空中へとフワリと華麗に反転――。
妖魔の眼前、
ゼロ距離へと一瞬で肉薄する!
光の妖魔刀が、
純白の光の軌跡を描き、
妖魔の首を鮮やかに切り裂いた。
シュウゥゥゥゥ――ッ。
妖魔が断末魔の叫びを上げ、
切断面から悍ましい黒い光粒子を撒き散らす。
そこへ悠真が電光石火の踏み込みで
妖魔刀を真っ直ぐに突き出し、
怪異の心臓部の『核』を貫いて完全に消滅させた。
ドサリ――。
巨大な肉塊がコンクリートへ沈み、
黒い光子の塵となって消えていく。
光はフワリと地面へと着地し、
激しく乱れる荒い息をゆっくりと整えた。
悠真は妖魔の核から長刀を引き抜き、
短く、けれど確かな信頼を込めて言った。
「……よくやった」
光はまだ息を弾ませながら、
少しだけ照れくさそうに、
けれど誇らしげに微笑んだ。
「……ありがとうございます!
悠真さん……」
美咲は妖魔の粒子が
完全に消え失せるのを見届けてから、
呆然と呟いた。
「……あんなの……
人間のスピードじゃない……」
神崎は震える手を誤魔化すように腕を組み、
ニカッと笑った。
「美咲、見てたか? あれが光だ」
そう言うと、大きく手を叩きながら
光に向かって声を張った。
「光! よくやったぞ!!」
美咲は我に返り、
慌てて光の元へ駆け寄った。
「光! 大丈夫!? 怪我はない!?」
光は息を荒げながらも、
ふっと柔らかく微笑んだ。
「……大丈夫です、美咲先輩。
ちょっと……
まだ心臓がバクバクしてますけど……」
神崎が豪快に笑いながら近づいてきた。
「よし! これで任務完了だ。帰還するぞ!」
彼女の左背中に広がっていた美しい白翼が、
淡い光の残響を放ちながら
ゆっくりと元の肩甲骨の奥へと収まり、
優しい粒子となって静かに消えていく。
純白の粒子が、光の背中を
優しく撫でるように輝いた。
まるで母の手が、優しく肩に触れ、
背中をぽんぽんと励ますように。
優しい声が、心の奥底で響いた気がした。
光の目が、じんわりと潤む。
◇
――昼休み。
青空が広がるカフェのテラス席は、
柔らかな陽光に包まれていた。
光と美咲は、任務の合間の短い休憩で、
いつもの落ち着いたカフェに入っていた。
光はカフェオレのカップを
両手で包み込み、少し嬉しそうに微笑んだ。
「翼を出せて良かったです……
まだ全然未熟なんですけど……
少し前に出られた気がして、
嬉しかったです」
美咲は優しく目を細めた。
「本当、凄かったわ!
綺麗だった……
あの力、やっぱり、
光が希さんから受け継いだ力なのかな?」
その時――。
「すみません。
隣、いいですか?
満席で席が空いてなくて……」
光が驚いて顔を上げると、
ニコニコとした屈託のない笑顔で
男性が話しかけてきた。
穏やかで、柔らかい声だった。
「どうぞ……」
光が小さく頷くと、
男性は優しく頭を下げて座った。
「ありがとうございます」
男はコーヒーを一口飲んで、
ふっと息をついた。
「失くしたものは、
まだ見つかりませんか?」
光は首を傾げた。
「……失くし物……?」
男はニコニコと笑ったまま、
静かに頷いた。
「はい」
光はさらに戸惑い、
目をぱちくりさせた。
「何の話ですか?」
男は変わらず柔らかい笑みを浮かべ、
空を見上げながら言った。
「見つかるといいですね」
少し間があってから、
彼は光の背中の方に視線を落とした。
「良かった。
……まだ、残ってる」
光はますます混乱した。
「……?」
男は一瞬だけ目を細めた。
そして――。
「人は失ってから気付くので」
ニコニコ。
その笑顔は優しく、
礼儀正しかったが、
言葉の端々に、
根本的に何かがずれている感覚があった。
美咲の表情がわずかに変わった。
「……失礼ですが、あなたは?」
男は柔らかく微笑んだまま、
ゆっくりと立ち上がった。
「ただの通りすがりです。
……今日は素敵なお話を
ありがとうございました。
……美雲さん」
そう言い残すと、
男は飲みかけのコーヒーをテーブルへ残し、
出口へと歩き始めた。
「……待ってください」
美咲の声に、
男の足がほんの一瞬だけ止まる。
「どうして、光のことを
知っているんですか?」
男は答えなかった。
しかし、一瞬だけ振り返り
小さく会釈をして再び歩き出した。
光はその背中を目で追った。
すると男は店の出口で、
ふと足を止めた。
「……そうですか」
小さく呟く。
「……まだ一緒にいるんですね」
光が「え?」と声をかけようとした瞬間、
男はもう歩き出していた。
光はその背中を目で追いながら、
ポツリと呟いた。
「美咲先輩……あの人……」
美咲は不可解な表情で光に聞いた。
「知り合い?」
光は首を横に振った。
「いえ……でも……」
少し考えてから、光は小さく首を傾げた。
「なんだか……悲しそうでした」
美咲は目を見開いた。
「……え?」
光は左の背中が、
ふと熱を持ったような気がした。
その頃、空に薄い雲が
ゆっくりと広がり始め、
青空に淡い影を落としていった。




