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白翼の光  作者: 月凪
第一巻 白翼は希望の光となって

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第2話 光の影


南砂町駅の階段を上がると、

地上にはすでに、

夜の帳が完全に下りていた。


密集する住宅街の合間を、

光と美咲は並んで歩いていく。


しとしとと降っていた雨が、

やがて激しさを増し、

冷たいアスファルトを

激しく叩き始めていた。


美咲は無言のまま、

自分のビニール傘を

光の頭上へと大きく傾けた。


身を寄せるようにして歩く道すがら、

美咲の肩が、光の華奢な肩に小さく触れる。


その境界線から伝わってくる体温は、

ひどく温かく、静かで、頼もしかった。


その小さな接触が心地よくて、

光の心はほんの少しだけ息を吹き返した。


だが同時に――


その優しさは、光の胸の奥に、

苦い澱を沈めてもいた。


(私は……いつも、

誰かに守られてばかり……)



その夜――。


光は自室のベッドに横になり、

無機質な天井をぼんやりと見つめていた。


薄暗い部屋の窓ガラスを、

外の豪雨が激しく叩き続けている。


――ザァァ……ザァァ……。


雨音が大きくなるたび、

胸の奥が締め付けられるような、

そんな気がした。


脳裏を過るのは、

今日の自分の無力な姿だった。


電車の中でも、


執務室でも、


帰り道でも。


いつも誰かに守られてばかりの自分。


「お母さん……


私には、現実に立ち向かう力なんて……


何一つないのかもしれない……」


その言葉をポツリと呟いた瞬間、

左の肩甲骨の奥が、

かすかに熱を持った気がした。


光は、熱を帯びた左の肩甲骨へ

そっと手を触れた。


(……なんだろう、これ……)


どこか懐かしい気がした。


しかし、熱はすぐに

指の隙間から消え失せ、

光は小さく諦めるような息を吐いた。


(会いたいよ……お母さん……。)


届くはずのない願いを、雨の音に沈める。


ザァァ……ザァ……


雨音が小さくなるたび、

胸の奥の締め付けも、

ほんの少しだけ緩んでいく気がした。


ポツ……ポツ……


やがて雨はほとんど止み、

世界には、

息を潜めたような静寂だけが残された。


張り詰めていた緊張が解け、

光は重い身体を起こし、

浴室へと向かった。


温かいシャワーの熱が、

肌に残った不快な記憶を

優しく洗い流していく。


シャワーを終え、

薄いグレーのキャミソールと

ショートパンツに着替え、

ゆっくりと窓辺に寄った。


窓を開けると、

雨上がりの澄んだ、

冷たい夜風が、

部屋の中へと滑り込んできた。


街灯の青白い光を反射して、

濡れたアスファルトが深く、

キラキラと輝いている。


雨上がり特有の、

湿った土の匂いを含んだ空気が

ふわりと鼻腔をくすぐった。


「……気持ちいい……」


乾いた唇から、小さな呟きが漏れる。


それは、一瞬だけ戻ってきた、

穏やかな日常だった。


しかし、次の瞬間――。


その心地よい夜風の奥から、

蛇のように、執拗に這い寄る

『異質』が混ざり込んできた。


甘ったるく、

腐った果実のような、

忌まわしい香水の匂い。


「――っ!?」


帰りの電車……窓ガラスの向こうで、

こちらを振り返った男の瞳が、

脳裏に鮮烈にフラッシュバックした。


(どうして……


私の部屋なのに……!)


窓から突如として吹いてきた強い風が、

部屋のカーテンを揺らした。


その風は、まるで誰かに

頬を撫でられたように冷たく、

光は慌てて窓とカーテンを閉め、

反射的に後退った。


恐怖に震え、

部屋の真ん中で立ち尽くした、

その刹那――。


『ガッシャァァァァン――!!』


硝子窓が派手に粉砕され、

激しい破壊音が、真夜中の静寂を

完全に切り裂いた。


「キャァァッ――!?」


光の悲鳴をかき消すように、

カーテンが荒々しく跳ね上がる。


窓ガラスの鋭利な破片が、

無数の凶器となって、

月光を反射しながら

床へと激しく飛び散った。


それは、日常という名の結界が、

粉々に打ち砕かれた合図だった。


まるで地獄の口が開いたかのように、

無残に破られた窓の向こう。


暗黒の夜空には、

赤く染まった満月が浮かんでいた。


それは、光を見下ろしながら、

歪んだ笑みを浮かべているように見えた。


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