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白翼の光  作者: 月凪
第一巻 白翼は希望の光となって

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第17話 天使と迷子の輪舞曲


キィ……、キィ……。


無人のブランコが夜風に揺れる、


寂びついた金属音だけが静かに響く。


吹雪のように粒子が舞い散った直後、

荒川の公園に残されたのは、

あらゆる怪異の毒を撥ね退けるような、

神聖なまでの静けさだった。


そして――


光の左背中に大きく広がっていたのは、

まるでおとぎ話の天使の翼を思わせる、

『淡い青色の片翼』だった。


淡い青の粒子が、

夜の闇の中に蛍のように舞い踊る。


まるで聖域と化した夜の公園のなかで、

久我は攻撃することすら忘れ、

ただその場に立ち尽くして

光の翼に見惚れていた。


「お前……一体誰なんだ?


……希……。希、なのか……!?」


宙吊りにされたままの光の瞳からは、

大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。


けれどそれは怯えの涙ではない。


目の前の哀しき怪物の深淵を理解した、

静かな哀れみの表情のまま、

光はただ久我を見つめ返していた。


――パキィンッッ!!


光の意志に呼応するように、

硬質化した淡い青の片翼が一閃を放った。


自分の両手首を

無慈悲に拘束していた

久我の赤黒い妖肢が、

一瞬で綺麗に切り裂かれる。


重力から解放された光の身体は、

フワリと地面へと降り立った。


光は血の気を失った震える指先で、

自身の背中から生える、

蒼く脈動する

美しい翼にそっと触れた。


(……これ……お母さんの力……?


でも……今は、私の……

私自身の意志で動いてる……!)


光の意志に呼応するように、

淡い青だった翼が

一瞬にして純白へと色を変える。


――ブワッ!!


光は背中の翼を

大きく羽ばたかせた。


次の瞬間、彼女の身体は、

まるで空間を圧縮したような超速度で、

久我の真横を滑るようにして加速した。


シュンッ――!


一陣の白い風。


久我はその絶対的な移動速度に

何が起きたのかを理解できず、

完全に遅れてその目を見開いた。


男が振り返ったときには、

光の身体はすでに、大木の幹へと

滑り込むようにして停止していた。


ザザッ!


光は再び翼を淡い青色に激しく輝かせ、

親友を磔にしていた赤黒い妖肢を

一気に斬り裂いていく。


「あやか――ッ!」


光は、縛りから解放されて

力なく落ちてくる

彩花の華奢な身体を抱きかかえ、

木の幹から引き離して、

優しく地面へと降ろした。


◇


光の意思と同調するように、

淡い青だった片翼が、

再び息を呑むほど

美しい『純白』へと

その色彩を変えていく。


光は彩花の身体を

横抱きに抱きかかえたまま、

フワリと夜の空中へと跳躍した。


舞い散る純白の粒子が、

夜の空中へと綺麗な弧を描くようにして

淡い軌跡を残し、

静まり返った公園を幻想的に舞う。


光は、街灯の青白い光が届く

ベンチの前に降り立つと、

彩花を優しくそこへ下ろした。


光は夜の冷たい地面に膝をつき、

彩花の激しく震える頬を

そっと両手で拭いながら、声を震わせた。


「ごめんね……あやか……。


痛かったよね……


怖かったよね……。


でも、もう大丈夫。


私がここにいるから……」


彩花は引き裂かれた口元から

紅い血を小さく滲ませていた。


堰を切ったように

その大きな瞳から大粒の涙を溢れさせ、

光の細い胸の中へと、

子供のように顔を埋めた。


「ひかり……っ。ごめん!


ごめんね……ひかり……っ!


あの手紙……


あいつが怖くて、

私が書いてしまったから……。


私のせいでひかりがここに来て、

こんな酷い目に……っ!」


自分自身の恐怖よりも、

どこまでも光の安全を案じて

泣いてくれる親友。


光はその尊い愛を

すべて包み込むようにして、

彩花の頭を優しく撫でてあげた。


それから――


光はゆっくりと立ち上がり

タイツの膝についた砂を払った。


その可憐な童顔を、すぐに引き締め、

再び久我の方へと真っ直ぐに向き直る。


対する久我は、まるで蛍を

不器用につかまえようとする子供のように、

自分の周囲をフワフワと舞い散る

光の白い粒子へ向けて、

空っぽな手を虚しく伸ばしていた。


光は、そのどこまでも

欠落した怪異の様子を、

ただ哀しげに見つめていた。


(まるで……

夜の公園に1人残された、

可哀想な子供みたい……)


光が久我の方へ向けて

静かに一歩を踏み出した瞬間、

「コツン……」と、硬質な何かが

ローファーの爪先に当たった。


視線を落とすと、

そこには先ほど弾き飛ばされた、

自分の小さな白銀の護身刀

『妖小刃』が静かに落ちていた。


光は、一瞬、躊躇いながら

足元にある妖小刃を拾い上げた。


久我が、現実にそこにいる光の存在を

思い出したかのように、

ハッとその歪な顔をこちらへと向き直した。


じっと光の完全覚醒した姿を見つめ、

やがてニチャッと

不快な粘り気を持って大きく笑った。


「……ふふ……。


光ちゃん、その翼……

本当に、本当に綺麗だね……。


可愛いなぁ……。

天使みたいだ……。


――じゃあ、続けようか……」


久我がそう狂暴に呟いた直後、

男の背中の影から

複数本の太い赤黒い妖肢が蠢き始め、

その鋭利な先端を

一斉に、光の小さな身体へと向けて

ギリギリと狙いを定めた。


◇


光は喉の渇きを堪えるように

ゴクリと唾を飲み込み、

その右手で妖小刃を構え直した。


同時に、その背に宿る片翼を

どこまでも真っ白に、眩く輝かせる。


――ブワッッ!!


溢れ出す膨大なエネルギーの質量となって、

純白の光粒子が翼から夜の空間へ舞い散った。


(この白い翼……

まるで、重力そのものが

軽くなったみたい……)


(この力があれば、

きっと、あいつを倒せる……


だけど……)


光のその思考が終わるよりも早く、

久我の背から放たれた妖肢が、

空気を裂くような速度で光を襲った。


――ドンッッ!!


大蛇のような肉撃が、

光のいた足元の土を

凄まじい破壊音とともに陥没させる。


しかし、光はすでにそこにいなかった。


光の身体は、

夜の風を切り裂くような

超速度で悠々と攻撃を躱していた。


久我の必殺の妖肢を

次々と躱しながら、

光は一気に久我の懐へと

間合いを詰めにかかる。


「くっ――!」


焦った久我がさらに妖肢で

波状攻撃を仕掛けるが、

重力から解き放たれた光の機動力は、

すでに怪異のそれを凌駕していた。


光は夜空をヒラヒラと舞う

一羽の蝶のように、

重力をあざ笑うようなステップで、

そのすべての猛攻を美しく躱し続けた。


ふいに焦燥する久我の濁った瞳と

光の澄み切った瞳が交錯する。


(この人は……

あの……商店街のるい君と一緒……。


ずっと……迷子だったんだ……。


誰かが……その手を引いてくれるのを

……ずっと……待ってたんだ……。)


一本の極太の妖肢が

光を完全に捉えたと思った、


ーー次の瞬間。


光はあえて逃げず、

迫りくるその妖肢の側面を

靴の底でタンッ、と軽く蹴りつけた。


それを踏み台にするようにして

空中へ向かってフワリと華麗に翻り、

宙を優雅に舞う。


「――――ッ!?」


空中へと逃げられ、

完全に間合いを見失った久我の表情が、

一瞬にして醜い焦燥と狼狽へと変わっていく。


(くそ……。


なんで……一本も捉えられない……っ!?)


久我が必死に体を旋回させるが、

光はまるで月光に煌めく白銀の蝶のように、

美しい軌跡を描きながら、

久我の周囲の空間を

縦横無尽に旋回し続けていた。


挿絵(By みてみん)


光は妖肢を悉く躱しながら、

ふと、訓練中の悠真の言葉が

心の中を過っていく。


『迷いは、刃を鈍らせるぞ。


余計なことは考えるな。』


妖小刃を握る右手に、

ほんの僅かな震えが走る。


(だけど……


私には、

あなたを斬れない。)


――まさに、その死闘の真っ最中。


公園の入り口の深い暗がりのなかに、

その存在を、一切気づかれないよう、

神崎班が、息を切らせて到着していた。


だが、現場の景色を見た瞬間、

神崎は太い喉を鳴らし、低く唸った。


「やはり、Sランク以上か……。


美咲、お前はすぐに

光の友人の救助に向かえ。

俺と悠真は――」


「班長……っ!」


指示を下そうとした

神崎の言葉を遮るように、

美咲が激しく震える声で

闇の奥を指差した。


「あれ……!」


美咲の視線の先――。


神崎と悠真が、

弾かれたようにその目を大きく、

限界まで見開いた。


薄暗く、絶望に満ちているはずの夜の公園。


その中央で、

淡く、神聖に輝く【真っ白な翼の光】が、

漆黒の闇夜を息を呑むほどに幻想的に、

美しく照らし出していたのだ。


その光の奔流のなかに浮かび上がる、

あまりにも見覚えのある、

少女のシルエット。


神崎は一瞬、

肺の空気をすべて失ったかのように、

激しく息を呑んだ。


その顔から、

血の気がサァァッと

一瞬にして引いていく。


神崎の足が無意識に震えながら

一歩前へ出た。


純白の粒子を引き連れ、

夜の闇を切り裂いていくその姿は――

まるで、一陣の白い疾風だった。


「……希……か?」


その一言には、

普段の冷静さを完全に失ったような、

深い動揺と驚愕が混ざっていた。


――ザァァァァァーーーーッ。


その瞬間、激しい夜風が吹き抜けた。


公園の梢の葉が、

ざわざわと狂おしく擦れ合う音だけが、

神崎の声をもみ消すように、

暗い夜空へ大きく響き渡っていた。


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