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白翼の光  作者: 月凪
第一巻 白翼は希望の光となって

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第14話 絶望の邂逅


15分後――。


夜の帳が完全に下りた

彩花のマンションの前で、

美咲は青白いスマートフォンの

画面を握りしめたまま、

凍りついたように立ち尽くしていた。


液晶には、

すでに何度もかけ続けている

『光』の名前が表示されたまま、

繋がることのないコール音だけが、

無機質なノイズとなって

夜の冷気に虚しく響き続けている。


「もう……


どうして電話に出ないの……?


光……っ!」


美咲は唇を、

血が滲むほど強く噛みしめた。


見上げる夜空には雲一つなく、

無数の星々がただ冷たく、

冷徹に輝いている。


世界の理が

いつも通り美しく機能している。


その静けさが、今は逆に、

狂気的なほどに不気味だった。


まるで、この夜の闇の中に

自分一人だけが

取り残されてしまったかのような

底無しの孤独感が、

美咲の胸をきつく締め付ける。


(どうしよう……。


あの時、もっと、もっと強く

説得すれば良かった……)


(『私の家に暫く泊まらない?』って、

あの時、無理にでも

私の家へ連れて帰っていれば……)


(光が危険なストーカーに

狙われていることは分かっていたのに。


私の見積もりが、

あまりにも浅はかだった……!)


美咲の脳裏に、

これまでの光の姿が、

走馬灯のように

次々と浮かび上がっては消えていく。


初めて神崎班に配属されてきたときの、

今にも壊れてしまいそうだった小さな背中。


訓練室のマットの上で、

何度も悠真の打突に倒れながらも、

涙を拭って立ち上がろうとしていた健気な姿。


そして――


今日、誇らしげに見せてくれた

凛とした光の笑顔。


(光……あなたは昔から、

いつも一人で頑張りすぎるのよ……)


(また、私が守ってあげられなかった。


今、光がどれだけ怖い思いをして、

どれだけ泣いているか……)


自分の無力さに

視界が悔し涙で歪みかけた、

その瞬間――。


手の中のスマートフォンが、

静寂を破るように激しく震動した。


画面に躍る「神崎班長」の文字。


美咲は一瞬の淀みもなく、

素早く通話ボタンをスワイプした。


「班長――っ!?」


『美咲! 今どこにいる!?』


スピーカーから響く

神崎の、空気を震わせるような

焦燥に満ちた声。


光が一人で荒川の土手へ

向かってしまったという絶望的な可能性を、

神崎へ迅速に説明した。


電話の向こうで、神崎の呼吸が、

一気に荒くなるのが分かった。


『分かった!


美咲、お前は絶対にそこから動くな!


今、俺と悠真が局のバンで

全力でお前の元へ向かっている。


現場に到着するまで、

そこで待機していろ!


絶対に1人で光の所に行くな!


妖魔刀も持たないお前が行っても

何も出来ることはない!


いいな!』



「……了解、しました……。


班長、悠真……


早く、早くお願いします……っ」


美咲がそう言葉を絞り出した直後、

通信は慌ただしく切れた。


静まり返った夜道。


美咲は再び光への発信ボタンを押したが、

耳元で冷徹なコール音だけが

虚しく響き渡るばかりだった。


美咲は力なく無機質な壁に背を預け、

祈るように胸の前で

細い両手を固く合わせながら

目をギュッと閉じた。


夜の冷たい風が

美咲の頬を容赦なく撫で抜ける中、

その端正な横顔を一筋の熱い涙が、

静かに伝い落ちていった。


(光……。


お願いだから、無事でいて。


……何があっても、生きていて……!)



討魔局特有の、

波長の短い鋭いサイレンを

夜の街に狂暴に響かせながら、

神崎は、法の規制を

完全に逸脱した猛スピードで

大型バンを疾走させていた。


助手席に座る悠真は、

無言のまま、

バックライトに照らされた

神崎の横顔をじっと見つめた。


(こんな班長……

いままで、一度も見たことがない)


いつもは豪快で、

戦場でも揺るがない鉄の男。


その神崎の顔が、

今は見たこともないほどに沈痛に、

あるいは獣のような怒りに歪んでいた。


悠真はいつも通りの

冷徹なトーンを意識して、

静かに声をかけた。


「神崎班長。

……落ち着いてください」


神崎は前方から

視線を一切外さないまま、

低く、短く吐き捨てた。


「分かっている。」


だが、ステアリングを

握りしめる傷痕だらけの手には、

関節の骨が白く浮き上がるほどの、

尋常ではない力が込められていた。


急カーブを迎える度に、

バンの重いタイヤが

アスファルトを削り、

悲鳴のような爆音を上げる。


――ギャギャギャギャッ!!


(頼む……。


神様だろうが何だろうが

誰でもいい……。


今度こそ……

今度こそ間に合ってくれ……!)


ハンドルを握る神崎の手が、

コントロールの限界を超えた焦燥で

微かに震えていた。


(頼む……光……っ)


脳裏に鮮烈にフラッシュバックしたのは、

7年前のあの日。


母の棺にしがみついて、

声を枯らして泣きじゃくっていた、

少女の後ろ姿だった。


――もう二度と失わない。


アクセルを踏み込む右足は更に強くなり

夜の東京の街を、切り裂くようにして

黒いバンが突き進んでいた。



青白い冷徹な月に照らされた、

夜の荒川沿いの公園。


そこには人の気配など一切なく、

薄暗い街灯が、誰もいないベンチと

無機質な遊具を白く照らし出していた。


時折、生ぬるい夜風が吹き抜けるたび、

キィ……、キィ……、と

寂びついた金属音を立てて揺れる、

無人のブランコ。


その不自然な動きが、

夜の静寂をより一層、

不気味に際立たせていた。


街灯の光すら届かない、

巨大な大木の幹。


まるで十字架に磔にされるような形で、

彩花はその場に無残に拘束されていた。


本体から切り離され、

独立して赤黒く脈動する久我の妖肢。


ぬめりとしたその器官に

全身をギリギリと固く縛り上げられ、

腕も、脚も、

微動だにすることすら叶わなかった。


そのすぐ近くのベンチに、

久我は深く腰掛けていた。


「あー……。彩花ちゃん……」


久我はゆっくりと

眠気混じりの声を向けた。


「おはよう。グッスリ眠ってたね。


――光ちゃんは、まだ来ないよ。

薄情だよね……」


夢であって欲しかった。


けれど、肌を締め付ける冷たい感触が

残酷な現実として、

彩花の心を奈落の底へと叩き落とす。


「……あなたは……


一体、誰なの?


……光の、ストーカー……?」


久我は、暗がりの底から

不気味にククッ、と喉を鳴らして笑った。


「ストーカー……?


違うよ。


俺は……

ただ、食事をしてただけだよ」


最初から会話を成立させる気のない、

決定的な人外の論理。


噛み合わない言葉の不気味さが、

彩花の背筋を凍りつかせ、

心臓の音を狂わせていく。


「……ねぇ、

彩花ちゃんはおかしいと思わない?」


久我は首の骨を

不自然な角度に折り曲げ、

月を見上げるようにして呟いた。


「何で……

光ちゃんは……


こんなに愛されるんだろうね?


希に愛され、

君に愛され、

討魔局の狗どもにも愛され……。


光ちゃんはさ……

俺と同じじゃなきゃ、

おかしいじゃないか……」


最初から誰にも愛されず、

世界のシステムから見捨てられていた自分。


自分と同じ『欠陥品』であるはずの光が、

なぜ世界から温もりを与えられているのか。


その圧倒的な理不尽への、

男の歪みきった逆恨み。


彩花は、縛り付けられた手足を必死に、

無駄だと分かっていても

ガタガタとバタつかせた。


(早く……ここから逃げなきゃ……!)


(ダメ……!

絶対に、こいつとひかりを

会わせちゃダメッ!!)


今ここに光が来れば、

あの大人しい親友は

間違いなくこの化け物の餌食になる。


彩花の生物としての本能が、

激しくそう叫んでいた。


久我は、そんな彩花の無力な抵抗を、

じっと、飽きることなく観察しながら、

ゆっくりと醜い笑みを深めていった。


「……彩花ちゃん。


光ちゃんが来たら、良く見ててね……。


君の目の前で壊さなきゃ……。


こんなに時間を使った意味が、

無くなっちゃうからさ……」


人間の理解を拒絶するその狂気の言葉に、

彩花の全身に、おぞましいほどの鳥肌が立つ。


――その、絶望の瞬間だった。


「あやか……!」


暗闇を切り裂いて響いた、

いつもなら自分に

最大の安心を与えてくれるはずの、

大好きな親友の声。


しかし、夜の公園に木霊した

その可憐な声は、

今はここから始まる最悪の惨劇を、

取り返しのつかない絶望を予感させる、

破滅の鐘の音のように聞こえていた。


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