序章の終わりと忘れ去られた松上げ神事。
様子見を終え、鞄の中の竹籠へと戻るしらたま。
「どうだった?」
「そんな悪い風には見えなかったんだけどね。」まるで自信が持てない感じでそうつぶやく。
「酒場ではなくて駅に出たんだよ。とても大きな階段があって数人が相談してた。でね。身なりもきちんとしてて。」
本当に厄介な連中はまるで逆の雰囲気を演じるものだ。この様子だと私よりも格上だろう。
「何もしてないね。しらたま。」
「何気なく通り過ぎただけ。違う人たちかもしれない。ごめんね。」
「いいよ。注意深く観察してくれてありがとね。何か向こうから手を出さない限りは相手しなくていい奴らだから。お茶をいただこう。」
今私たちがすべきは、寮の管理と家族との幸せな日々を守ることだ。こんないい場所で休日を返上してまで厄介ごとに首を突っ込むべきではない。
「どうだね居心地が良くて静か。ところで店主に用があったのだろう?留守で申し訳ないが何か伝えておこうか?」
「えっと、お名前。」
「ジェームズだよお嬢さん。」
「私は梅子です。宜しくお願いしますね、ジェームズさん。」
「実はアルバイトである近くの尞の管理人をしておりまして、マンネリ化したメニューを改善したいと考えてます。」当初の目的ではないがまぁいい。相手にも余計な心配はさせたくない。
「それなら、わたしが力になれるかも。どの程度の料理にもよるが人並み程度の自信はあるから。」
いきなり絵の描き方を教えてくれというのを知り合ったばかりのゴッホさんにお願いするのも気が引ける。それはまた時期を見計らい相談する事にしよう。
「そう言っていただけるのは有り難いのですが、お給金とか授業料とかをお支払いできる立場ではなくって。」
「あぁ、それならお代は結構。何か楽しくやって誰かと時間を過ごせたらと思っていたところでね。趣味の範囲で。」
男性が女子寮に入っていいものかどうか確認が必要ではあるが、地域のサークル活動の講師が遊びに来ていただける。そんな所か。入り浸る訳ではなくたまに遊びに来る程度なら問題はないだろう。
「それにしてもきれいな場所ですね。友達にも見せたいな。」
「歓迎するよ。その友達も呼んではどうかね?」
私は店の電話をお借りして楓に電話をする。
「楓、今日空いてる?ゴッホさんの工房でいい話があってね。そう。絵の件とは別のこと。疲れてなければでいいんだけど。例の地図の場所にいるから。」
「お友達、来れそうだって?」
「ええ。喜んでました。」
「娘を呼んでもいいかな?」
「お子さんがいらっしゃるのですか?」
「椿って言ってね。似てはいないんだが話し相手になってもらうと嬉しいんだよね。」
少し照れ臭そうに話す。自慢の娘なのだろう。
「大丈夫ですよ。友人は人見知りとか全然しないタイプなので。」
「それなら良かった。学校の友達と話してばかりだと見識が狭くなっちゃうからね。宜しく頼むよ。」
しばらくすると、ワンピース姿の椿がやってきた。高校生といった年齢だろう。随分と背が高く見える。
「あぁ、早かったね椿。こちらは。」
「梅子です。初めまして。今日は時間とか大丈夫?」
「お父さんがいるから平気。」
「後でお姉ちゃんの友達も来るから今日はお願いね。ところでジェームズさん。社員寮は女子専用でして。」
「許可が下りるかな。」
「良ければ親子で地域参加ってのはどうですかね。地域の交流なら不自然ではないし。」そんな話をしているうちに楓が到着した。
「こんにちは。ここでよかと?」ドアが空き帽子を取る楓。無事に辿り着いたようだ。
「すごいところね。想像以上たい。見晴らしがいいので、ついつい遅うなって。」
「ゴッホさんが留守で絵の話はまた今度。でね、店の留守番中だったジェームズさんとこちら娘さんの椿ちゃん。」
「初めまして。それで今回はどういった話になっとうと?」
「お料理の話。」ジェームズさんの過去の話は必要がないので楓には黙っておこう。
「さっきから鞄の中で顔を出しているその小さくて白いの。彼は君の護衛か何かい?」ジェームスさんがくすくすと笑いながら尋ねる。
素早くモモが身を隠すがもう遅い。
「最近、山で預かった精霊です。普段は子リスの姿で色々と手伝ってもらっている友人といったところです。ほら皆さんに挨拶しないと。」
気配で見破ったところは聖職者らしい。姿も見えてるし、纏うオーラでおおよそのことはお見通しといったところか。
「連れてきちゃったの梅子?いいんじゃないかな、ここ景色がいいから外出たいんだよ。」楓が鞄にいるモモを出して見せる。
椿ちゃんが興味を持つかと思ったが、意外に平然としている。ジェームズさん家にも同居している何かがいるのだろうか。
お茶を頂きながら、ジェームズさんからこの場所や工房に飾られた額縁について説明を受ける。どちらかというとゴッホさんが描いた物というよりも彼が集めたコレクションといったところだろう。繊細なタッチの作品が多く西洋画がほとんどだ。
「お茶の後で庭や花畑を案内するよ。彼も木立を走りたいだろうし。ところで梅子さんはエルフ族との混血かな?」
私は慌てて黒髪で耳を隠す。
「よくわからないんです調べても辿り着けなくて。先祖返りか何かの影響かも。兄妹にはそれといった感じはないし両親も不思議がっていて。」
「似たような現れ方をしたケースも無くはないが、別に気にすることはないよ。肌も白いし長寿種だ。大抵の場合、老いも遅いしひょっとすると魔力が顕現するかもしれないじゃないか。」
そうかもしれない。しかし今の環境では魔法とか必要になる場面が少ない。得意の方法でお手伝いができる精霊と仲良くした方が何かと重宝する。
まだ庭を散歩する前で気が緩んだ訳ではない。ジェームズさんは次々と言い当て驚いてばかりだが不思議と不快感は無かった。




