天罰システムのモラトリアム。
かくして、大雑把に「まぁ、そこそこ料理で幸せになれば多分ハッピーエンド」という私のアルバイト生活が始まった訳である。
神様のおられる世界には古今東西の違いなどそう大きな変化はない。相手に喜ばれる働きぶりがなければ、誰かの邪な力が働き何かしらの罰が神様から下される。そこには教会や社、寺の僧侶に至るまでそういう理念の下で毎日を過ごしているので、変な気をは起こさず道徳的に慎ましく生活しておれば、この国が戦争や紛争が起こらない限りは不運に見舞われる事はそうそう無い。
稀に巻き込まれたとしても必要な時間待っていれば復帰の好機に恵まれる。
蛇の道は蛇という諺どおり、カテゴライズされた集団に一旦加われば、その道に染まった色に染まった世界から抜ける事は容易ではない。
「誰かいらっしゃいます。ごめん下さい。」私は恐る恐るドアを開き。辺りを見渡した。
「いらっしゃい。ちょっと待ってて。」青い目の執事の様な服装の人物が顔を出す。
「ここの主人が忙しくて手が離せないって、店番頼まれちゃってね。参ったな。」と男が困り顔で応える。
「買いにきた訳じゃなくて、近くに来たついでに会いにきただけなんで。事前に連絡取ってないから。」私は申し訳ないと思いこの場を去ろうとした。
「追い返したみたいになっちゃうから。今お茶を淹れるところだったし、座ってゆっくりして行きなよ。少しくらい時間あるでしょ。」
しばらくすると焼きたてのパンと飲み物が出てきた。
「僕ね、悪さをしてこの場所に送られたんだけど、まだ日が浅くて不慣れでね。良ければ話し相手になってくれないかな。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」おおかた見知らぬ土地で寂しいのだろう。ひと昔前はこの世界でよく見かけた光景だ。
「言葉は大丈夫そうですね。翻訳機とか必要ないようですし。」その見た目とは不釣り合いに流暢な会話に驚く私。
「盗みか何かですか?」
「嫌だなあ、聖職者が出来心でもそんな真似はしないよ。変な儲け話に他人を巻き込んじゃってね。住んでいた土地を追放されたんだよ。」
だらしない大人だな。と思ったが口に出さず飲み込んだ。
他人の済んだ事で攻めても仕方ない。丸く収まった話を掘り返した所でお互い陰鬱な気分になるだけだ。
「それにしては、いい場所に流れ着きましたね。見晴らしのいい風景だし、罪人だとこんな場所へは来れないから。」おそらく冤罪なのだろう。人の良さがなければ私はこの男と出会うことがない。
生活に困窮した宣教師か何かであろう。首に大切にぶら下げた十字架だけが光輝きその重さを印象深く物語る。
テーブルの花瓶に飾られた花は、おそらくこの近くの花畑から採り活けられたものであろう。可愛げがありひとときの時間にやすらぎを与えてくれる。
「立ち話も何だから。」男の勧めにこたえ、私は彼の身の上ばなしに耳を貸すことにした。
ひと通りの愚痴を聞きしばらくぶりなのか、彼の表情の緊張がほぐれると小指から繋がる赤い糸が見え始める。縁を結ぶ糸。
「悪縁は解けたようですが、向こう側にあるであろう人物に心当たりは?」思い切って尋ねてみる。数日経てば記憶の彼方に消えるであろう人物。それはこれから私が立ち向かわなければならない敵になるはずで知るべき相手。
「酒場で出会ってしばらく一緒に行動していた連中だろうね。雰囲気は憶えているが…もう顔が思い出せない。」
記憶の改ざん。この世界にはそれを得意とする者たちが少なからず存在する。
「無理に思い出そうとしないでいいですから。相手に気づかれると後手になるので私が探りを入れます。いままで通りに何気ない素振りで過ごしていて下さい。」
子リスのしらたまがその糸を伝い様子を見に行った。
「気をつけて。少しでも無理な相手だと感じたら戻ってきて。」思念を伝えるとしらたまは笑顔で振り向き素早く姿を消した。




