タイムパラドックスのありか。
この星には地球の極東と同じような作物が育てられ、様々な動物が大切にされ神として崇められる。
常に何らかの植物が咲き誇り、時に思いもつかない何らかの特殊能力で人を助ける者も現れるだろう。
凡庸な人々はありきたりな料理で相手を満足させ、そこそこ特技のある人間が音楽や歌で相手を喜ばせられる。それで平和を謳歌できる。
翌日も私たちは、同じ職場で仕事に工夫を凝らして決められたルールでサービスを提供し続けている。そう信じていた。
「あの時空のゆがみが見つかるまでは、それで良かったんだけど。どうして神様ってああもいたずら好きなんだろう。」
5月が始まると公園の藤棚に新たな新芽が芽吹き始める。不登校気味な双子の弟たちは学校へ通う気分になるだろうか。
目の前の家庭問題はこのやれやれといった気分を払拭できないまま、私はリビングで休日を過ごしていた。
「連休だし、ゴッホさんのアトリエとやらの下見でも行こうかな。」そう思い立ち、そこそこ音が出せるようになったビオラをケースに入れた。
上着を羽織り、散歩がてら小川の向こうへ出掛けると植え込みの紫陽花が今年も咲こうとしている。
「青と白と赤、今年はどれを見かけるだろう。」通りを抜けた村役場を右に折れて。地図を頼りにアトリエ兼パン工房へと向かう。
「手土産は何にしようか。つぼやの和菓子とかならいいかも。」色々と思いを巡らせては土手沿いのアスファルト運動靴で踏みしめて目的地を目指す。
冒険物に特有のありがちな時間のゆがみを生じさせる古代文字のポイントが辻のかしこに存在している。それ以外は地球と大して変わらない感じだ。
ビジネスホテルを左に…。手描きの地図で想像した風景とは違う景色に戸惑いながら、カフェで休憩を入れる。
「たまごサンドとアイスコーヒーを。」私は初めて通る道を確認するため店のメイド服を着たウエイトレスに注文がてら話しかける。
「随分と暖かくなりましたね。この地域は、ゆがみはなく安定している様ですけど。」
「お客様は役場の人かなにかですか。そうですね。ひと昔のような違和感も化物の気配も無いし、変な事件も起こってはないと思います。」
こじんまりとしたカフェではあるが、店主の教育が行き届いているのであろう。
「実は不慣れな場所なので道を確認したいのですが。」手帳に挟んだ手描きの地図を彼女に見せた。
「可愛い地図ですね。」
「ええ。これから訪ねる人が描いたモノです。」
「いいなぁ、今度その人紹介してくださいね。お店のメニュー表とかお願いしたいと思いますので。」
店の片隅にあるピアノに向かい演奏の練習をする親子。上手とは言えないが落ち着いた音色が心地良い。場所の詳細を確認して朝食を終えると店を後にする。
「ごちそうさま。また来ます。」
「ありがとうございます。気軽にお立ち寄りください。」屈託のない笑顔で彼女はそう答えた。
店を出て花屋ご用達の花畑を通る。ハーブ園や見慣れた草花。立ち木のバラ、百合やスズランなどおおよそ園芸用に行けるには十分の種類が植えられ、モンシロチョウやてんとう虫が飛んでいた。
「平和になったもんだな。あの殺伐としたこの地域がこんなに変貌するんだから。」
乗り物を使うとなかなかこういった場所にはたどり着けない。徒歩が好きな人だけが丹精込めて創り上げた居場所があり、そこに文明や文化が定着する。
花畑の奥に隠れ潜むかの様に小さな工房らしき建物が見えくる。煙突からの煙が焼きたてのパンの香りを運んできた。
「見つけた。」
そこには、時代に取り残された様に簡素な欧風建築の小さなパン工房が建てられていた。
「まるで魔法使いの住処。ゴッホさんの少女趣味。」
ドアを開けると、カウベルの音がする。
「こんにちは。」




