風薫る月はじめの出来事。
私たちは、昼食を終えて管理人室へと向かった。
「先輩、お疲れ様です。」
「いい絵ね。これどうしたの?」
先輩も午前中の仕事がひと段落したらしく部屋に飾った私の似顔絵を見てそう呟く。
「今朝通勤中に出会った絵描きさんに頂いたんですよ。」
「私もまた描こうかな。」先輩は懐かしそうな表情を見せた。
「経験があるんですか?美術部だったとか。」
「子供じみたイラストばかりだったけどそんな感じ。その頃は私の将来は絵描きかなって。」
「今度、作品を拝見したいですね。」
「いろいろ勘違いしてたのよね。一握りのプロに辿り着けると信じてたんだから。」
私は管理人室の窓を空けて換気を始める。暗い雰囲気をかき消そうとカーテンを全部開けた。
桜が散るこの頃になると風が強くなる。残された新緑の若葉が眩しい。私はお茶を淹れて彼女たちといつもの場所に座った。
「その絵を描いた人ゴッホに似てて先輩とはタイプが違います。ご年配の男性で自分は人物とか描くのは苦手だって言ってましたから。」
「それならきっとその人は誰もが忘れられない作品を描くんでしょうね。」
「趣味らしいです。本職はただの職人さんだとか。まだお会いして間もないんで詳しくはしりませんが。」
「そういう生き方で描くのもありかも。」少し元気を取り戻した先輩。「この季節は過去を思い出し感傷的になりがち。」そんな話を聞いたことがある。
少し明るめの音楽を小さく流し。私たちはスケジュール調整をはじめた。
「ところで、お昼は何食べたの?」
「お蕎麦ですよ楓の作った。」
「なんだわたしも呼んでくれていいのに。」拗ねる先輩。
どうしても気になるせいか考えを巡らせる楓。
「先輩、きっかけが有ればまた描いてみたいと思いますか?」楓が尋ねる。
「もういいやって思ってたんだけどね。この似顔絵を見ると不思議と幸せな気分になるのよ。」
カーテン越しに夕焼けのオレンジ色が部屋を満たす。
「今日はもう終わりにしましょう。」ノートに追記が終わると、先輩は部屋を出ていった。
「力になりたいとか考えてたでしょ。」
「気落ちしたままはいけんし。今日の先輩なんかね。」
「先走ったお節介は、逆効果になるかもしんないよ。」
楓はニコッと微笑み手帳を取り出すと落書きを始める。何かアイディアが浮かんだのだろう。
みんな帰った後、私は中庭のしだれ桜を眺める。
「また会えたしたのも何かの縁だろうね。百結衣、誰もいないから出てきてもいいよ。」
手のひらに乗る程の女の子が桜の樹から姿を現した。
「なんやばれとったんかいな。いたずらしてやろ思たのに。」
「また手伝ってもらうよ。いつもの得意分野で。」
「お小遣いは?猫をおらんやろな。さらわれるのはもう勘弁やで。」
「いつもどおり成功報酬だよ。『四分の三オンスの灯火』。あと座敷わらしから花の精霊に戻す秘術とかでどうだい?」




