そして五月。ゴッホさんの似顔絵。
翌朝、流石に先輩より後に出勤が続くのは気まずい。そう思った私は少し早めに家を出る。
「行ってきます。」寝静まった兄妹に向けつぶやく。
気温が下がったせいか、少し霞が出ていた。
自宅入口の燕の雛が目を覚ます。
犬の散歩をしている近所の主婦に挨拶をし、寮へと向かった。
小川の近くでまたあの画家と出会う。
「今日も花を描いているんですね。おはようございます。」
「あぁ、おはよう。気持のいい朝だ。仕事は順調かい?」画家は料理人の服装でこちらを向く。
「おじさん、パン職人なんですか。その格好。」
「まぁ、そんな感じかな。仕事が終わってここで絵を描いてたんだよ。」
パン職人は大抵、寝静まった夜間に焼き上げ早朝にようやく落ち着く。彼は描くことが幸せなのだろう。
私はいつも声を掛けてくれるこの画家と顔なじみになれたことが嬉しかった。
「今度、似顔絵のモデルとかなってくれんかね?」
「あたし、脱ぎませんよ。」
職人は大笑いする。
「冗談だよ。これから、秋まで様々な花が咲くからね。ワシは静物画で忙しい。」
そういってスケッチに描いた似顔絵を私に渡す。巧い。
「ありがとうございます。大切にします。」
小川には少しだけ背を伸ばしいた菜の花が咲いている。雨に濡れた流木の木片に着いた苔が青々と光る。
「急がないと。」私は絵描きのゴッホさんにお礼を言ってその場を後にした。




