お客様と喜んで。
うちのマンションの前に好青年が立っている。いや好青年なのは見た目だけだ。
「何、あんたも楓に会いに来たの?うちの兄妹といい物好きやね。」
「お、楓じゃね。久しぶり。借りてた本返しに来た。」この背の高い若い男の名前は和泉。
「なんね驚いた。なんしよーと。こげん所で。」見慣れた顔に安心する楓。
「礼に借りた本全部読んだから、また借りようかと思って。アガサ・クリスティーとかそういうやつ。」
「まぁ、あがんなよ。ここで立ち話も変だから。」
この時間帯になると月明かりと外灯だけになるので男はみんな怪しい人影にしか見えない。
「ただいま。」
「梅ちゃんおかえり。」
「こんにちは、お久しぶり。」
「うおー、来たぁ。」
玄関がいきなり騒々しくなる。
「遠慮せずに上がって、上がって。」テンション高めでみどりの声が響く。
「何か、俺タイミング間違ったみたい。帰るわ。車の修理とかあるし。」
「いいから、いいから。」涼が和泉の手をひっぱり部屋に入れる。申し訳なそそうな顔をする和泉。
「あれ、今日おじさんとおばさんは?」
「どこかで魔物狩ってる。」
「へぇ、そうなんだ。」和泉は慣れた手つきで白ウサギを膝に置くと餌を与え始めた。
みどりは飲み物とコップをリビング運ぶ。少し待ちくたびれた様子だ。
私は、今日バイト先での出来事を簡単に説明した。
「え、じゃあ楓ちゃん。梅ちゃんの同僚になったの?」涼は嬉しそうに尋ねる。
「数年後は、あたしの上司だろうね。ウチはアルバイトでただの管理人やから。」嫌味は無い。楓は昔から幸運を運んでくる青い鳥の様なものだ。側にいるだけで優しく平和な気分が続く。
「なんば言うとっと。しっかりもんの梅子がおらんとあたしぼーっと八女茶飲んで座っとるだけたいね。」
少々騒がしくはあるが、ちょっとした防音設備を備えた我が家に苦情が来た事は無い。
帰るタイミングを失った和泉は、側にあったアコギでカノンコードを弾きながら黙って会話を愉しんでいた。
「ところで、昨日のバイオリンで起こった出来事だけど。」私は兄妹に説明をする。
「あれは、ああいう楽器だそうな。製作者の思いの満ちた音色がそうさせるんだと。」
不思議なアイテム慣れした我が家。そうかそうなんだで簡単に納得してしまう。
その夜は、午後9時で解散となった。これから何度もリビングが賑やかになるだろう。




