桜の下の萌え系がやって来ました。
楓が小柄な身体とは不釣り合いな大荷物を持ち玄関で立っている。
「あの、こんにちは。」
先輩は、笑顔で楓を招き入れる。
「迷わなかった?」私は楓の荷物を持ち一緒に部屋の中へ。
「この建物、他とは違ってお洒落だから。無事にたどり着けた。」楓はそう答えると春物のコートを畳んでちょこんと座る。部屋に居る猫たちが構って欲しそうに楓に近寄ってきた。
「実は、寮のみなさんに歓迎会をしていただけるってなってね。急な話だったんで、お礼の準備が出来なくて。」
「いつもの通りあたしに何か料理ば作れと。そう言う事ったいね。全然よかとよ。」
仔猫たちがさらにすり寄る。なんだこの絵面は。私から見ても萌えが過ぎる。
「パスタとかは私が作るから、楓は他に何か思いつく料理とかないかな?豚骨ラーメン以外で。」
「サラダは海老やイカにして。簡単な肉料理。あとサルサソースで野菜とアボガドのタコスなら若い子によかよ。」
手慣れた感じで美味しい料理が出てくる辺り、やはり楓だ。頼もしい。
「庭ちょっと見てよか?気になって。」中庭のカーテンを開けると、まだ散っていない枝垂れ桜が現れた。
「昨日の嵐、凄かったね。雷も大きくて。楓のマンションは大丈夫だった?」
「うん。なんとかおーじょーせずに済んだよ。屋根のアンテナの調子が悪くなった以外は平気たい。」
樹の側に立ってるだけで映えるな。映画のラストシーンみたいに。
「ちょうど良い和服無かったかしら。硝子ケースに入れて飾りたいんだけど。」先輩も変なスイッチが入った様だ。
脱線して違う話になりそうなので、話を料理に戻す私。
「その荷物は、調理道具?」
「そうそう。使い慣れた道具ばあれば、後は新鮮な食材で大抵の料理できるから。」
「じゃ、後は料理しながら決めようか。時間勿体ないし。」
「私も料理以外なら手伝えるわよ。」先輩も今日は仕事を切り上げて専念していいといった感じ。
参加人数を確認して早速料理に取り掛かった。
やがて夜、歓迎会会場の後片付けを終えた私たち。管理人室でキャリアウーマン風の女性から説明を受ける和服姿の楓。
「緊張しました。こういうの慣れてなくて。」
「寮の人たち、変わった人も居るけど悪くないでしょ。」
「安心しました。学校のサークルみたいに仲が良くて。」
「荒れた性格の人はここの入居はできないから。オーナーの面接で落ちちゃうの。」先輩はそう言うとキャリアウーマン風の女性に目線を移す。
「どうやら、決まったみたいね。」
「でも、良いんですかね。この寮でもうひとり雇い入れるなんて。」
「正社員採用に携わったことがないから私も理解できないんけど、祝賀会の宴席で更にめでたい話が舞い込むなんてね。まぁ、いいんじゃないかしら。」
「本日付けで寿入社したと。梅子よろしく。」とんとん拍子に話が進み楓は所構わず萌えを振り撒く。
オーナーはグーサインで女子寮を後にする。壁に掛かった振り子時計はまだ午後7時を指していた。
誰かが策を弄した訳ではない。かっこつけた表現をするとそんな宿星の下に楓は生まれたのだ。
「時間があるなら、あたしの家に寄ってかない?楓を呼ばないと弟たちが煩くて。」
「今日はもうこんな時間だし、お開きにしましょうか。帰っていいわよ。」先輩は戸締りを始める。
「いつもすみません。お言葉に甘えて先に失礼します。」
寮に入居が決まり大きな荷物もちょっとしたお引っ越しとなった楓。春はまだ始まったばかりである。
とある喫茶店でお茶を飲むオーナーと初老の男。
「偶然幸運が舞い込んで来た。そんな日でしたわ。」話相手の男は今朝の画家である。
静かに試奏されるモーツァルトが止むと奏者が工具箱を持ち二人の側に来る。
「スタンウェイの小型ピアノは久しぶりですので、時間が掛かりました。」痩せた丸坊主姿の調律師が報告する。
「ゴッホにルノワール、モネ。これだけ揃うと目の保養になりますなぁ。」
「どれも贋作だよ。サイズがまるで違う。」調律師に答える画家。
その喫茶店の片隅には弦を外されたチェロが飾られている。




