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二日目の風景。

出勤途中、小川のほとりで一人の絵描きと出会う。

「おはようございます。」

「おはよう。今から仕事かね。」

おじさんは、イーゼルにスケッチブックを立て掛け、絵の具で一面に落ちた桜の花びらを描いていた。

「昨日の夜は凄かったですね。」

小さな椅子に座りながら水面を見つめるおじさん。

「暖かくなったな。ここ、見てみな。」足元に小さな芽が顔を出している。

「二月頃はまだ落ち葉が多くて、茶系の絵の具を使ってたんだがね。地区の人と掃除した後、今はこんなに色鮮やかだ。」

私はスカートの裾を整え、しゃがんで春の伊吹きに目を移す。

石垣の側には亀が数匹遊んでいる。堰きで流れを調整されているせいか小川の流れは穏やかで澱みない。

やがて登校中の学生たちの元気な声が辺りに響きだした。

「いけない。行かないと。」

「見かけない顔だね。通勤途中に呼び止めて悪かったね。」

「いいえ。お陰様で緊張が解けました。」

「あまり、力入れすぎんようにな。」


先輩に詳しく尋ねようとトートバッグに入れたバイオリンが揺れる。今日は運がいいかもしれない。

寮の近くまで来た時、ガレージに止めてある先輩の新車が見えた。

「早いな。先輩もう来てたのか。」

鍵を開けて中に入り、仕事用のエプロン姿に着替えると先輩が中に入ってきた。

「梅子さんおはよう。」

「おはようございます。昨日の風、凄かったですね。玄関の掃除しないと。」

「今日は、掃除しなくていいわよ。ほら。」

寮の前や庭先が昨日とは全く違った風景に彩られていた。

「こんな日は、掃き掃除なんてしなくていいのよ。」


真新しい服装に身を包んだリンとホアが管理人室にやって来る。

「これから、出勤?」私は二人に尋ねる。

「はい。梅子さん、夜お時間ありますか?もしよろしかったら、簡単な歓迎会にお誘いしたいのですが。」

二人の言葉に先輩はニッコリ微笑んでうなづく。快く了承するとリンとホアは満面の笑みで部屋を出ていった。


「梅子さん、良かったわね。歓迎されてるみたいよ。」

「先輩のお陰です。普通に勤務していて、アルバイトの歓迎会なんて無くてもおかしくないご時世ですから。」

私は、エプロン姿で今日のスケジュールに目を通す。期待して頂いた分、こちらもそれにお応えしたい。そう感じるのが当然だろう。この寮の一角には小さな食堂があり、簡単なものならそこで調理することができる。

「昨日買った食材。使ってもいいわよ。」

先輩は何もかもお見通しかのように言った。急な話なので凝った料理はできないが寮の人たちの食事のメニューを考えるいい機会にもなるだろう。

「ここの食堂の料理っていつも誰が作ってるのですか?」

「さぁ、それはまだ内緒。」

この寮の規模だ。コックや専属の料理人を雇うような場所ではない。各自が当番で作っているのだろうか。

先輩と私は、備品や消耗品の在庫更新とチェック。各箇所の設備や保安点検の引継ぎを始めた。

「レシピや管理マニュアルとかあった方がいいかも。」私は、そうつぶやく。

「いいアイディアね。」

そんな話をしながら時間が経過する。寮内のチェックが終わり、昨日同様に業務報告兼引継ぎ用のノートに寮の様子を記した。

お昼過ぎに予定の仕事は終えて時間を持て余す。

「仕事が早いわね。助かるわ。」

「先輩が居るからだと思います。一人でだと戸惑ってこうは上手くいかなかったんじゃないかな。」


「先輩のバイオリン、昨日の夜に音を出してみたんですが。不思議な感じになるんですよね。」

私は、昨日の夜の出来事を正直に話した。

先輩は、頷きながら私の話に耳を傾け、もう一つの楽器を出して渡してきた。

「こっちの方がいいのかしら。」

首をかしげてチューニングの確認をする先輩。弓とあて弦を響かせる。先日の楽器よりも少し低音のようだ。

「これも似たようなものだから。私が最初に使っていたビオラ。こっち使って遊んでみて。」

私は、バイオリンと交換でビオラをお借りする事になった。裏に電池を入れる事ができる所謂(いわゆる)サイレント楽器だ。先輩は木製のケースにビオラをしまうと私に手渡す。

「この楽器だと近所迷惑にならないから、安心して遊べると思う。変な世界が見えたのは気のせいじゃなくて、あのバイオリンの作者がかなりのいたずら好きなのよ。」

納得のできる回答には程遠かったが、言われた通りに私はビオラを受け取った。


「昨日遇った私の友達の楓なんですが、ちょっと連絡取っていいですか?」

「お昼休みだし別にいいけど、ここ、ルールが厳しいわけじゃないから私に確認する必要ないし仕事中でも私用電話いいわよ。気軽に遊びに来てもらってもいいくらい。」

私は席を外して楓に連絡をする。

「もしもし、楓?今、時間大丈夫?」

「暇。家事手伝いやけんね。プリン食べながらパズルゲームしとっとよ。」

「急なお願いで悪いけど、寮で料理作るの手伝ってくれない?」

歓迎会の話になった事を伝えて、楓に助っ人をお願いする。

「よかよ。今から適当にお菓子持ってそっちくる。」

おっとりとした口調で楓はオーケーする。この様子だと到着するまで、一時間と掛からないだろう。

私は管理人室に戻り、先輩に入室の許可を貰うことにした。


「どうだった?楓さん?」

「今から遊びに来るそうです。彼女、手先が器用で料理も得意なので安心です。」

休憩がてら三人分のお茶を用意する私。パスタとソースと何か美味しい感じの……。そんなことを思い描きながら楓の到着を待つ。やがてスクーターの軽快な音が寮の前で止まる音がした。

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