バイト初日のご報告を致します。
アルバイトの初日を終え帰宅すると、兄妹たちはリビングで真剣に例のアイテムの調整に取り組んでいた。
「あれから変わったことはなかった?」私は持ち帰った荷物を部屋の片隅に降ろし家族に尋ねる。
「父さんと母さんの場所がわかったよ。このマップにいるらしい。」と涼が答えた。
「いつ帰ってくるって?」
「それはまだ。場所がわかっただけで、連絡手段がないから。」
「メールが既読にならないってやつだ…。」それ自体は何度も経験しているので大したことではない。
「どうだった?梅ちゃん、初出勤。」弟たちとの作業に飽きたみどりが尋ねてくる。
「トラブルなかったし順調順調。でね、今日懐かしい人に会った。誰だと思う?」
みどりは興味深々な様子。
「楓。引継ぎ途中に楓に偶然遇った。あの頃と全然変わってなくて驚いた。年取らない人っているんだね。」
涼が作業を放り出して、私の傍へ飛んでくる。
「え!何で。引っ越して連絡取ってないって梅ちゃん言ってたじゃん。」
「近い、近いって。偶然だったって話したでしょ。」
うちによく遊びに来ていた楓は、弟たちとも面識がある。私と親しく遊んでいた友達は、こいつらにとっても仲の良い遊び相手。良き話し相手であり理想のお姉さんとかなのだろう。
「で、いつ遊びに来るの。」
「待て待て早いって、仕事中に偶然でその後は連絡取ってないから。」
「あたしも会いたいな。楓ちゃん。今度連れてきてよ。」みどりも興奮気味だ。
私は着替えを持ってバスルームへ行く準備をする。初勤務は普段とは違い本人が思っている以上に疲れが溜まっているはずだから。
風呂上がりの髪を乾かして、兄妹との夕げの支度。ありきたりな食事をしながら今日あった出来事を家族で話し合う。
「妙子が手紙届けてくれた。梅ちゃん宛てのやつ。」礼は、そう言うと輪ゴムに止めてある数枚の封筒を私に手渡した。最近は残念なことに郵便受けの明細書を持って行くなんて輩が増えたらしく、妙子は『できるだけ手渡しの郵便配達で』ということらしい。非効率だがいたずら防止に一番効果がある。
「あ、父さんと母さんからだ。」一通のエアメール。
兄妹の箸が止まる。発送の郵便局は異国の読めない。私は、ペーパーナイフで封を開けて確認をした。
「家に帰れないから、迎えに来て。この近くに住んでるから。」
南国風の写真がいくつか同封され、派手な民族衣装を着た夫婦の姿があった。
「これ、国内じゃないよね。車で迎えに来てって感覚で書いてるけど。」みどりが呆れ顔でつぶやく。
「忙しいから後でって返信すればいいじゃん。」と冷。
私たちはそう決めると、ノートパソコンで返信用の手紙を作成する。事情を話して妙子に渡せば、いつも通りあの子が心配して色々探し出してくれるはずだから。
「今度、ウチに遊びに来てって誘って。梅ちゃん、おねがい。」愛されてるな楓。少なくともウチの家族には。
「機会があったらね。もう気軽に遊んでって言える年じゃないんだから。」
「そういや、この荷物何なの。」みどりが期待をして話しかける。おおかた、お菓子か何かを土産に持って帰ったと思ったのだろう。
「楽器。バイト先の先輩から預かったバイオリン。これで暇つぶしでもしたらとか言われて。」
「ちょっと貸してみて。」冷はバイオリンの弦を調整すると、慣れた手付きで調整している。
「何、あんたバイオリンなんか興味あったっけ。」私は驚き尋ねる。
「音楽の授業で覚えた。みんな金管楽器ばかり吹きたがるんだよな。気持ちはわかるけど。」
冷は弦を指で弾き最終確認をすると、弓に着いた余分な松脂を落とした。
そっと弓を撫でるように音階を確かめる冷。
「これ、倍音仕様の特殊な弦かな。楽器は安物なのに。」明らかに使い込んで瘦せた毛で撫でた低音域。
リビングに暖かな音色を響かせると私たちはまるで魔法の世界に入ったかのように一変した。
「ここ、我が家じゃないよね。」気がつくと見慣れたリビングがヨーロッパ風の大理石でできた部屋に変わったのだ。やがて何処からともなく誰かの柏手が二度響く。
一瞬でいつものリビングに居る私たち。
「いまの、ちょっとヤバかったかも。」私たち兄妹は顔を見合わせるとバイオリンをケースにしまった。
「僕、部屋に自分のバイオリンあるから。」そう言うと子供部屋に戻る冷。
私は、何事もなかった様に眠い顔でリビングを出て寝室へ。驚かなかった訳ではないが初日の疲労感で今は部屋でひとりになりたかった。




