俺が幼馴染にときめくはずがない。
その後、道子さんと別れた俺が玄関を出ると縁側から裕子が声をかけてきた。
「おーい。薫―」
「なんだよ。」
「ちょっとだけお話していきましょうよ。」
そう言えば今日は一日中、裕子の家に居た割に裕子と全く話をしていない気がする。
せっかくだし、少しだけ裕子と話をしていくのもいいかもしれない。
俺は裕子の呼びかけに応じて縁側に向かった。
縁側では鮮やかな赤い着物を着た裕子が座っていた。
「あれっ。着物を替えたのか?さっきはもっと地味な色だったと思ったんだが。」
「ええ。そうよ。子供に引っ張られたりするからお気に入りの着物は着てなかったの。」
「そうなのか。じゃあなんで今着たんだ。」
俺の言葉に裕子はいたずらっぽい笑みを浮かべてくるりと一回転した。
「だって可愛いでしょ。」
小さい頃から裕子とはずっと一緒だ。着物だって見るのが初めてな訳じゃない。にも関わらず、今日の裕子は妙に美しく見えて、俺は思わず顔をそらした。
その様子を見て裕子は凄く嬉しそうに眼を輝かせる。
「えっ。もしかして今、私を見てときめいてくれたの?そんなことずっとなかったのに。」
「そんな訳ないだろ。」
「ええー。じゃあ。なんで目をそらすのよ。良いじゃない。ちゃんと見なさいよ。この着物を見せるのは薫だけなんだから。」
まずい。まずい。まずい。不覚にもときめいてしまった。
そんなことあってはならないのにだ。
「別に他の奴に見せたって一向にかまわないんだけどな。」
「へー。そんなこと言うんだ。」
俺は少しずつ心を落ち着かせようと縁側に座る。
しかし、裕子はここぞとばかりに横に座ると俺に近づき、俺の右手に、自分の右手を重ねてくる。
「本当にありがとうね。」
「何がだよ。」
「子供のこともそうだけど、お父さんやお母さんのことも。娘の私が言うのもなんだけど二人とも癖が強い人間でしょ。だから社会的地位は高いけど本当に気を許せるような相手はほとんどいないの。でも薫だけは別みたい。薫が来ると二人とも凄く嬉しそうにするんだもの。」
「良いから手を離せよ。」
俺は静かに裕子から手を離した。
「ちぇー。相変わらずガード固いわねえ。」
「そういうことを冗談でするなよ。だから勘違いしてお前に惚れる奴が続出するんだ。」
「えー。それは誤解じゃない。私の体育の試合とかちゃんと見てたの?」
「見てたぞ。チームメートとわいわい楽しそうだったじゃないか。」
「でも私、絶対に男の子とハイタッチしなかったでしょ。」
そう言えばあの時、裕子は声をかけるだけで男のチームメートとはハイタッチはしていなかった。
「そういえばそうか。」
「でしょ。私、人見知りとかはしないけど、そんなに軽い女じゃないの。誰にでもこういうことをするわけじゃないのよ。」
「そうか。」
俺は何も言えずにただ頷く。
「ねえ。せっかくだから夕飯を食べて行かない。お父さんやお母さんも喜ぶと思うの。」
どうしようか。俺が悩んだ瞬間、俺の携帯の通知が鳴った。
(美玖:「兄さん。いつまでかかってるんですか?まさかとは思いますけど私のウエハースチョコを勝手に食べたなんてことはないですよね。」)
ふふ。美玖は相変わらずだな。
俺は笑みを浮かべると立ち上がった。
「悪い。家に帰るわ。何か美玖が怒ってるみたいだ。」
俺の言葉に裕子は一瞬だけ厳しい表情を浮かべた。でもすぐにいつもの穏やかな笑顔に戻った。
「そう。それじゃしょうがないわよね。でもどうするの?ウエハースチョコは食べられちゃったんでしょ。」
「大丈夫だ。どうせ欲しいのはカードの方だからな。」
そして俺は、美玖の待つ我が家に帰ったのだった。




