~死ぬことでしか意思を貫けない立場ならば~
‘ユージさん、もう、すむ世界が違ったんだって、思ってました…’
’スマホを変えて、わからなくなっちゃったんだ、ごめんよ‘
‘今日の撮影が楽しみすぎて怖かったです!’
’キキョウちゃんはキレイになって、なんだか自信もでてきた?‘
‘全然です、ユージさんだからこんなに…’
’ファーストキスの相手だから?‘
’そーです!‘
キキョウは日常の学校でも仕事でもこんなに楽しい気分は初めてだった。
優しく気遣ってくれるユージと一緒の仕事でリラックスしたキキョウの表情は明るく華やかで、元々の持ち味である無表情クールビューティー少女のイメージとは違ってしまい、どうしても撮り直しが多発したがキキョウは心が踊るのを隠しきれなかった。
短い撮影の合間の休憩でユージとスマホを出してQRかフリフリかを相談しているとき、近づけられた彼の顔を見て、微笑んでいるユージの眼差しの奥が疲れきっていると感じたキキョウは、きっと自分が癒してあげられることができるはずだと強く思った。
’あれからすぐ引っ越したんだ、でも今のとこはたくさん部屋があってね、マネージャー3人とのシェアハウスなんだよ…‘
‘うちは相変わらず4人家族ですよ’
’そりゃキキョウちゃんは高校生だからね‘
‘一人暮らしに憧れます’
’そうだよね…‘
‘今日このあとは時間ありますか?’
’別のマネージャーとすぐに移動して仕事だよ、半年先まで休み無しでね…。台詞も振りも次々に違ってて覚えられなくてさ…‘
‘凄いですね…’
ユージのパートの撮影が先に終わったので彼はドラマのロケ地に向かってしまい、スタジオに残されたキキョウはそれから2時間ほど仕事をしてからようやく帰宅となった。
高校生モデルのキキョウは試験などもあってこの後ひと月ほど仕事は入っていないのだが、しばらくこんなペースで学校に行って指定校推薦枠で行けるところに進学し、学費のためにも大学生モデルとして仕事を続けて無理ない範囲で学業と両立させていきたい、と事務所に申し出ている。
キキョウのいる小さい事務所は、2人に1人が大学進学する現在の日本で大学や大学院を出たモデルには新たな活躍の場が拡がるはずだと考えてくれるほど、若くしがらみの少ないリベラルな人物が代表者をしていた。
一緒の撮影で会えたことでなおさら優しいユージのことがキキョウの気にかかるようになり、今や超売れっこで忙しい彼が大勢の人間にまるで遠巻きに監視されるかのように囲まれていたのが異様で、あれがいつものことならたぶん本人は強い孤独感に疲れきっているのではないだろうか、という気がした。
これまで自分が不思議なスマホアプリの力で日本のいろんな時代を見てきた妙な夢体験をユージに面白く話して聞かせるだけでも彼のメンタルを楽に出来るはずだという自信もある。
近いうちにユージと会って、意味ないことを笑いながらだらだら話したりして仕事の疲れをひと時でも忘れて欲しい…。
もしユージが本当に14歳の頃から森蘭丸的な衆道に巻き込まれて生きていたとするなら、その過去を恥じることも自分を卑しめることも無くて戦国からの部下と心も身体も結び付くための日本の伝統的な行いのひとつであったことと割りきって欲しいと、女の自分の口から話したい。
そして、戦国時代の若い男たちの芯のとおった覚悟は、いつ来るかかわからない自分の死を受け入れなければならない社会から決して逃れられない運命の中を生きていたからのことだと知った、ということも。
若くても戦国武将だった彼らはその日その時を大切に貪欲に過ごさなければならなかったわけだけれど、
自分達が生きるこの現代は逃げることが出来るはずだ。
キキョウには、今のユージにはどうしてもコンタクトを取って伝えなければならないことがたくさんあるように思えた。
ユージと交換した連絡先は存在せず、キキョウからはLINEもMAILもSMSもまったく届かず、連絡が取れないまま1週間が過ぎた。
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’ミドリさん、ユージさんに連絡したいの。何とかなりませんか?’
‘あの事務所は急に爆売れしたユージに来た仕事、隅からすみまで何でも全部落とさず請けてやらせてるらしいわね、キキョウと会う暇なんて、そりゃないでしょう‘
‘ユージさんと交換したアドレスも使えないの…’
’あー、それね、…そうなるかぁ…‘
‘ユージさん、疲れすぎてる、死んじゃうわ!’
’あっちの事務所に社長から連絡取ってもらうとしても、理由はなによ?‘
‘ユージさんと仕事できるようなオーディション探して、何でも受けるわ’
’映画とかドラマのキャスト枠とか?‘
‘ここの社長って、その辺何とかしてくれますよね?’
’事務所は私が一任されてるしね…、社長は28歳でモデル辞めて大学いって今は歯科医でね、勤務医やってるのか辞めたのか…‘
‘元モデルならコネ、何とかなりますよね?’
’この事務所は社長の趣味程度だし、おかげで、必死で仕事取らなくていいのよねぇ…‘
‘ユージの命がかかってるんです!ミドリさん!’
’うん…。ユージくん、たしかに、痩せすぎで目が死んでたよねぇ‘
‘ミドリさん!’




