~乙女は幾度舞い上がり翔び下る~
すぐにユージからはLINE返信も来なくなり連絡が取れなくなってしまったが、映画やドラマの宣伝でメディアにたびたび顔を出すようになっているユージは、キキョウにとってはだんだん雲の上の届かぬ人になっていくことが理解できた。
ついこの前同じ仕事をした相手とは思えないほどユージが世間でブレイクしていく状況に自分はすっかり取り残された価値の無い生き物であるような気分になってしまいながらも、キキョウは相変わらず学校と休みの日だけのオシゴト撮影に参加する、自称四流モデルを続けていた。
ユージとなら初めての体験を済ませることができるかもしれないと思っのに、どうやらユージは女の子を恋人にできない環境下に飼われている仔犬のように思え、キキョウはいつからか実体験がキス程度のうちはスマホ写メの夢からほんとうに知りたい女の本質には至らないだろうと考え、しばらくは本を捜さなくなってしまっていた。
キキョウの今日の撮影は教会のウエディング広告のモデルだったのだが、事務所に入った頃より10キロ近く減量したうえに欧米人に引けを取らないほどバランス良く整った高い鼻になったキキョウは、見学の関係者達や通行人からため息がでるほど美しかった。
撮影もあと少しだという頃、事務所からミドリが満面の笑顔でキキョウに向かって小走りに歩いてきた。
’キキョウ、こないだのオーディションのCMの仕事、決まったわよ!‘
‘どのオーディションの?’
’化粧品のよ、新しい商品ラインのデビューもの!‘
‘あんな大手、無名の私で決まるんですか?’
’なんだろ、まあたしかに現役高校生モデルなんて、不思議でもあるわね‘
‘いつからですか?’
’再来週に3日程、屋久島ロケだって‘
‘ミドリさんと?’
’そのつもりよ、キキョウ、体重管理とあとエステ行っときなさいよ、無駄毛処理はロケ日ギリギリでいいから‘
‘はい’
大手化粧品会社のCMはTV、雑誌、WEB、店のポスター、街の大看板などあらゆるメディアにキキョウの顔が出続けることになるが、
キキョウのように無名抜擢の場合はモデルは色なしで透明感を出すしかない、とミドリさんに言われた。
初めての遠方ロケで大手有名企業の私語となど全くイメージできず、自分として準備するにしても何をどうすれば良いのか実のところはキキョウにはほとんどわからなかった。
モデル人生を左右するような仕事についてのヒントが欲しくて、自宅に着く前に久しぶりに本屋で写メるしかないなと思ったキキョウは、’透明感‘とかいうイメージを具体的に知りたくて能楽で樹木の精霊の舞が載っている本を選んでみた。
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目を開けるとそこは薪能の舞台の上にいるらしく、古くて大木な桜の樹の精霊役をシテとして舞っているようだった。
自分は面は付けていないが、すぐそばで腰を掛けたりしゃがみこんでいる武者役の能楽師たちの面がゆらゆらと炎が揺れるのに合わせて表情を持って動いているように見える。
月夜にたくさんの桜の花びらが風に舞ってキキョウたちの舞台に降り注ぎ、現実の世界ではないような雅楽の音色と男性たちの謡の声がゆるゆると響く中、
もう一人の桜柄の着物を着て舞っている女に目をやると、無表情なのに優しげで涼しげな眼差しがこちらの世界に来いと誘ってくるかのように見えた。
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3日間の屋久島の撮影は早朝と黄昏時に海岸や山頂、滝沿いなどで行われ、それぞれの色のイメージが美しく演出されていたのだが、
キキョウ自身はメイクされるまま、着替えさせられるまま、ただ夢でみたシーンを思い出しながらカメラに向かって無表情で誘うような優しい涼しげな眼差しを長い睫にのせて創り続けていた。
現役高校生のキキョウがモデルだったからこそ若い世代をターゲットにするメイク商品の想定以上のイメージアップができたと現場ではかなり好評で、事務所の付き添いで来ていたミドリも充分に満足し、この仕事を取れたいきさつを話してくれた。
‘この会社のメンズのラインを専属契約しているユージさんが、今回のモデル最終候補の5人の中から若い女の子用ニューラインにはまだ世間に色が付いていない現役高校生のキキョウが一番適役だと強く推してくれたみたいなの、ほら、遊園地でデート撮影した、あのユージさん!’
‘…!’
ユージに会えるかもしれない、そう思ったキキョウの胸は小さくドキドキしていた。




