ひとつ上の男
「また君か……」
ブネはやれやれと小さく溜息をつき、白衣を靡かせながら目の前に降り立った。
俺を上から下まで舐めるように見た後、「ふん」と鼻を鳴らす。
どうすればいいんだ、この状況は……。
「どうやら少しはらしくなってきたようだね」
「どういう意味?」
質問には答えず、
「ふむ……、今回、私が呼ばれた理由はなんだろうか……」と、両手をポケットに突っ込んだままウロウロと歩き始めた。
「理由?」
「君に言ってもわかるまい」
む、その言い方は何かイラっとするな。
「そんなの、言ってみないとわからないだろう?」
「ほぅ、そうか。では少し話をしようか」
ブネは宙に浮き、胡坐を掻いた。
冷静になってみると、凄い光景だ。
銀髪の美少女悪魔が、黒い下着姿で白衣一枚だけ羽織っている。
昔見たエロアニメにも負けてないな……。
「私はなぜ浮いていると思う?」
「へ? さぁ、それは……魔力か何かで……」
「ふむ、君の言う『魔力か何か』という具体性の欠片もない力で、私は浮いているのだな?」
「あー、いや……悪かった、俺にはわからない」
「意外と素直だな、よろしい。さて……、また、こうして君の前に呼ばれた。こうして見る限り、君も中々成長しているようだが……私の力を貸すにはまだ早い気もする。どうしたものか……」
ブネは前屈みになって、俺を覗き込むように見つめる。
銀色の髪がはらりと流れる。
クレバスの如き谷間が刻まれた胸元に、目が誘い込まれそうになるのをグッと堪えた。
「どのくらい強くなったら、力を貸してもらえるんだ?」
「明確な定義は無い。だが、私が貸す気になれば、例え君が赤子だろうが貸す」
「それは……ブネの気持ち次第ってことかな?」
「そうなるな」
無表情のまま、目線も合わせずに答える。
むぅ……ブネは是非とも憑魔しておきたい。
レベルSダンジョン、そして桐谷を相手にするには手札を増やさなければ……。
「確か……ブネはポータルを調べているんだっけ?」
「それは違うな。私が研究しているのは、この世界そのものだ。ポータルはその一端にすぎん」
ブネは地面に降り立つ。
両手をポケットに入れ、楽しそうに魔石を回収している石丸さんをチラッと見た。
「部外者は少し眠ってもらおうか――」
そう言った瞬間、石丸さんがすとんとその場に倒れた。
「石丸さん⁉」
「案ずるな、眠っただけだよ」
「そ、そうか……」
顎に人差し指の背を当て、ブネは俺に言った。
「この世界、そうだな……宇宙に存在する物質、反物質、放射線、素粒子、つまるところ『物』を取り除いたとする、そこには何が残ると思う?」
「何も残らないんじゃ?」
「違うな、場が残るのだ。まあ、それは静かな海のようなもの……、時折、何かの拍子に波が起こる」
ゆっくりと辺りを歩きながら続けた。
「場に波が起こることで、粒子が生まれる。全部で17種、4つのカテゴリに分類され、それぞれに役目がある」
「一体、何の話なんだ?」
「君のいう『魔力か何か』を解説してやっているのだ」
「え……」
「何だ、知りたくないのなら止めても良いが?」
「知りたい! 知りたいです、続けてください」
小さく頷き、ブネが後ろで手を組む。
「例えば、全ての物を構成しているのは『レプトン』と『クォーク』だ。太陽や月、私も君も、全て。そして、物に性質を与える粒子も存在する。『ボゾン』『フォトン』『ヒッグス』とまあ……即ち、この世界は4つのカテゴリに存在する17種の粒子の相互関係によって、生み出されている――よっと」
なぜか、ブネは俺の背中に飛び乗った。
俺は慌てて足を持って肢体を支える。
すべすべの肌、肩に押しつけられた柔らかな感触に、思わず鼓動が高鳴る。
「ここからが本題だ。我々の知る魔素とはその粒子の一つ。『アザトース』と呼ばれるカテゴリに属していて、こいつは物に超常性を与える。君がいうところの『魔力か何か』の正体がこれだ」
「わかったようなわからないような……」
「むぅ……。よし、馬鹿にでもわかるように言ってやろう、アザトースに凄く作用できれば、世界に凄い事が起こせる。凄さは作用できる度合いで決まるのだ、わかったか」
「でも、どうやってアザトースに作用するんだ?」
「それがわかれば、誰も苦労していない。言ったであろう、私も道半ばだと」
ブネが耳に息を吹きかけてくる。
「おわっ⁉ ちょ……そろそろ降りてくれない?」
「断る」
「え……」
「今、気が変わった。力を貸してやっても良いが……条件がある」
「ホントか! 何でも言ってくれ!」
「よろしい、では、君。私の実験体になりたまえ」
「じ、実験……? い、いや、それは……死ぬのは無理だよ?」
「命は保証しよう。なぁに、ただの実験だ。心配するな」
ブネの顔は見えない。
どうする……俺は騙されているのか?
しかし、ブネは強そうだしなぁ……。
「一つだけ教えてくれ、実験って何をするんだ?」
「アハハハ! それを言ったら実験にならないだろう?」
初めて笑い声を聞いた。
背中に乗ったブネが太ももで締め付けてくる。
「ほれほれ、どうだ? 私の力が欲しくないのか? ん?」
首筋に吐息が掛かる。
背筋がゾクゾクっとした。
「お、俺を拘束するつもりじゃないのか?」
「否、君の自由も約束しよう、これでどうかな?」
「わ、わかった――、俺に力を貸してくれ」
ふわっと身体が軽くなった。
ブネが宙に浮き、俺の前に降り立つ。
「よろしい、契約は成立した。では早速……」
「ちょちょ⁉ な、何をするつもりだ?」
「ほぅほぅ、中々の反応だな……」
そう言って俺の唇を指でなぞる。
「ぐむ……」
俺の口をこじ開け、指を突っ込んできた。
「んーっ!」
「ほらほら、実験なんだから我慢したまえ」
ブネは怪しい笑みを浮かべながら、俺の舌を指で弄ぶ。
「体温、心拍数ともに上昇……アハハハ! 興奮しておるのか?」
左腕を後頭部に回し、俺の口からゆっくりとブネが指を抜く。
唾液の糸がキラリと輝いた。
宙に浮きながら、俺の腰を両足で蟹挟みする。
そして、白衣の中の豊満な胸へ顔を押しつけられた。
「さらに上がったな?」
グイッと髪を引っ張られ、顔を上に向けられる。
目の前には上気したブネの顔がある。
「力が欲しいか……? ん?」
ブネは舌を蛇のようにくねらせて、問いかけてくる。
俺は無言で頷いた。
すると、俺の頬に舌を這わせながら、
「ん……聞こえんなぁ……それでは何もしてやれぬ……」と息を荒くする。
「ち、力を貸してくれ……」
「なぜ?」
「……どうしても、力が必要だから」
――耳に舌先が入ってくる。
「だから、それはなぜだ……?」
「れ、レベルSダンジョンに行く……」
「ほぅ……それで私の力が必要だと?」
灰色の瞳で俺の目を覗き込む。
「あ、ああ……必要だ」
「そうか、必要か……」
ブネが足先で触れた。
「え⁉ ちょ……」
「ふむ、まあ……良いだろう、頃合いだ」
ガッとブネが俺の頬を片手で掴んだ。
「口を開けろ」
「ぐ……⁉」
「ほぉ……さらに上がったぞ。ふむ、君は乱暴にされるのが好きなのかな?」
「ち、違う……」
恥ずかしさで頬が熱くなった。
「ふふ、まあ良いさ。これからたっぷりと実験ができる……さぁ、来るが良い」
ブネが舌を出す。
俺は唇を合わせようとした。
だが、からかうようにギリギリ届かない所で舌をくねらせる。
「……っく」
「ほら、頑張れ? もう少しだぞ?」
俺は力の為だと恥ずかしさを捨て、舌先を伸ばした。
すると、ブネがその舌先に自分の舌を絡める。
「⁉」
――脳が痺れるような衝撃が走った。
一気にブネの舌が入ってくる。
冷たい……全身の毛が逆立つ!
次の瞬間、大波が押し寄せるように、今まで感じたことのない程の快感が俺を呑み込んだ。
「あ……が……ごがぁ……⁉⁉」
声にならない!
何だこれは!
星が流れていく。
幾千の星、無数の銀河が見える!
身体の感覚が消えた。
自分と世界の境界線が無い。
全て世界に溶け出したような感覚……。
――バシュンッ!
凄まじい音と共に実体の感覚が戻った。
「お、俺は……」
ブネは居ない。
両手を見ると、紋様が浮かび上がっている。
「これが、ブネとの憑魔なのか……」




