46話 負けた側の景色
----シャーリー視点----
「うっ……。ここは……どこ?」
目を開けると、白い布の天井が視界いっぱいに広がっていた。
「痛っ!」
体を起こそうとし、鳩尾のあたりに鈍い痛みが走って、最後の記憶が蘇ってくる。
そうか、私はドラゴ・グリントの一撃を喰らって、そのまま気を失ったのね。
「あら、目が覚めたみたいね」
ベッドの脇から治癒師が声をかけてくる。
「まだ痛むかしら?」
「え?」
「鳩尾」
「あっ、あぁ……そうね、まだ少し痛むわ」
「じゃあ、もう一度回復魔法を掛けておくわね。『治癒』」
治癒師が短く詠唱をすると、その手のひらは淡い光に包まれる。
白衣を揺らし私に近づくと腹のあたりに手を翳した。温かいような、くすぐったいような感覚が広がっていく。
そうだ。
「ねぇ、決勝戦はもう終わってしまったかしら?」
「1年生の?まだ、始まっていないはずよ。あなたが気絶している最中に、他の学年の準決勝が行われていたわ。もうすぐ終わると思うけれど」
「そう。治療が終わったら見に行っても構わないかしら?」
「もちろんよ。さぁ、これでだいぶ楽になったはずよ」
本当だ、さっきまでの鈍痛がもう気にならない。
「ありがとう。出口はあっちかしら?」
「どういたしまして。ええ、でも痛みは取れただろうけど無理はしないこと。いい?」
「分かったわ!」
私に勝ったドラゴ・グリント。
そして、アリスタ・リ・エ・クレアード。
私が立つかもしれなっかた決勝の舞台をこの目で見ないと。
--------
観客席の空いている段に、腰を下ろす。
どうやら、ちょうど準決勝が終わったところ見たいね。
中央の演武台では前の試合の後片付けが進められている。
ドカッ!
隣の席に誰かが腰を下ろす音。
「兄さん?」
驚いて顔を上げると、短く刈り込んだ赤髪と、鋼のように鍛え上げられた肉体。
次兄であるロイラーガ・ロマ・グレゴールが腕を組んで座っていた。
5年生とは思えない周囲を圧迫するような威圧感、獅子人族特有の鋭い眼光。
長兄であるレガロギアが理知的で技を重視する武人であるのに対し、次兄であるロイラーガはその天性の肉体的資質によって相手を圧倒する戦士だ。
「シャーリー、負けたようだな」
この兄との会話はいつもこうだ。前置きも同情もない、ただ直球でくる。
「うるさいわね、分かってるわよ」
「別に責めてはおらん。ただ、結果を口にしただけだ」
「何しに来たのよ?」
「いや、お前に勝ったドラゴ・グリントという男。そして、『魔姫』アリスタ・リ・エ・クレアード。お前の世代に現れた2人の傑物に興味があってな」
「傑物ね」
「ああ。その2人がいなければ、兄妹という贔屓目なしにお前がそう呼ばれていたであろうな」
それだけ言うと、ロイラーガは演武台の方へ視線を移した。
アーレウス寮では、5年生にして7年生をも凌ぐ実力。
入学してすぐに頭角を現し、4年生の時には7年生のレガロギアに次ぐ実力者だと目されていた。
そんな「傑物」である兄、ロイラーガから見てあの2人はどう映るのだろう?
「兄さん」
「なんだ?」
「兄さんから見て、あの2人はどう映るの?」
「ふむ、そうだな。分かりやすいのはアリスタだな。おそらく4年生の上位層までは制圧できるほどの実力者であろうな」
ちっ。やっぱり、現状では私よりかなり上か。
「分かりやすいのはアリスタってことは、ドラゴはどうなの?」
「分からん。強いのは分かるが底が見えん」
「は?じゃあ、兄さんより強いってこと?」
「いや、そうとは限らんが。アリスタは魔力の感じから読み取れるが、ドラゴはそれが難しいのだ。つまり、分からん」
兄さんでも分からない?私と同じ年でどんだけ強いのよ。
「それでは、只今より寮対抗個人戦の決勝戦を行います。まず、1年生決勝、アリスタ・リ・エ・クレアード対ドラゴ・グリント。両者入場!」
演武台に上ったドラゴが審判のアイザックに何やら話しかけている。ドラゴの話を聞いたアイザックが考え込み、演武台に上がってきたアリスタを呼び3人で話し始めた。
しばらくして話がまとまったのかドラゴとアリスタは立ち位置に戻っていく。
そして、それを見届けたアイザックが声を張り上げた。
「両者の申し出により、本試合に限り全魔法の使用を許可いたします!なお、観客席には魔法障壁がございますので安心して観戦してください!」
どよめきが広がる。
「どうやらドラゴ・グリントから提案したようだな」
ロイラーガの声に、微かな称賛が滲んでいた。
この兄は実直だ。正々堂々と正面からすべてをぶつけ合う戦いを好む。
「私からしたら、この上ない愚かな提案よ。魔法が制限されて不利益を被るのはどう考えてもアリスタの方。ドラゴにとっては自分で自分の首をしめるような提案だもの」
「まあ、そうだろうな。だが、自らは模擬戦闘用の武具を用いたまま、全力の相手をなおも上回ることが出来るという自信があるのだろうな」
兄上の声音は明らかに上機嫌。どうやら琴線に触れたみたいね。
馬鹿なことをしているとは思うが、ドラゴ・グリントという底知れぬ存在がそれを可能と感じさせている。というのが正直な感想だった。
「双方構え……」
喧騒が消え、静寂が耳を打つ。
「始めっ!」
アリスタの指先に、闇より深い黒の焔が灯る。
「闇より出でし焔よ――」
アリスタの詠唱。2回戦で中級の『炎城壁』を無詠唱で撃ってみせた女がわざわざ詠唱をしている。
それだけで今から放つ魔法の格が推し量れる。
「『貪り喰らう黒焔獣』!!」
なっ!?なんて、大きさ!?
すべてを押しつぶすかのような巨躯を持つ黒い獣が、ドラゴへと殺到する。
噂には聞いていたけど、あれが『ベヒモス』。
熱を持たない黒い焔で出来た獣。
実物を目にしてみると、私が勝手に思い描いていたものとはまるで違う。あれは、あれは本当に魔法?演武台にいる獣は、まるで世界を塗りつぶそうとしているようだ。
黒き獣を前にしたドラゴが動く。
腰に差した模擬刀を抜き放ち、横に薙ぐ。ただそれだけの動作で、獣は真っ二つに裂け、断面から崩れていく。
そして白銀の残光がその太刀筋を照らすかのように輝く。
「ほう」
ロイラーガが呟く。
「アリスタの魔法。ドラゴの斬撃。おそらく、あの2つは全く同じものだな」
「同じもの?」
「ああ。単なる魔法でなく、魔力自体に意味を持たせていると見た。黒い焔が相手をただ燃やし、白銀の刃は相手を斬る。魔力が通った後にはその結果だけが残る」
話には聞いていた、入学した間もない頃に1年生の授業で行われた模擬戦。その再現ってわけね。
--------
「ま、あの時の続きとして、挨拶代わりみたいなものよ。さすがに、同じ技が通じると思ってはいないわ。行くわよ!」
アリスタの声が跳ねると同時に両手が開かれ、黒い焔が三つ、四つと同時に膨らんでいく。
そして、ドラゴの姿が消えた。
こんなに離れて見ていても見失った!?
準決勝で私が最後に見た、いや、見えなかった時と同じかそれ以上のスピードってこと?
演武台の床が音を立てて爆ぜ、白銀の線が走るのをかろうじて視認したがそれ以外は何も見えなかった。
キンッ、と甲高い音が響き、黒い焔の壁が白銀を受け止めている。
刃が届く寸前で、アリスタが振り向いてドラゴの攻撃を防いだ。
「は?」
思わず声が漏れる。
見えていたはずがない。
近接戦闘に長けている私ですら、この距離で俯瞰して見ていても目で追えなかったのよ。
ましてや、魔法戦闘タイプのアリスタにできるはずがない。
「兄さん、今のって」
「ん?ああ、魔力を薄く広げて感知しているのであろうな」
兄さんは腕を組み、視線は演武台から外さずに答えてくれた。
「自らの周囲に、極々薄く魔力の領域を展開している。感知範囲に入ったものを補足する為の仕掛けであろう。だから目で見えずとも攻撃を察知できる」
「そんなの、いくら薄い魔力だからって、ずっと張ってたら魔力が保たないわよ?!」
「だが現に保たせておる。さらに目だな」
「目?」
「アリスタは目そのものも強化しておる。おそらく、動体視力の強化であろうな。魔力感知で位置を掴み、強化した動体視力で対応する。ドラゴ・グリントの高速戦闘への2段構えの対策といったところか」
そこまで言って、ロイラーガはわずかに身を乗り出す。
「その上で、さらに複数の攻撃用魔法をコントロールする技量か」
そう、アリスタは絶えず動き続けるドラゴに魔法を放ち続けている。
感知用の魔力を展開し、動体視力を強化し、そのうえで魔法を放つ。
魔法を使いながら別の魔法を維持することがどれだけ難しいか、魔法が不得手な私だからこそ分かる。
「訂正しよう」
「兄さん?」
「アリスタの評価だ。彼女は6年の上位層に届く実力だな。少なくとも、俺が1年生の時分にあれほどの戦闘力は持ち合わせていなかった」
5年生にして7年生を凌ぐと言われるロイラーガ・ロマ・グレゴールが、同学年の頃の自分を引き合いに出して、あっさりと負けを認めている。
そして、私が準決勝であたった相手はそれすらを凌駕しようとしている。
--------
アリスタの放つ黒い焔が途切れなく飛び、ドラゴは避けるのではなく正面からそのすべてを斬っていた。白銀の刃に裂かれた黒き焔が散っていく。
その繰り返しがしばらく続いたところで、私はあることに気づいた。
ドラゴの振るう模擬刀が痛んでいる。
私の爪でもかすり傷さえ付かなかったあの頑丈な刀が。
「兄さん、あの刀……」
「侵食されておるな」
ロイラーガの声は淡々として、冷静に戦いを分析しているようだ。
「あの黒い焔は本来ならば触れたものを灰にするのであろう。2人の扱う力が同種であってもその練度に幾分か差があるようだな。ドラゴが刀に纏わせている斬る力で、刀へのダメージは軽減されてはいるようだが、塵も積もれば。まして模擬専用の武器、業物でもあるまい」
白銀だったはずの刀身の刃の部分が黒く侵され、ところどころ欠けているのがここからでも見て取れる。
予備の武器なんて持っているようには見えないけど、そのまま戦う気?
そんな風に考えていると、ドラゴが後ろへ跳んで距離を取り、刀の柄に何やら魔力を流し込んでいる。
すると刀全体を薄い魔力光が覆っていく。その光が刀身を完全に包むと欠けた刃や焔に侵食され黒くなった部分が直っていく。
「……なにあれ?」
「刻印魔法だな」
ロイラーガの声が、この日いちばん低くなった。
「どうやら刀の柄に刻印を仕込んでいるようだ。効果から察するに物体の修繕かそれに類する何かだろうな。だが、戦闘中に傷んだ武具を修理する魔法など聞いたことがないが」
刻印なら私だって知っている。硬貨にも彫ってあるし、この学院に来てからはいたるところで目にする機会があった。
「兄さん、刀を直す刻印ってそんなに珍しいの?」
「ああ。俺もそちらの方面には明るくはないが、市販されている武具にそのような機能があるとは聞いたことはないな。まれに『古代遺跡』から出土する『遺物』には似たようなものがあるかもしれんが」
「模擬専用の武器に遺物を使う訳ないだろうし、ということは、あれって自分で作ったってこと?」
「そうなるだろうな。プロメーテ寮、しかも確かあのイモルタ・ニッキーのお気に入りだろ、ドラゴ・グリントは」
「じゃあ、その先生がわざわざ準備したってこと?」
「いや、イモルタ女史の性格上それはないな。おそらく、自ら刻印を施したのだろう」
!?
近接戦闘と魔法の扱いに加えて、刻印魔法を扱う技術?
「はっ、本当に『怪物』って訳ね」
そこからの展開は、どちらが優勢かが徐々に分かりやすくなっていった。
ドラゴが速くなっている。
踏み込みで爆ぜる床の音がさらに重く、白銀の残光はもはや点滅する光だ。
身体強化。
獣人族の戦士なら当たり前に使っている。もちろん私も使うし、使えるからこそ分かる。
「あそこまで精密に身体強化の出力を調整できるなんて。兄さん、私と同じ年の人族がどうやったらその域にたどり着けると思う?」
「分からんが、並々ならぬ人生であったはずだ。本当に感服すべき技術だ。身体強化だけなら俺を凌ぐ」
対するアリスタの黒焔はいつの間にか「攻め」から「守り」にその役目を変えている。
ドラゴに対する迎撃も、二度に一度は間に合わなくなってきている。
「っ、いいわ!」
アリスタの声が響く。
「ここが今の私の全力!」
アリスタの全身から黒焔が膨れ上がり、それが渦となり、収束し、彼女の身体を覆っていく。両腕、胴、両脚。黒焔の全身鎧だ。
そして彼女の背後の宙に、刀剣を象った黒焔が次々と浮かび上がっていく。1本、2本、3本……。
「なんて魔力……」
アリスタの身を包む黒焔の鎧と宙に浮かぶ10本の剣が発する魔力に体が震えている。
あれは、こんな試合で使っていいものじゃない。
「に、兄さん」
「尋常ではないな。アリスタも」
ロイラーガは思い出したように付け足した。
「障壁がある。死にはせん」
10本の焔が一斉にドラゴへと放たれる。
上下左右、そして前後。あらゆる角度から、それもわずかにタイミングをずらして、逃げ道を潰すかのように殺到する。
同時にアリスタ自身も鎧をまとったまま正面から詰めていく。
ドラゴはそれを正面から受けた。
「自在流【烈波】」
強烈な一撃が地を叩き、衝撃が扇状に走って床を抉る。黒焔の剣のうち3本が軌道から弾かれ、別の1本が、追撃の斬り上げで両断される。
あと9本。
「自在流【薙峯一閃・鳳斬】」
目にもとまらぬ納刀からの横薙ぎの抜刀。そして、刀が届かない距離にあった黒焔の剣が2本まとめて吹き飛んだ。
「飛ぶ斬撃」
これで残りは7本。
そのあとの攻防は、私の目を完全に置き去りにした。
ドラゴへ迫る黒焔剣が神速の太刀捌きで次々と消滅していく。
6本。5本。4本。
「本当に人族かよ……」
「化け物だ……」
観客席の誰かが呟いた。
3本。
そこで、アリスタの動きが止まった。
「……ふふっ」
いつの間にか静まりかえった闘技場。その声はよく響いた。
「やっぱり一筋縄では行かないみたいね」
「お前もな」
「次で最後よ」
残った3本の黒焔が彼女の前に集まりだす。
さらに、身にまとっていた黒焔の鎧が解け、剣を成していた焔と合わさっていく。
それはまるで糸を紡ぐかのように、黒い焔が、1本に縒られていく。
アリスタのかざした掌。集約されていく黒焔。
超高密度に圧縮されたそれは、まるで光すらも焼き尽す漆黒の剣。
「『必滅の黒焔剣』!!」
彼女がそれを掴んだ瞬間、視界に映るすべてが灰になる気さえした。
対するドラゴは、動かない。
刀を鞘に納め、力を溜めるかのように両足を沈める。
左手を鞘に、右手を柄に添える。
「兄さん」
「よく見ていろ」
ロイラーガの声は短かった。
アリスタが剣を上段に構え振り下ろす。
ドラゴは動かない。
閃光。
そして音が、消えた。
--------
気が付くと、アリスタが膝をつき、その傍らにドラゴが立っていた。
黒焔の剣は、もう消えている。
「そこまで!勝者、ドラゴ・グリント!」
アイザックの声で我に返る。
観客席は理解が追い付かないのか呆然としている。
「見えたか?」
ロイラーガの声に、思わず隣を見る。
声が出てこない。
分かっているのは、私には何も見えなかったということだけ。
「ま、見えなかっただろうな。お前も、他の誰しも。おそらく、ドラゴの動きを完全に捉えられた生徒は数人だけだろうな」
その言葉で、今の一撃がどれほどのものだったのか分かってしまう。
「兄さんは見えたの?」
「動きは見えた。ただ、抜刀だけが俺にも捉え切れなかった。素晴らしい技の冴だ」
この兄をもってしても……
「シャーリー」
「……なに?」
「いや、なんでもない」
兄さんはそれだけ言って立ち上がり、振り返ることなく去っていった。
演武台では、ドラゴがアリスタに手を差し出している。
アリスタはその手をしばらく見つめていたけれど、結局はドラゴの手を取ることなく自分の力で立ち上がった。
そして、突きつけるようにドラゴに指を向けた。
「今回は、私の負け!完敗よ。でも、次は勝つ!」
聞こえてきたセリフに思わず笑ってしまった。
でも、私でも同じことを言いたかったのかもしれない。
負けたことは、ちゃんと悔しかった。
でも、力の差を認められない子供なんかでいられはしない。
視認できない一撃を放たれて、それでも「次は勝つ」と思えるかどうか。
多分、その姿勢こそが、敗者となった者が更に強くなれるかどうかの差となるのかもしれない。
今はまだ、悔しさを嚙み締めればいい。強くなるのは、これからだ。
私は2人が去った演武台を見つめ続けていた。
読んでくださってありがとうございます。
評価や感想をいただけると励みになりますので、
よろしければお願いいたします。




