47話 後退と停滞
----ダン・ガオレン視点----
奴らの侵攻が始まって、もうすぐ2ヶ月。
北東の村トゥーレは、壊滅。
ここ、ウルシベーナの防衛線は疲弊しきっていた。
都を廻っていた木道の半分は防衛策として自ら落とした。
美しかった湿地帯は教団の魔法師によって焼かれ所々干上がってしまった。
父が、俺が愛した白の湿地帯の姿はもう残っていなかった。
戦いの日々の中でふと学院での授業を思い出す。
戦とは、互いに剣を交える瞬間にすでに勝敗は決しているのだと。
基礎戦闘学の授業を受け持っていたその教師は、戦いの9割が段取りと情報で決まると、そう言っていた。
当時の俺は頭で分かった気になっていただけだった。今になってその言葉を本当の意味で理解できているのかもしれない。
父が鍛え上げ、俺に引き継いでくれた屈強な兵たち。
斥候役が情報を集め、集落ひとつひとつに伝令を送り、異変があればすぐさま対応した。
防衛隊は戦線維持に固執せずに、臨機応変に後退し、時折相手をけん制するか為に反撃を行う。
疲弊した兵から順に下げて休ませ、地の利を生かして立ち回る。水路を落とし、木道を落とし、敵が嫌がる状況を作り上げる。
少しずつ積み重ねた時間が、民を逃がすための猶予となる。
窓の外を見れば、最低限の荷だけを背負った民たちが、未だ無事な木道を渡り南へと歩いていく姿が見える。
襲撃によって疲弊した彼らの足取りは重いが、生きる為止まることなく青の草原を目指して歩みを進めている。
「王よ、東へ偵察に出た者からの報告です」
扉を叩いて部屋へ入ってきたのは、老武官のドルガルだ。
彼は父の代から仕えている男で、今は俺の傍らで補佐役に回ってくれている。
「聞こう」
「東の村スート、民の避難完了でございます。184名。負傷者7名、いずれも軽傷とのこと。敵の斥候5名と戦闘になり、3名を倒し、2名には逃げられたそうです。こちらの被害はありません」
「そうか。スートの住人は皆避難できたのだな?」
「はい、スートには早い段階で伝令を送っておりましたので」
「上出来だな」
そう答えながらも、素直に喜べない自分がいる。
スートは地理的に北の進行地点から離れた村だが、それより北の村ではかなりの被害が出ていた。
「都の民たちの避難も間もなく終わるか?避難が終わるまで保つだろうか」
「おそらく今日明日中には、避難は完了するかと。ただ、皆が都から離れる為の時間を稼がねばなりませぬ。時間は我々『白天隊』が稼ぎますので、王は民の守護に」
「馬鹿を言うな。お前たちだけ置いていくことなど出来ぬっ!」
「王がいてこそ民が安心できるのでございます」
「ドルガル、民あっての王であろう?そして、お前たちもこの白の湿地帯の民、俺が守るべき存在だ」
「では私の役目は、ダン、お前を守ることだ」
「ドルガル……」
父ナバンが病で急逝してから、まだ半年。
王となった時、俺は学院を首席で卒業し、天狗になっていたただの若造だった。
王の何たるか。
その前に、ひとりの男として、その生き様の何たるかを教えてくれた恩人。
父が俺に託してくれたものを、曲がりなりにも理解できるようになったのは、ドルガルのお陰だ。
「分かったか。今やお前は王として民を守らねばならない。そして、白天隊は王を守り民を守り国を守る。隊員となったとき、既にその命を捧げているのだ」
「くっ……」
「ダンよ、お前はまだ若いが偉大な王となるべき器だ。この老いぼれの命1つでお前が生きてこの国を守れるなら安ものよ。お前は民を守れ」
「……分かった。だが、死ぬな。生きて俺に仕えろよ、この先も」
「ふっ。まったく、年寄遣いが荒いところはナバンそっくりじゃな」
「口が減らないな、ドルガル」
「お互い様じゃ」
やっぱり、口じゃ敵わないな。
「ふぅ。じゃあ、状況整理だ。戦えぬ民たちは先に避難し、もう半分近くが青の草原へついている頃だな。蒼牙狼殿の庇護下だ。あそこなら当面の安全は確保できるはずだ」
「都が持ちこたえている間に、後から避難した者たちも合流できるじゃろ」
「蒼牙狼リツィアナ・ニスカ・フィアナ、彼女が青の草原の王になっていて助かった」
「それについては、同感じゃ」
最初の本格的な侵攻でこちらが打撃を受けたところに、救援要請を請け戦士たちが駆けつけてくれてその後の侵攻を食い止めることが出来た。
また、奴らの狙いが民であることが分かり、避難の受け入れを提案してくれた。
彼女のような人格者が王であることに感謝しかないな。
「失礼します!」
兵が扉をノックするのも忘れ飛び込んできた。
「王よ、敵部隊の侵攻です!」
俺は短く頷いて立ち上がった。
----ドートレス・フェクダ視点----
「おいおいおい、ドートレスよぉ。まぁだ、終わんねぇのかぁ?」
あの野郎から何度目とも知れねぇ小言が届く。
うるせぇな、こっちだってうんざりしてんだよ。
糞野郎。
一番上等な船の一番上等な船室に籠って、糞して寝てばっかり、指一本すら動かさねぇ野郎に言われる筋合いはねぇんだよ。
熊人族の村を始めて襲撃してから2ヶ月が経った。
想定していたより苦戦を強いられて停滞する状況に、苛立ちは募る一方だ。
甲板に出れば、相変わらずのじめついた霧が体にまとわりついてくる。
それがまた神経を逆なでる。
熊の巣をぶっ壊して連れてくんのに、いつまでかかってやがんだ。
たかが獣の分際で妙に体系だった戦闘や戦術を用いてくる。
しかも、この足場。
湿地帯での戦闘では、教団の末端の兵たちは全くといっていいほど機能せずに、一方的にやられていた。
「商品だから殺さず連れてこい」という縛りがなけりゃ、俺とガロンの野郎が直接出向いて終わる仕事だ。
無力化して捕えて、縛って船に積む。
どうしたって時間を食う。
船の牢には、すでに商品となる熊人族が詰め込まれている。
融和だの救いだのというご立派な高説を垂れる裏で、こんな胸糞悪いことが平然と行われている。
それを知らずに信仰している馬鹿どもは、まったく哀れで、救いようのねぇ連中だよ。
「はぁ。そろそろ飽きてきたし、もう限界だな。さてと、気は乗らねぇが、ガロンの奴を連れていくか」
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