43話 見えない風
ガシャン、ガシャン、と重い足音を鳴らして、ザインが演武台に現れる。
対面に立つのは、メーティス寮代表のリオン・ヴァスクロフト。純血のエルフである為か、耳はリオレスより長く、手足も細身ですらっとしている。
得物らしい得物は持たず、いかにも学者肌といった物静かな佇まいのまま、かなり騒がしい登場をしたザインを興味深そうに眺めている。
第一試合と同じく審判を務めるのはアイザックだ。
「第2試合。ザイン・ペブロック対リオン・ヴァスクロフト、双方構え」
「よっしゃ、待ってました! 起動!『機械仕掛けの豪腕』!!」
ザインが叫ぶと、背負ったバックパックが魔法陣や刻印から放たれる光と共に変形を始める。
ガコンッ! ガゴンッ!!
左右に割れたバックパックから骨組みがせり上がり、関節からギアの駆動音を響かせながら4本の腕が組み上がっていく。
精密機械なんて上品なもんじゃなく、傍から見れば大雑把な作りの、重機を想起させる無骨な腕だ。
4本それぞれの腕の先にある掌なんて、その3本の太い指で俺の頭を軽く握りつぶせるサイズだ。
観客席が驚愕に沸いた。
「うおおおっ!!なんだありゃあぁぁぁぁっ!?」
フェンが興奮のあまり身を乗り出す。隣のリオレスとミレイも目を見開いている。
「腕が……4本?どうやって動かしてるの?」
「魔力バッテリーだとさ。本人がそう言ってた」
ミレイの質問に記憶をたどり答える。
4本腕の展開が完了すると同時に、ザインの脚装具からも魔力の光が放たれる。
ガコンッ!!
脚装具の側面から地面を捉える為の爪が飛び出し、演武台の床を噛んだ。あの重さを支える要が脚だってことは、ザイン本人の延々と続く長文解説で聞いている。
「始めっ!」
先に動いたのはリオン。
「風刃よ、我が声に応えよ!」
短縮詠唱か!
持ち上げた指先から風の刃が幾筋も飛ぶ。
あのレベルの短縮詠唱であの本数を揃えてくるのか。
「風刃が初級とは言え、一度の短縮詠唱であの数を操るんだから困ったもんだよね」
「リオレス、お前が言うなよ」
あれ以上の魔法を軽々と操る友人に突っ込むのは忘れない。
ガギンッ! ガガンッ!!
ザインの機械腕が、風の刃を正面から叩き落とす。2本の腕を巧みに操り、風刃を1つずつ無力化していく。残り2本の腕は次の攻撃に備えているようだ。
「効かない効かないっす! そんなもんすかー?」
ガシャン、ガシャン!!
リオンが途切れることなく放つ魔法を2本の腕で叩き落としながら、ザインがじりっじりっと少しずつ歩みを進める。
残り2本の巨腕を広げ、左右の逃げ道をふさぐかのようにどっしりと構え距離を詰めていく。
このまま接近戦に持ち込めれば、典型的な魔法使いであろうリオンに打つ手はなくなるはずだ。
「なかなか良い、おもちゃですね」
だが、リオンは冷静だ。予備動作もなくすっと演武台の際まで下がる。
「紡げ、絃風、薄明に溶けよ」
風が、消えた。
「……あれ?なんも来ないぞ?」
ザインから疑問の声があがる。さっきまでの風の刃が来ない。
代わりに、演武台の上にある埃がわずかに舞ったように見えた。
ザインの装甲に守られた膝がガクンッと折れる。
「うおっとぉっ!?なんでぇ?!」
ザインの足元に見えない風が縄のように纏わりついている。慌てて機械の腕を床に突いて支えるが、今度はその腕を狙った不可視の縄が押し寄せる。
腕が4本あろうが8本あろうが使えなければ意味がない。
風で出来た縄とは思えぬ凄まじい強度でザインの機械仕掛けの豪腕を無力化している。
結局、魔法適正のなさが魔法に対する対応を後手にしてしまったか。
ザインは機械の腕を解放しようと必死になってもがいているが、抵抗虚しく演武台に転がった。
ガッシャアアン!!
仰向けに倒れこんだザインの首筋に、リオンが生み出した風の刃が突きつけられた。今度は、見える形で。
「はぁ、参ったっす! 降参っす降参!」
ザインが両手を挙げ降伏宣言。
「ザイン・ペブロック、降参。勝者、リオン・ヴァスクロフト!」
観客席からのどよめきと拍手の中、風の拘束から解放されたザインはがしゃがしゃと立ち上がり、勝者へずんずん歩み寄った。
「いやー、完敗っす! 見えない風とか反則っすよ、どうやってんすか、あれ!」
「……秘密。君のその魔道具?もすごい力だね。捕まえておくのもしんどかったよ」
そう答えるリオンの額には玉のような汗が滲んでいる。
「そうか?なら、さらに改良して、次は俺が勝つぜ!」
「それは勘弁願いたいね」
リオンはそう短く答えると律儀に小さく頭を下げた。
「あーあ、ザイン負けちまったかー」
フェンががっくりと肩を落とす。
「まぁ収穫はあっただろ。敗者復活戦もあるしな」
俺がフェンと話していると、演武台を降りかけていたザインが、こっちへ向かって親指を立てて見せた。
負けたくせにすがすがしい顔しやがって。頭の中は、次の改良をどうするでいっぱいだろうな。
結局、自身の能力不足を補い切れていなかった。魔法に対する対抗策が足りなかった、と本人が一番分かってるだろう。
「リオン、あんな手を隠してたんだ」
リオレスが感心したように言う。同じ寮なんだから、俺よりよほど中身を知っているはずだ。
「寮の演習でも授業でも風刃や絃風は使ってたけどさ。短縮詠唱の精度も、不可視化した風なんてのも初めて見たよ。彼、いつも図書室に籠っているからあまり話したことないけど、ちょっと聞いてみようかな?」
「盗む気満々だな」
「盗むなんて人聞きの悪い。切磋琢磨さ」
さてと、次の試合の勝者が、俺の初戦の相手になるわけだが。
第2試合の片づけも終わり、第3試合の選手が演武台へと現れた。
「第3試合。メルル・オクトゥス対フィリア・ランス、双方構え」
アイザックの声が掛かる。
演武台に上がったフィリアは、無言のまま大きな翼を広げた。
対するメルルは、まただらしなく立ったまま、半分閉じた瞼で寝起きのような顔だ。大丈夫か?
「始めっ!」
合図と同時に、フィリアが翼を羽ばたかせ低空飛行で加速する。鳥人族の絶対的優位性である機動力を武器にした特攻だ。
トップスピードのままメルルに掌打を繰り出す。
だが。
「わ、あぶなーい」
メルルは、間延びした声を出しながら、ふらふらと歩いて避けた。
見ているのか見ていないのか分からない目のまま、最小限の足運びで。まるで、あらかじめ攻撃される場所が分かっているみたいに。
なんだ?あの避け方は。
反応して避けてる、って感じじゃない。明らかに相手の動き出しと同時に回避動作が始まっている。
フィリアの鋭い攻めが、ことごとく空を切る。
「メルルちゃん、授業の模擬戦でもあんな感じなんだよね。……どうやってるのって聞いても、なんとなく分かるだけぇ~、としか言わないし」
ミレイが困ったように眉を寄せる。同じ寮で3か月も一緒に暮らして、それでも分からないのか。
やがて焦れたフィリアが大きく翼を一打ちし上空へと舞い上がる。そして一直線の急降下。自らの速度に落下の速度を上乗せした一撃。
「うぉぉっ!速えぇぇぇっ!!」
フェンがその速さに驚愕し叫ぶ。
これは決まる!?
「ん~、痛いのはちょっと嫌かも」
メルルの手のひらから水の塊が膨れ上がり、急降下してくるフィリアを正面から迎え撃った。
バシャアッ!!
「あっ」
体勢を崩したフィリアが、演武台に落ちる。水塊に叩きつけられたダメージが回復する前に、メルルの二撃目が放たれた。
「フィリア・ランス、戦闘不能。勝者、メルル・オクトゥス!」
「やったぁ~、勝ったぁ~。眠~い」
メルルは欠伸をしながら、のんびり手を叩いて喜んでいる。
俺の相手はメルル・オクトゥスか。
正直、読めない。力でも速さでもなく、あの、予知のような避け方。
水魔法にしても狙いすました一撃だけ。
「なあドラゴ、次あいつとやるんだろ?大丈夫かよ」
「さあな。こればっかりはやってみないと分からないな」
強がりでも謙遜でもなく、本音だ。掴みどころのなさで言えば、戦闘方法が分かりやすいシャーリーやアリスタより厄介かもしれない。
「これにより1回戦3試合を終了とする。小休止を挟み2回戦に移る。各自、準備を行うように」
演武台のアイザックの声を聞きながら、対メルルについて考える。
「ま、いつもどおり。出たとこ勝負しかないか」
読んでくださってありがとうございます。
評価や感想をいただけると励みになりますので、
よろしければお願いいたします。




