42話 個人戦開幕
個人戦の会場は、学院の地下に用意された円形の闘技場だった。
すり鉢状の観客席が試合場をぐるりと囲む造りは、前世ではお馴染みのコロッセオをそのまま地下へ埋めたような眺めだ。
どう考えても地下にこの規模の建造物があるとは考えにくいため、おそらく魔法が使用されているのであろう。
試合場の中央には決勝戦用であろう40メドル四方の大きめの演武台が設置されている。
その周りを囲むように25メドル四方の演武台が7つ用意されており、学年ごとに割り振られているようだ。
「うおー、でけぇっ!」
隣でフェンが首を伸ばして客席を見回している。
「なあドラゴ、お前シードだから今日は2回戦からだろ?」
「そうだな」
「1回戦は一緒に観戦しようぜ!」
ちょうどその時、魔法で拡声された声が響いた。
「個人戦の出場選手は、中央大演武台へ集合してください。繰り返します、個人戦の出場選手は、中央大演武台へ集合してください」
「――だとさ。行ってくる」
「おう!」
観客席を降りて演武台へ向かうと、各学年の出場者が続々と集まってくる。各学年9名、全部で63名。
同じ学年のやつらは名前も知っているし、顔も見覚えがあるが、上級生はからっきしだな。
各学年横1列に並び、1番前が7年、最後尾が1年だ。
横に並ぶ1年の出場選手を観察する。
まず目を引くのは、ガロス・ドゥベインだ。アーレウス寮の熊人族、見るからに力自慢といった大男。
幼い顔つきとその体格のギャップがすさまじいな、あれで11歳、俺と同い年か。
すでに身の丈180センチはあると思われる同級生を眺めていると、ガロスの隣に並ぶウトと目が合う。
(お前の1回戦の相手ってそいつだろ?大丈夫か?)
俺が口パクと手振りで尋ねると、問題ないとばかりにウトは肩をすくめる。
どうやら心配はいらないようだな。
その奥に並ぶザインは……うん、例の『機械仕掛けの豪腕』のバックパックと脚装具のせいで、1人だけシルエットがおかしい。
シード3名は並びを固められているらしく、俺の両隣はシャーリーとアリスタの2人だった。
「言っておくけど」
シャーリーが、前を向いたまま声をかけてくる。
「私にあたるまでに負けたら、承知しないんだから」
「……」
「ちょっと、何か言いなさいよ!」
「はいはい、努力しますよ」
「なによ、その気の抜けた返事はっ!」
「うるさいわね、静かにしてくれないかしら?」
反対隣から、刺すような視線。アリスタが腕を組んで、俺とシャーリーを器用に横目でにらみつけている。
うるさいのは隣の猫娘だけのはず。解せぬ。
「あなたたち随分と余裕があるようね。まあいいわ、ドラゴ、あなたを打ちのめすのは私よ。そこのギャーギャー喚くしか能のない猫女に負けたら承知しないから」
「へーへー、善処しますとも」
「なんですって!」
「そこ!静粛に!」
進行役のアイザック・ランパートから注意を受けようやく静かになった。
……始まる前から、騒々しいな。
ふと列の端に目をやると、ひときわ気の抜けた空気を纏った小柄な女子。メーティス寮のメルル・オクトゥス。
もしかして、立ったまま寝ている?
こっくりこっくりと首が揺れ、目はほとんど閉じている。
その隣で信じられないものを見る目つきでメルルを凝視するのがフィリア・ランス。
――俺の初戦は、この2人の勝った方か。
フィリアの方は分かりやすい。アーレウス寮の鳥人族で、背中の大きな翼と鋭い目つき。
集合してから一言も発していないが、立ち姿だけで戦い慣れているのが伝わってくる。順当に考えれば、上がってくるのはフィリアだろう。
そう値踏みしていると、メルルの目が開き、ふい、とこちらを向いた。
目が合っている……のか? 視線はこっちに向いているはずなのに、焦点が合っている気がしない。
俺が眉を寄せると、メルルはふにゃっと笑って、小さく手を振ってきた。
……調子の狂う奴だな。
「静粛に。試合に先立ち、改めて規定と注意事項を説明する」
アイザックが、巻紙を広げて読み始める。掲示で読んだ内容の確認が大半だろうが、一応ちゃんと聞いておくか。
「勝敗は、降参の宣言、または戦闘の続行が不能と審判が判断した時点で決する。審判の『そこまで』の声がかかったら、直ちに攻撃をやめること。従わなければ反則負けとする」
「武器は、殺傷能力を制限した模擬戦用の武器に限る。真剣・実刃等の持ち込みは禁止。ただし、事前の届け出と検査を実施した武器・発明品・魔道具の使用は認めるものとする」
俺の腰の刻印刀も、その枠で届け出て検査を通してある。
「また、明らかな即死級の魔法や相手に後遺症が残ると判断される魔法の使用については、会場に設置された魔法陣で威力の調整が行われることに留意するように」
そのほか、治癒班が常時待機していることや、決着後の追撃は重い反則になることなど、細かい注意が手短に続いた。
「――最後に、敗者復活戦について」
おっ!そういえばこれは、トーナメント表に詳細が書かれていなかったな。
「1回戦で敗れた3名は、準決勝に先立ち敗者復活戦を行う。形式は3名同時の変則戦。出場する3名には安全障壁を付与し、決定打を受けて障壁が作動した者は、その時点で失格とする。最後まで障壁を作動させなかった1名が、準決勝へ進出する」
なるほど、三つ巴の生き残り戦。前世で言うバトルロイヤルか。まあ、オーソドックスな感じだな。
「では、個人戦の説明は以上となる。第1試合に出場する選手はそれぞれの演武台へと移動するように。また、第2試合へ出場する選手は控室、それ以外の選手は観客席に戻るように」
アイザックの指示を受け各々が移動を始める。
俺は観客席へ戻りフェンを探す。
「おーい!こっちこっち!」
ちょうど1年生の試合が行われる演武台付近の席を確保し、陣取っているフェンから声がかかる。
どうやらリオレスとミレイも一緒らしい。
「ウトの試合が始まるぜ!」
「ああ。リオレスとミレイはメーティス寮のやつらと一緒じゃないのか?」
「まあね、どうせ優勝はドラゴだろうし。僕らもメーティスの応援はするけどさ」
「そういうこと!ドラゴ頑張ってね!」
「まあ、期待に応えられるよう頑張るが」
「それでは只今より第1試合を開始する」
おっ、始まるな。
「ウト・アーマテス対ガロス・ドゥベイン、双方構え」
審判は先ほど進行役だったアイザックが務めるようだ。
それにしても、改めて向かい合うと、体格差がいよいよ冗談みたいだ。
客席の下馬評も当然のようにガロス寄りか?フェンまで「ウト、大丈夫かよ……」と心配顔だ。
「始めっ!」
合図と同時に、ガロスが地を蹴った。
速いっ!あの巨体が見た目を裏切る加速で、まっすぐウトへ突っ込んでいく。梁みたいな腕が振りかぶられ、うなりを上げて落ちる――
ドゴォッ!!
演武台の床が砕ける。だが、砕けた場所にウトはいなかった。半歩横、本当にぎりぎりの半歩だけ動いて、拳を見送っている。慌てた様子はまるでなく、躱しざまに袖口から何かを滑らせるように放っていた。
キラッと光を反射する細い、糸のような線がガロスの足元へ走る。
「ぬおっ!?」
追いすがろうとした巨体が、たたらを踏んで崩れかけた。足首を絡め取られたらしい。ウトはその隙に距離を取り直すと、懐から短刀を抜いて構える。
「こんなもんで、俺は止められないぜぇ! うぉりゃっ!!」
ガロスが太い脚に力を込めると、糸はあっけなく音を立てて切れた。熊人族の膂力の前では、あの細さの糸では保たないらしい。
「ちっ」
ウトが小さく舌打ちする。
「ちょこまかとぉっ!」
そこからは、同じような攻防が続いた。
ガロスが突っ込む。ウトは必要最小限の動きだけで躱し、すれ違いざまに短刀を振るう。
だが、刃を潰した模擬用の短刀では、分厚い毛皮を裂くどころか傷ひとつ残らない。
「無駄だぜぇ!!」
「なあドラゴ、ウトのやつ何やってんだ? 全然効いてねぇじゃんか」
フェンが焦れた声を出す。まあ、そう見えるだろうな。
「よく見てみな」
「はぁ?」
「短刀は囮だ。振りかぶるたびに、逆の手で糸を送ってる」
ガロスの拳が空を切るたび、自らや相手の体でできた死角を利用し、ウトは袖口から何かを放つ動きをしている。
最初の糸とは違う、光さえ拾わないほど細い何かだ。短刀を振る動作が大きいせいで、そっちには誰も目が行かない。
「えっ、どこ? 私には全然見えないけど」
ミレイが目を凝らしている。見えないのが普通だ。俺だって身体強化の魔法を目に集中してやっと見える程度のものだ。
相手にダメージを与えるための斬り付けではない。
必要以上に大振りに見えるのも死角を増やし、糸を操る隙を生むため。
巧妙に隠された糸は、腕へ、脚へ、胴へ。気づかれないまま、一巻き、また一巻きと増えていく。
――攻めてるのはガロス、だが、追い込まれているのもガロスの方か。
「いい加減逃げ回ってねぇで、正面から来いやぁっ!!」
「断る」
短い返事と同時に、ウトが右腕を引いた。
「うがっ?!」
ガロスの巨体が、途中で止まる。
振りかぶった腕が上がりきらない。肩も、肘も、膝までも、見えない何かに引かれて固まっている。
「ぐ、ぬ……おおおっ!!」
ガロスが振りほどこうと全身に力を込める。
だが、それが悪手だ。込めた力の分だけ、糸は深く沈んでいく。
刃を潰した短刀では通らない毛皮でも、髪より細い糸なら話は別らしい。同じ力でも、細ければ細いほど食い込む。
――膂力が強いほど、自分で自分を縛る、か。
そこで初めて、ウトが自分から距離を詰めた。身動きの取れないガロスの懐へするりと滑り込み、短刀を首筋にぴたりと当てる。
「――そこまで! 勝者、ウト・アーマテス!」
審判の声が響き、一拍遅れてガロスがどうと膝をついた。試合場が、しんと静まってから、どよめいた。
「……ウト、勝ったのか?勝ったんだよな?」
フェンが目を丸くしている。
俺も、正直驚いた。ウトの戦闘スキルの高さに。あの感じ、実戦経験もありそうだな。
観客席では、アリスタが腕を組んだまま、退場していくウトをじっと目で追っていた。2回戦で当たるのは彼女だ。
黒焔魔法は流石に今回の試合では使用できないであろう。
お互いに相手の攻撃をどう受けるのか、観戦する分には楽しみな組み合わせではある。
「なあ、次はザインだっけ?」
「ああ。相手はメーティスのリオンだな」
「よーし、秘密兵器ってのを見せてもらおうかな!」
ガシャン、ガシャン。
音を立ててザインが演武台へと向かっていく。
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