36話 大いに盗め
……視線が刺さって、居心地が悪いな。
作業台の周りに集まった生徒たちは、誰一人として口を開くことなく、ただ、じっと手元を見ている。フェンも自分の通信機を放り出して、俺の斜め後ろに立っていた。
親方は腕を組み、黙ったまま俺の作業を見つめるだけだ。
さて、仕切り直しだな。集中、集中。
俺は息を吐いて、鏨を握り直した。
残りは、表示と記録の板だ。入力と通話は彫り終えている。頭の中で分割した陣の形を、板の上に落とし込んでいく。伝導刻印で経路を敷き、要所に遮断刻印で区切りを入れる。層間の接続点を、最後に決めた。
彫りながら、同時に魔力を流す。彫り跡の内側を、薄い光の線が走っていく。
刀を扱う感覚の応用だ、鏨を自分の手の延長だと思えばいい。
4枚目の板に最後の線を引き終え、順番に重ねていく。
通話、表示、入力、記録、それぞれの板の四隅に接続の役割をする小さめの板を合わせると、積層構造の金属盤が握り込める大きさに収まった。
元のサイズよりも、かなり小さくなったな。
俺は通信機を机に置いて、指先を金属盤に触れて力を薄く流す。
――。
魔法陣に流したはずの魔力が途中で霧散している?積層構造によって複雑化したせいか、もしくは起動する魔力が足りないのだろうか?
「……ん?」
もう一度、少し強めに流す。結果は変わらず、魔法陣に反応はない。
「……失敗?」
設計思想は間違っていないはず。元々の陣にあった機能ごとの刻印に手を加えてはいないし、4つの機能を接続役の板に刻んだ伝導刻印で繋ぎ、接続が不要の場所は遮断刻印で干渉を抑えた。
論理の上では動くはずだが、目の前の金属盤は反応を示さない。
「ちょっと見せてみな」
親方が、組んでいた腕を解いて手を差し出していた。
俺は積層構造になった金属盤を手に取り親方の差し出した手へ乗せた。
親方は渡された金属盤を横から、上から、そして層間の継ぎ目と順番に観察していき、指先で層を1枚ずつ外してさらに詳細に観察を続ける。
「……ふむ、はじめてでこの出来か?」
親方がかすかに聞こえる程度の声で尋ねてくる。
「なんですか?」
「魔道具作成、刻印ははじめてか?」
「そうです」
「なるほど、はじめてにしちゃいい出来を通り越して恐ろしい出来と言えるな」
親方は手にした金属盤から接続用の板を取り外すと、隣にあるフェンの作業台の上から元々の通信機を手に取り、バラし始めた。
「まあ、初めての魔道具作成ってことで少しだけプレゼントをやろう。こことここをよ~く見てみな。お前なら分かるだろ」
親方はバラした通信機から魔法陣の板を取り出して、俺が作った接続用の板に刻まれた魔法陣と比較できるように並べた。
親方の指が、通信機の魔法陣の2箇所を順に指し示す。
俺は身を乗り出して、元の陣を覗き込んだ。親方の指が示した部分、遮断刻印の線の一点。
遮断刻印の内側に、さらに細かい刻印が彫り込まれていた。単なる装飾じゃない。別機能の刻印だ。
試しに薄く魔力を流してみる。流れた。ただし、一方向にだけ。入力側から記録側へ。逆からは弾かれて通らない。
「……一方通行」
もう一箇所も同じ。こちらは記録から表示への向きだ。
――ダイオードだ。
前世ではPC基板でお目にかかった部品と同じだ。ダイオードは電流の向きを決めて、信号を迷わせない仕組み、それと同じ役割の刻印があったのか。
「……なるほど、こんな細かい刻印があるのか」
4枚を独立させて組み上げただけで、作り上げた気になっていた。ただ、前世の知識から真似事をしただけだってのに得意気になってるから、細部にまで気が回らなかった。
結果は、流した魔力は行き先を失って霧散する中途半端な不良品の出来上がりか……。
くそっ!
俺は鏨を握り直した。入力板と記録板の接続点、遮断刻印の内側に、一方向にだけ魔力を通す小さな刻印を重ねる。
そして、4枚をもう一度重ね直す。
「……起動します」
呟いて、魔力を流すと今度こそ魔法陣が、光を放った。
伝導刻印の線が順番に淡く発光し、各層が連動して立ち上がっていく。
よし、基板ができたならあとは外装を閉じて起動確認だな。
外装パーツも小さなものが教室の部材にあったため適当に組み合わせて通信機の体を整える。
魔力を流して起動すると水晶の画面に薄い光が灯り、入力ボタンを押すと、画面の端に小さな光点が現れた。
よし、動いた。
元の通信機を操作して組み上げた通信機へ連絡をしてみると、反応が返ってきた。
「……できた」
机の上で、俺が作った通信機と、元の通信機が並んで起動している。片方は操作するのに両手を使うサイズ、片方は手のひらに収まる大きさになった。
「ちょっと借りるぞ」
親方は俺が組み上げた通信機を手に取り、動作確認、構造のチェックを始めた。
「……いいねぇ」
親方はそう呟くと、手に持った通信機を教室にいる生徒に見えるように掲げる。
「おい、お前ら。よく見ろ。これが、目指すべき方向の『1つ』ってもんだ」
教室が、静まり返った。
「ただし、これが正解ってわけじゃねぇぞ。これで完成ってわけでもねぇ。お前らが今まで見てきた魔道具がそうであるように、すべてが変化する可能性を秘めているってことだ」
親方は通信機から4層に重ねられた魔法陣を取り出してみせる。
「こいつは、陣を4枚に分けて重ねやがった。そんでもって、なぜ起動しないかを少ないヒントで解決して見せた。発想力と観察力、そして応用力だ。そして先人が積み上げたものを改良して見せた。これこそが、魔道具作成の醍醐味の1つといえるだろう。お前らはそんな貴重な瞬間に立ち会い、金をいくら積まれても普通の職人が絶対に見せない技術の核心を『タダ』で見れたんだ」
生徒たちの顔が、驚愕から緊張のようなものへ変わっていく。
「大いに盗め」
親方は、はっきりと言った。
「最初に言ったが技術ってのは見て盗め。ただ盗んだだけで終わらせるのはもったいない。自分だけの技術へ昇華させてみな。それが職人としての財産になる」
親方は通信機を持ったまま俺の机に戻り、ぐいと顔を近づけてきた。
「お前、プロメーテってことは、ノイアーの寮だな」
「……はい」
「よし!」
「……あの、親方、何が『よし!』なんでしょうか」
親方はなにも答えず、ただ笑みを返し俺の肩を掌でトントンと軽くたたく。
――嫌な予感がした。
そのとき、教室の鐘が鳴った。5限終了の合図。
親方が手を叩いた。
「よ~し、今日は終わりだな。使った道具と部材は元あった場所に戻しな。通信機は、あたしが回収するから作業台に置いておきな」
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片付けを終えて教室を出ると、フェンが駆け足で追いかけてきた。
「ドラゴ、おまえほんとすげぇな」
「……なんだよ、いきなり」
「分解できずに悪戦苦闘してた俺たちの隣で、通信機を改良しちゃうなんてさ!どうなってんだよ!」
「俺も、なんでああなったかよく分からない」
「お前そういうとこだぞ!」
フェンが半分笑いながら俺の背中を叩いた。叩き方が妙に力強い。
廊下の空気が、少しひんやりしていた。
「ニッキー親方、完全にお前のこと気に入ってたな。なっ!」
歩きながら、フェンが横から言った。
「やっぱ、そうか?」
「そうだろ、あれは」
そうなのかもしれない。
ただ、分けて重ねるって発想は、前世の経験からカンニングしたみたいなものだ。
親方は評価してくれたみたいだけど、なんとなく自分の中では納得がいかないな。
――見て盗め、自分だけの技術へ昇華させろ、か……
「なぁ、ドラゴ」
「なんだ」
「やっぱりおまえってすげぇやつだな!」
「そうか?」
「ああ!魔法もすげぇ、魔道具もすげぇ!」
俺はため息をついた。
フェンはそのあとも、寮への道すがらずっと今日の授業を思い出しては、感心し直していた。
俺はただ、隣を歩きながら思い出していた。
――大いに盗め。
耳の奥に、親方の声がまだ残っている。
寮へと着く頃には、もう太陽は沈みかけていた。
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