35話 親方と呼べ
昼食を終えた俺とフェンは、リオレスとミレイに別れを告げて午後の授業を行う教室へと向かう。
「4限と5限が魔道具クラスね」
時間割を確認しながら呟いた俺の隣で、フェンが珍しく落ち着かない様子で尻尾を揺らしている。
「ドラゴ、魔道具クラスってのは他のクラスと少し違うらしいぞ」
「違う?」
「教室がそもそも作業場らしいんだ。で、担当の先生がまた、相当に変わってるって聞いた」
「ほう」
「プロメーテ寮の上級生に聞いた話だけどな。魔道具クラスの話になると、ため息をつくか笑うかのどっちかだったらしい」
それは期待していいのか構えた方がいいのか判断に困る反応だな。
「ここだな」
指定された教室の前に着いて、俺は扉を見上げた。
他の教室と違い、扉がやけに分厚い。しかも金属製だ。扉には幾つもの刻印が彫られていて、その1つ1つから微かな魔力の気配がする。
防音か、あるいは爆発対策か。
「……開けていいのか、これ」
「ノックしても聞こえないんじゃないか?」
フェンの軽口を無視して、俺は扉を押した。
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フェンが言った通り、そこは教室というより作業場、いや、工房だった。
まず目に飛び込んできたのは、天井から吊り下げられた無数の道具類だ。工具、鎖、チェーンブロック、用途の分からない金属の枠組み。どれも手の届く高さにあるが、そのぶん頭上の空間が狭く感じる。
壁際には作業机が並び、その上は言うまでもなく、下や脇にも部材が積み上げられている。金属板、水晶片、木材、長さの不揃いな銅線のようなもの、魔力を帯びた何かの残骸。整理されているのか放置されているのか、判別がつかない。
床にも部材が転がっている。踏まないように歩くのが難しいくらいだ。
「うわぁ、マジかぁ」
フェンが呆気に取られたような声を上げた。俺も内心同感だ。
ただ、よく見ると雑然としているようで、動線はしっかりと確保されており、通路として機能している床の部分には物がない。置いてあるものも、種類ごとに大雑把なまとまりがあるようだ。
これは、既視感があるな。前世の友人の部屋がまさにこんな感じだった。持ち主だけが何がどこにあるか把握しているタイプの散らかり方で、変に片付けようとすると「これが最適解だ」とか宣っていた。
見ると既に何人かの生徒が教室に入っていて、それぞれ適当な机を選んで座っている。俺とフェンも空いている机に向かった。
午前の座学とは少し空気が違い、みんなそわそわと室内を見回している。また、早くも自前の工具を取り出している者もいれば、ノート代わりに羊皮紙を広げてペンを準備する者もいる。初めての授業で勝手が分からず落ち着かない様子の者も多い。
まあ、プロメーテ寮になったということは、みんな魔道具には多少なりとも興味があるんだろうな。
そんな中、教室の奥の扉が開いた。
入ってきたのは小柄な女性だった。
身長は俺の肩より少し低いくらい、150センチ前後。だが姿勢が良く、肩幅はしっかりしている。赤茶色のごわついた髪を雑にまとめ、油汚れの目立つつなぎを着ている。腰には布を巻き、そこに何本もの工具を差している。
年齢は読めない。顔立ちは若いというより幼いが、目つきは熟練の職人のそれだ。
鶯色の瞳が教室をぐるりと見回した。そばかすが散った頬の下で、口の端がほんの僅かに上がる。
「あたしが魔道具クラスを持つイモルタ・ニッキーだ。以後よろしくな」
容姿からは想像できないほど声音が荒々しい。ぶっきらぼうだが、よく通る声だな。
「4限は座学、5限は実技だ。ただし、座学といっても教科書通りに読み上げるようなことはしねぇ。あたしの話を聞いて自分の頭で咀嚼しろ。メモを取るも取らねぇも好きにしろ。テストはしねぇが、分かってねぇ奴は実技で一発で分かるぞ」
イモルタが話し始めると教室がシーンと静かになり、誰もが姿勢を正している。
「で、座学だが。今日から1年掛けてこのクラスでやる内容を先にざっくり話しておく。ひとつ、魔道具とは何か。ひとつ、魔法陣とは何か。ひとつ、刻印とは何か。そして、異世界人共が持ち込んだ知識を、あたしらがどう扱ってきたか」
イモルタは指を折りながら数え上げる。
「この4つがお前ら1年坊主があたしからこの1年間で学ぶ基礎だ。1つ目、まず魔道具だが、ざっくり言えば魔法の力を使って動く道具だ。お前らが今日まで生きてきた中で触れてきた道具のほとんどが魔道具だと思っていい。明かり、通信機、掲示板、乗り物、調理器具。魔法の才能がある奴にしか扱えねぇものから、魔力を込めるだけで誰にでも動かせるものまである。後者が多いのは、単純に需要があるからだ」
確かに、イオリスの町でも、ジェフティアに来てから目にした街並みでも、魔道具は至る所にあった。
「魔道具を動かす為の基本的な方法は魔法陣と刻印だ。これが2つ目と3つ目。簡単に言えば、魔法陣ってのは魔力の流れを設計し、その魔道具の機能を担う為のもので、刻印ってのは魔法陣を素材に固定するための技術だ」
イモルタが指を折り直す。
「最後に、異世界人の知識だ。お前らも知っての通り、この世界には勇者や転移者として異世界から来る連中がいる。連中は連中の世界の理屈を持ち込んできた。あたしらはそれを元にして魔道具作りに応用してきた。今お前らが使ってる道具の大半は、直接にせよ間接にせよ、異世界の知識がどこかに入ってると思っていい」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
つまりこの世界の魔道具には、俺が前世で見てきた地球の工業製品の発想が組み込まれたりしている訳だ。
「で、ここが大事だ。よく聞け」
イモルタは作業机の縁に手を置き、教室を見渡した。
「例えば今言った異世界の知識ってのは最初は疑われもした。ほんとに有用なのか、危険はないのかとな。だが、時間が経てば『当たり前』になっちまう。当たり前になったもんは、疑う奴が少ねぇ。それが、あたしらみたいな職人にとっての落とし穴だ。優秀な職人ってのは、他人より手が器用な奴じゃねぇ。『なんでこうなってんだ』って考えられる奴のことだ」
『なぜ』かを『考えられる』ね。
ごく当たり前のことを言っているようで、実は結構な本質を突いている。
「……ま、座学なんざこんなもんで十分だろ」
イモルタが小さく肩をすくめた。
「あたしは口で説明するより手を動かしたほうが早ぇと思ってるタチでな、詳しいことは実技の中でやろうじゃねぇか。習うより慣れろってやつだ。少なくともあたしの授業じゃそれこそが真理だ」
教室にわずかなざわめきが広がる。だが、不満の声ではなく、どこか高揚したような空気だ。
「じゃあ、ちと短けぇが4限はここまでにするから小休止だ。集中力切らした奴の作業は事故の元だからな」
イモルタがそう言って、奥の扉の向こうへ消えていった。
フェンが小さく息を吐いた。
「ドラゴ、なんつーか、すげぇ先生だな」
「ああ」
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5限。
休憩時間が終わると、教室の真ん中に大きな木箱が運び込まれた。イモルタが生徒の前に立ち、箱の蓋を片手で外す。
「今日の課題だ」
箱の中から出てきたのは、片手で持てるくらいの大きさの、長方形の機械だった。外装は金属と何かの合成素材、表面の一部には光を通す水晶がはめ込まれている。側面には小さなボタンが並んでいる。
「これ、携帯通信機か」
フェンが呟く。まぁ地球のスマホだな。
「そうだ。といっても民間用じゃなく、学院で開発・運用をした旧世代の端末を訓練用に貰っておいたものだな。今日は各自これを1つ受け取って、分解と機能の分析、そして再構築をしてもらう」
生徒たちが一斉に反応する。分解と再構築、バラして、見て、組み立てろってことね。
「課題の内容は単純、この部屋にあるもんは何を使ってもいい、工具でも、部材でも、あたしの飲みかけの水でも好きにしろ。質問は作業中に受け付ける。ただし、自分で考える前に聞きに来たら、その場で追い返すからな」
生徒たちの顔に、どう手を付けていいか分からない、という色が浮かんでいる。それを見て取ったのか、イモルタがふっと口の端を上げた。
「……まぁ、ひよっこどもにちょいとだけヒントをやる」
教室の空気が少し弛んだ。
「その通信機に使われてる刻印は、大きく3種類だ。外装を留めてんのが『固定刻印』。魔力を流すための道が『伝導刻印』。領域を区切って干渉を抑えるのが『遮断刻印』。……この3つの名前と役割がとっかかりにはなるはずだ」
イモルタは机を指でコンコンっと軽く叩いた。
「もう1つ。中を開けたら、薄く魔力を流しながら見ろ。魔力の流れが光るところと光らねぇところで、どこが何の役割か見当がつく。職人の基本だ」
そう言って、イモルタは手近な机から短い鏨と、傷だらけの金属片を取り上げた。
「それから、固定刻印を刻みなおしてもらう。刻印を彫る段になったら道具はそこにある物を勝手に使え。使い方はこうだ」
鏨の先を金属片に当て、軽く押し込みながら、柄の方に指を添える。鏨の先から薄い光が走り、金属片の表面に短い線が刻まれた。彫るのと同時に、鏨を通して魔力が流れ込んでいるのが見て取れる。
「彫りながら、同時に魔力を流す。そうすりゃ彫り跡と一緒に、魔力のマーキングが媒介に刻まれる。それが刻印だ。……いいか、技術は見て盗め。あとは繰り返して自分のものにするんだ」
何人かが小さく頷いた。俺も同じように頷く。刻印の名称は初耳だが、言われてしまえば用途と名前が一対一で対応しているのは腑に落ちる。鏨の扱いも、見よう見まねで失敗を恐れずやってみよう。
生徒たちに通信機が配られる。俺の手にも1つ渡された。
スマホサイズかと思ったがタブレットとスマホの間のような大きさだな。表面の水晶部分が画面、その下の小さなボタンが操作部、と見て取れる。
「……」
前世のスマホとタブレットを知っていると、如何せんこの端末の大きさの中途半端具合が気になるな。
厚みも通常のタブレットの倍近く、画面の範囲も狭いな。
手の中で裏返したり、側面を撫でたりしながら、観察する。
「ドラゴ?」
フェンに呼ばれて、我に返る。
「どうしたんだよ、じっと見て」
「いや、少し気になってな」
「たしかに、携帯通信機なんて高級品だもんな。一般じゃお目にかかれないぜ」
フェンは完全に誤解しているようだが、訂正するほどのことでもない。俺は軽く頷くだけに留めた。
「分解するぞ」
俺は机に通信機を置いた。外装の継ぎ目に沿って、細い線状の刻印が走っている。イモルタが言っていた『固定刻印』だろう。試しに指先から薄く魔力を流してみると、刻印の一部が淡く光った。光った順に、外装のパーツがカチリ、カチリと外れていく。
なるほど、魔力を通す順番で解除が決まる仕組みか。
中を開ける。
「……これは」
内部には大きな魔法陣が、薄い金属板の上に一面に描かれていた。複雑で緻密だ。陣の中には細かな仕切りが入っていて、領域がいくつかに分かれているように見える。
試しに、陣の端から薄く魔力を流してみる。
最初に光ったのは、左上の領域だった。すぐに、入力ボタンの下あたりが反応する。入力、か。
次の領域に流し込むと今度は、水晶の表面がほんのりと発光した。今度は、表示っと。
さらに流すと、右下の領域が熱を持った。通話用の魔力増幅部と推測。
最後の領域は、魔力を与えても発光も発熱もしないまま、ただ静かに吸い込んでいった。記録、だろうな。
通話、表示、入力、記録。1枚の板の上に、4つの機能が全て展開されている。仕切りに使われているのが、おそらく『遮断刻印』だな。領域同士の干渉を抑えるため、機能と機能の間を区切っている。
……イモルタのヒントと、自分で流してみた挙動の両方から、構造が読めてきた。
中途半端なサイズの原因はこの魔法陣のサイズってわけね。確かに、これ以上小さくするのは難しそうだな。
魔法陣を平面に展開している限り、描ける情報量には限界がある。
通信端末の大きさは、この魔法陣を描く板のサイズによって決まっているということだな。
――だが、本当にそうか?
もう一度、板の表面に目を落とす。遮断刻印で区切られた4つの領域。通話、表示、入力、記録。それぞれは遮断刻印できっちり仕切られ、互いに干渉しないように分かれている。
仕切られているということは、すでに独立しているということだ。機能ごとに独立しているのに、こいつらは同じ1枚の板の上で肩を並べている。
「……ん?待てよ」
なんで、平面でやる必要があるんだ?
それぞれの機能が独立しているなら、別の板に分けて重ねればいいのでは?
そこまで考えた瞬間、前世の風景が思い浮かぶ。
――これってパソコンじゃないか!
マザーボードの多層基板。層ごとに機能を分けて、必要な部分だけを層間で繋ぐ構造。ゲーミングPCをいじくり回した、あれと一緒だ!
魔法陣同士の接続をどうしよう、という疑問が一瞬浮かんだが、すぐに打ち消した。
陣を繋げておきたい部分だけ、伝導刻印で接続点を作ればいい。他の部分は遮断刻印で仕切る。層ごとに独立していて、必要な場所だけ通じている構造なら干渉はしない。
イモルタが言っていた3つの刻印の役割を、そのまま立体に持ち上げるだけだ。
「……できそうか、これ」
声に出していた。
机の端に、分解した通信機の部品が並んでいる。周りを見渡す。この教室には材料が山ほどある。金属板も、水晶片も、刻印用の工具も。
イモルタが言っていた。この部屋にあるものは何を使ってもいい、と。
「……よし、やってみるか」
俺は立ち上がり、作業机の間を歩き始めた。必要な部材を頭の中で組み立てながら、1つずつ拾い集めていく。
隣の作業台では、フェンがまだ分解の途中で悪戦苦闘しているのが聞こえる。他の生徒たちも、ほとんどが外装を外すところで止まっている。
そんな中、俺は自らの発想と好奇心を満たすべく必要そうな部材や工具を漁り、手に取って作業台へと戻る。
金属板を4枚、サイズを揃えて切り出す。刻印用の短い鏨を手に取る。さっきイモルタが見せた手の動きを頭の中で反芻した。彫りながら魔力を流す、それだけだ。
席に戻り、分解した通信機の部品を机の端に並べる。元の陣のパターンが観察しやすい位置だ。伝導刻印、遮断刻印、固定刻印――彫り方のお手本は、目の前にあり、あとはこれを機能ごとに切り分け、4枚の板に描き分けるだけだ。
頭の中で既存の魔法陣を4分割していく。通話回路、表示回路、入力回路、記録回路。それぞれを4枚の板に描き分け、層間の接続点をどこに設けるか。
作業に没頭していたので、いつイモルタが近くに来ていたのか分からなかった。
気配に気付いて顔を上げると、彼女は腕を組んで俺の机の脇に立っていた。表情は変わらない。ただ、鶯色の瞳だけが、俺の手元と、机に並んだ4枚の板とを交互に見ている。
「ニッキー先生、すみません、勝手に部材を」
「親方と呼べ」
「は?」
「いいから親方と呼べっ!!」
「はいっ!!親方っ!!」
「……で?」
イモルタ、いや、親方が1枚の板を指した。既に半分ほど刻印を彫った、入力回路の板だ。
「なんでだ?」
短い問い。
答えを予想しているわけでも、当てようとしているわけでもない声だ。ただ、純粋に聞いている。
「元の魔法陣が1枚に全部詰まっていたので」
俺は手を止めずに答えた。
「機能ごとに分けて、重ねればもう少し小さくできると思いまして。陣を繋げたい部分だけ、層間の接続刻印で通す。他は遮断刻印で絶縁するみたいな感じでいけそうな気がしたんで」
親方は何も言わなかった。
ただ、組んでいた腕を解いて、机の脇にあった作業椅子を引き寄せ、ごく自然に俺の隣に腰を下ろした。
「続けろ」
一言だけだった。
俺は頷いて、刻印の続きを彫り始めた。
親方は、動かない。ただ、見ている。
時折、何かを確認するように首を傾げ、4枚の板のうちの1枚を指先で軽くずらしたりする。だが、口を挟むことはない。
ふと、手が止まって、顔を上げる。
気づけば、教室中の生徒が俺の作業台の周りに集まって、じっと作業を見つめていた。
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