第六四話「最後のあがき」
5分ほどでライラさんの治療はひとまず終わったみたいだ。
「……はい、これで大丈夫のはずよ」
「あ、ありがとうございます」
ライラさんは先程、素手で溶岩をビンタするという無茶をやってのけ、その治療を水の魔法が使えるリィゼが請け負ってくれたという次第。
彼女は『魔言』で操られてるはずだけど、意外と普通の対応もしてくれるんだな。
。もしかしたら『魔言』の影響は自分とエリニテスに対する認識ぐらいにしかかかってないのかもしれない。
治療を終えたライラさんの手には、燃えずに残っていたそこいらのシーツを包帯代わりに巻いてあり、その下の手は大火傷ではあるものの、《ミサイルプロテクション》のお陰でギリギリ治癒できるレベルで収まったらしい。
何はともあれ山は超えたってことだろう。
そうして自分は気を緩めてしまう。
魔言の問題なんてまったく解決していないのに、だ。
そのしっぺ返しは即座にやってくることとなった。
「礼には及ばないわ。その代わりといっちゃ何だけど……」
ヒュンという風切り音。鋭い刃のきらめき。
それはライラさんの首元に出現した。
「少し怖い思いをしてもらうわ」
「え、ひっ────」
神速で抜き放たれたレイピアがライラさんの首筋にあてがわれている。
「この子を傷つけたくなかったら、そこで大人しくして、私たちを見逃しなさい」
「……え? えっと」
眼前の展開に理解が追いつかず、自分は首を傾げて呆然としてしまう。
文字通り自分はボケていた。
「っだから、人質よ人質! この子を無事に返してほしければ私達を見逃しなさいっていうね!」
反応が鈍い自分をを見かねてリィゼさんは声を荒げて己の要求を述べる。
そこでようやく自分は事態を理解して、してやられたのだと悟った。
ライラさんを人質に取られた。
リィゼさんが大人しくこっち陣営のライラさんの治療をしてくれたのは人質に取るためだったんだ。
マグマスライムの問題が解決したら今度はこれだ。
どうしよう……。
戦闘に関してここ数日めちゃくちゃ仕込まれたけど、こういう状況での対応と言われるとどうするのがベターなんだろうか。
ここにいるメンバーでオリヴィエさんとロッシさんはもう満身創痍で助けは期待できない。
かといってここにいないメンバーの助けを期待するなんて夢見すぎな話だ。
「悪く思わないでよね、アルコンはともかく、私がここから逃げるにはこれくらいしかないのよ」
「わ、私をどうする気ですか……」
ライラさんが不安げにリィゼさんへ問いかける。
彼女は先程の覚悟に溢れた態度とは打って変わって普通の少女のように怯えていた。
「一緒に私達の拠点に来てもらうことになるわね。まぁそっちの方があなたにとってもいいわよ。死神なんかと一緒にいるよりはね」
「……そうですか」
一緒に、つまりライラさんが連れされちゃうってことか。
イコール魔言でライラさんが敵に回るてこと。
戦力評価的には彼女の評価は結構高いと思ってる。
さっきのマグマスライムみたいな強力な使い魔を召喚することで間接的に戦力に寄与できるし、ヒポグリフのピュゼロは人を乗せて飛べるというだけでアドバンテージだ。
そうでなくても彼女は風の第三階位の魔術師でもある。魔力量はほとんど使い魔との契約に回していて自由に使えるものはあんまりないみたいだけど、それを補って余りあるポテンシャルを彼女秘めている。
「それにしても、あなたの胆力なら、ちょっとくらい歯向かってくるかと思ったけど、案外素直なのね」
「ウチの子だったらあの通り話せばわかる子ですけど、それをあなたにもできるかと言われると……」
「まぁそうね、ほだされる気はないわよ、えぇ」
自分が逡巡している間にあちらの会話が耳に入ってくる。
当然ながらライラさんは自分でどうこうできる状況じゃないみたいだ。
とするとやっぱり自分でなんとかしないと……。
けれど大鎌はそんな素早い武器じゃない。
こっちの攻撃より、レイピアが首筋を切りつける方が早いのは明らか。
なら魔法で、と思ったけど、こうも真正面で対峙していると詠唱は無理だし、魔法陣でも厳しいか。
それに……。
自分はチラリと後ろの様子を伺う。
そこにいるのはアルコンさん。
先程の戦闘で一度無力化したものの、マグマスライムのごたごたで復帰を許してしまった。
彼が大曲剣を肩に担いで、事の成り行きを見守っている。
ここまでがら空きの背中を見せているのに攻撃してこないのは、さっき一方的に打ちのめしてたお陰だろうけど。逆に言えば、今リィゼさんに攻撃をしかけようとしても、アルコンさんが阻止しに来るだろう。
んーとこれ、詰んでね?
自分ひとりでライラさんを救い出すのは不可能では?
縋るような思いで、オリヴィエさんの方を見やっても、彼女は苦渋を舐めたような表情をして首を振る。
つまり、ライラさんは諦めるしかないってことですか……。
そんな……。
そうして自分が手を出しかねている内に、リィゼさんは人質を捕らえたまま、ジリジリとすり足で、後退していく。
沈黙は肯定であり、否定には刃を以って対価とする。
返事がないのなら、要求通り人質を連れて離脱する、ということだろう。
折角、自分は強くなったのに。
かかる火の粉すら自分は払えないのか。
そうして自分は無力感に打ちひしがれ、立てていた大鎌の刃が下を向く。
だけどその瞬間。
この場の誰にとってものイレギュラーが視界の端から跳ねてきた。
それは白っぽい金の毛に覆われた小動物だった。
それは赤い目を持ち、羽のような耳をピンと立った耳をした兎だった。
それは鋭い角を額から生やした幻獣だった。
角兎のエシャロット。
ライラさんの使い魔。
エシャロットはいつの間にかリィゼさんの背後にまで詰め寄ってきた。
そして、その角がリィゼさんの背中に向けて、発射される。
「後ろだリィゼ!」
「なっ!? あっぶな!」
だけど、エシャロット渾身の突進は、直前にアルコンさんが声を上げたことで、すんでのところで回避されてしまう。
だけどそれは確かに隙を生んだ。
そして嬉しい誤算はもう一つあった。
「角兎!?」
「おいリィッ……くそ!」
その「嬉しい誤算」の妨害をされないよう、自分は大鎌を大きくブンっと振るって、アルコンさんを牽制する。
そうだ、まだ自分には頼れるものが残っていた。
自分一人で何もかもできるなんて、おこがましい。
どれだけ強くなっても体は一つしかないんだから、無理なことだって出てくる。
「な、あんたは!」
電光石火。
エシャロットを追うようにして飛び込んできたのは、ケイティスことケイ君。
自分にとって一番付き合いの長い彼と、自分は一瞬のアイコンタクトで役割を分担した。
彼は、リィゼさんの懐に潜り込み、ライラさんを怯えさせているレイピアの刃に向けて逆手に構えたナイフを、刃の内側に潜り込ませ、外側へと掻き分けるようにして振るった。
それで刃の拘束は解かれる、そうしてケイ君はライラさんの腕をぐりっと掴んで引っ張り寄せる。
「いッ!」
「……同じ水使いですよねリィゼさん」
それを取り返そうと、反射的に振るわれたレイピアをケイ君は年齢相応の身長を活かして、すこし屈むだけで回避し、反撃に彼女の手を浅く切り裂いた。
「何をっ!」
ピッと床板に血の斑点が筋を作る。
思いもよらぬ反撃にリィゼさんは手を引っ込める。
これにより、完全に人質であるライラさんは救出された形となる。
「……そうだけれど、それがどう、……あー……、そういうことね」
カランと、レイピアが彼女の手から落ちる。
それを握っていたはずのリィゼさんの右手は、ピクピクと痙攣していた。ケイ君が何かしたのだろう。
「マンティコアの毒です。その量でも指を麻痺させるには十分でしょう」
その正体は、マンティコアの尻尾の蛇から抽出される毒だった。先のマンティコア戦で毒霧を撒き散らして散々手こずらせてくれたと聞く。それをケイ君は己の武器にしていたってことか。自分がみんなからご指導を賜っている間に、ケイ君も新しいものを手に入れたんだ。
そうしてリィゼさんは忌々しげな表情をしながら、ケイ君に言葉を返す。
「くっ、してやられたわ。あの角兎なんて勘定に入れてなかったし、あんたのことなんか取るに足らないと、切り捨ててた」
「それはどうりで……不意を打ちやすかったわけです」
「っ……減らず口を……」
レイピアを持つ右手を無力化されたことで、遂にリィゼさんは両手両足を負傷し、戦闘できる状態じゃなくなったわけだ。
これならさすがにケイ君の方に分がある。
この場は完全にこっちのものだ。
残る敵は自分が足止めしているアルコンさんだけ。
「クソっ! 失敗か! ならっ……」
「あ!」
リィゼさんが無力化されたのを悟るやいなや、襲撃者のもう片方であるアルコンさんは、踵を返して離脱しようとする。
彼は未だに炎燻る、部屋と芝生の境界を物ともせず踏破し、開けた草原へと飛び出してしまう。
リィゼさんが逃亡できる目がなくなったから、一人で逃げるつもりか!
「逃がすか!」
自分も大鎌を携えて飛び出す。けれど、反応が遅れた。
彼は大曲剣を走りながら変形させ、さりげなく確保していたらしい槍矢を番えようとしている。槍矢を介して遥か遠方に《リープジャンプ》されれば、もう追いかけるのは困難だ。阻止しなければならない。
だが彼我の距離はおよそ5m強。
大鎌のリーチでも届かない。
なら。
自分は喉に魔力を押し上げながら、大鎌にも魔力を受け渡す。
『お、やんのかァ』
うん。頼むよ。
細く息を吸い込み、合わせやすいようにワンテンポ置いてから詠唱を始める。
「“彼我の”・“間合いは”」
『“矢弾の距離ィ”』
自分が詠唱の第一節を唱えれば、それに追従する声がする。
バロルだ。
魔法詠唱を分割することで倍の速度での詠唱を実現する、意識が二つある自分ならではの魔法運用。
名付けるなら並列詠唱ってとこだろう。
「“この一歩で”」
『“刃の距離までェ”』
これもこの4日間で培った技術の一つ。
以前まで詠唱を覚えるのをめんどくさがっていたバロルを説き伏せ、特定の魔法句を覚え込ませたのだ。
つまり自分は、こういうときに備えて魔法をサッと使えるしておいたってわけ。
「《リープステップ》!」
というわけで発動させた魔法は第ニ階位の空間魔法。
特定の空間を収縮させ、その距離を詰める魔法。
魔法によって空間が歪められ、自分の一歩が伸びる。
これなら、届く。
「させませんよ!」
大鎌一閃。
断たれるものは弓の弦。
「んな!」
円月のように振るわれた刃は、正確に弓の弦を断ち切った。
中途半端に引き絞られた弦が蛇のように跳ね回り、支えを失った槍矢がボトリと地に落ちる。
これで《リープジャンプ》は使っても意味がなくなった。
あとはアルコンさんをさっきと同じように無力化するだけ!
自分は一歩分、下がりながら大鎌の刃を立てる。
そしてちょうどいい位置に刃をあてがう。
つまり、アルコンさんの首元へと。
シンとした静寂。
それはつまりアルコンさんに詰みの一手を突きつけたということ。
「もう変な気を起こしちゃダメですよ」
「チッ……くそっ……八方塞がりだ畜生」
さしものアルコンさんも大鎌で脅されてはもう迂闊な動きはできまい。
それを裏付けるように、彼は弦の切れた大弓をそこらに投げ捨て、両手を上げて降参の構えを見せる。
「じゃあ。大人しくしててくださいねー」
アルコンさんを完全に無力化しなくちゃ。
適当な拘束系の魔法……。《フロストバインド》でいいか。
そうして自分は詠唱をしながら、ふと後ろを振り返れば、ケイ君がリィゼさんに何やら魔法をかけているところだった。
おそらくあっちも完全に無力化するために、デバフでもかけているってとこか。
それを見届けつつ、自分も魔法を完成させ、アルコンさんの手を後ろに回ささせて、そこに《フロストバインド》で凍りつかせる。
解凍に関しては専門家がいるので問題ないでしょう。
これでこの戦闘は終わり、だね。
朝っぱらからの襲撃、アルコンさんとリィゼさんという確かな実力者に相当の痛手を負わされ、マグマスライムの一悶着もあったけど、何はともあれ誰一人欠けることなく、逆に襲撃してきた二人を確保することができた。
魔言に関しても、それに操られている二人が確保できたなら何らかの進展があるはずだ。
朝日はとっくにムグスール山を飛び越えて、燦々とした日光が降り注ぐ。
爽やかな風が草原を駆け抜け、戦いの熱を拭い去っていく。
自分達は勝ったんだ。
ようやく戦闘終了ですね。
長かったぁ……。




