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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
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第六五話「眷属の契約」




 戦闘は終わった。

 ということで種々の事後処理に移ったのだが、ここで問題が発生した。


「……えーと……うーん……」


溶岩の塊は未だにここにある。

 ライラは《ハウルスク》の説得が成したことにとりあえず喜びつつも、それ以降のプランがないことに難儀していた。

 ひとまず、なんとかこうとか指示を飛ばし、その指示が功を奏したかは分からないが、宿に張り付いていたハウルスクを後退させることに成功した。

 今は宿前の芝生の真ん中辺りにまで溶岩塊は移動している。


 ライラとハウルスクの間にあった契約関係は、もはや完全に消滅している。仮にここで契約を持ちかけたとしても、ライラの魔術師メイジとしての資質では《ハウルスク》と再び契約することは叶わないだろう。

 だがそれをしなければ、ハウルスクを元の場所に帰すことができない。


 仮にもここは地方都市、それ相応の人口を誇るクームだ。そのはずれの耕作地帯で早朝という目撃者が少ないであろう場所・時間帯であろうと、このままぐずぐずとしていたら騒ぎになってクーム側からハウルスクをどうにかしようとする動きがあるかもしれない。


 だが、いくら考えてもライラの頭でハウルスクをここから安全な場所へ、できることなら元の棲家であるヴォロス南方の火山へと送り届ける術を思いつくことができなかった。


「どうしよう」


 結局ライラは見上げるほどの体積にまで膨れ上がったマグマスライムの前で途方に暮れることとなった。


「兄さんこそ、こういうとき頼りになるのになぁ」


 そして言葉端に文句のニュアンスを滲ませながら、兄であるユークの不在をぼやく。

 ライラは魔物学者で、多数の使い魔を従えているものの、その際に交わされる契約についてはユークに一任していた。


 元々ライラが幻獣や魔物に興味を持ったのも、幼いころ、兄が使い魔を召喚する機会に居合わせ、兄は召喚という現象に興味を持ち、妹は召喚された生き物に興味を持ったからだった。

 そこから自然と、兄が契約関連の細々としたセッティングを整え、妹が召喚された生き物と心を通わせる。

 この兄妹はずっとそうしてきた。

 そちらの方が完成度の面で良いし、彼女は兄のことをその点において全幅の信頼を置いていた。


「おれを呼んだか妹よ?」


 その声に応える声があった。

 その資格があるのはたった一人で、それはつまり。


「兄さん! 今までどこ行ってたの?」

「やっと仕込みが終わったところだ。存外時間がかかってしまった」


 振り向いた先に立っていたのは、たなびく白衣に、陽光に反射する眼鏡が印象的な赤髪の男性。

 ユーク・アルトフォスその人であった。

 彼は丘の向こうの方からこちらへとやってきたようで、つまり今まで外に逃れていたのだろう。

 それを見てライラは表情を和らがせた。

 それは皆が無事だったのを確認できたのと、兄が駆けつけてきてくれたことにより「これでなんとかなる」という安心感がゆえであった。


「今までどこに……」

「研究室で仕込みを終わったあと、あらかじめ設置していた、転移の魔法陣で魔獣どもの包囲を飛び越えて、氷漬けのマンティコアの下に赴いた。途中で少年と兎を拾ったが、役に立っただろう?」

「うん! ケイ君もエシャロットもわたしがすっごい危ないときに助けてくれたんだよー」


 一行が結果的に貸し切りにしている宿「大庭園の宿り木」から150mほど離れた位置には巨大な氷塊がある。

 その中には 獅子の体に大蛇の尻尾、蝙蝠の羽と人の顔を持つ幻獣、マンティコアが封じられている。

 そのマンティコアはエリューへの追撃としてエリニテスから遣わされた魔獣の一体で、それをここにいる全員の力でなんとかたおし、氷の中に封じたものだ。

 今はクームの役人と話し合い、王立神秘院の研究員という肩書アルトフォス兄妹が持っていたことも手伝って、マンティコアの管理と監視は一行に一任されていた。


「でもマンティコア? なんでまた」


 兄の行動の意味を図りかね、ライラは質問を投げかける。


「あの屍体は様々な利用価値があったのだが、この緊急事態に際し、一番つまらん使い方をする運びになった。全く腹立たしいがな」


 そう言いながら後ろで拘束されているアルコン・リィゼを憎々しげに睨みつける。

 彼らの襲撃のせいで折角の被験体を無駄使いさせられたわけだ、憤るのも当然だろう。


「へー、それでどうやって使うの?」

「あれを魔力タンクとして使用し、《ハウルスク》を送還する」


 ユークの話したプランは、そのマンティコアに残った魔力を使って、ハウルスクを送還しようというもの。

 だがそのプランはそこだけを聞いた分には成立していない。いくら魔力があろうとそれはただのエネルギーでしかなく、それをこねくりまわす魔法という手段がなければ、当座の問題はどうにもならないのだが……。


「そっか! さすが兄さん抜かりないー! 魔力さえあればなんとかなるんだね! じゃあさっそくやろ!」

「あぁ、早速かかろうか」


 ライラは兄に全幅の信頼を置いているがゆえに、その仔細を訊くことはしなかった。








 というわけで白羽の矢が立ったのがエリューだった。


「エリュー、こっちに来てって兄さんがー」

「えぇ、なんですかライラさん。というかユークさんも無事だったんですね。それはよかったですけど……えぇっと正直こっちも色々ドタバタしてるんですけど……」


 彼女はややげんなりした表情でやってきたライラに言葉を返す。

 朝一番に狙撃されて即死し、その後二対一で大立ち回りを演じ、今はその襲撃者達を完全に無力化するために、魔法的拘束を幾重にもかけているところで、かなり忙しい部類に入るだろう。


「んーと? なんか兄さんいわくエリューちゃんにはやってもらうことが幾つかあるから手早く片していかねばいつまで経っても終わらないとか言ってた、よ?」

「え、えっとその……まじ?」

「あんまりのんびりもしてられないしさ、お願いっエリューちゃん」


 ライラはパンッと手を合わせ、分かりやすいお願いのポーズを取る。

 それに対してエリューはやりかけの拘束を宙ぶらりんにし、それと、一緒に作業をしていたケイティス交互に見やる。どちらを優先するか思いあぐねているようだ。


「こっちは大丈夫ですエリューさん。あちらの用事を片付けてきてください」

「そう? ケイ君がそう言うなら……」


 それに対してケイティスが手を上げ、エリューをあっちに行くよう促す。その厚意を無下にする理由もなく、自ずとエリューはライラに導かれるまま、外の芝生へと出ていった。







 自分は見上げるほどの溶岩球の前まで案内された。

 言うまでもない、先のマグマスライムだ。


「《ハウルスク》の処理に君の助力が必要なのだ」

「え、自分がですか?」


 自分にとってその話はまさに寝耳に水だった。

 あのマグマスライムに関しての問題は収束したんじゃ?

 ということを質問すると、今現在マグマスライム、えーとハウルスクっていう名前なんだっけ? それに関する問題を手短にユークさんから解説をしてもらった。


 ハウルスクは成長しすぎて、ライラさんとの使い魔契約を引きちぎってしまった。

 そして理由こそ分からないものの今は大人しくなっている。だがそれがいつまでも続くわけはない。

 だから早急にハウルスクを元居た棲家へ返さないといけない、と。

 それに対して自分が何をできるんだ?


「方法は2つある」


 訝しむ自分をよそに、そういってユークさんは指を2つ立て、まるで大学の講義のような論調で語り始めた。


「一つは、第四階位以上の空間魔法で生息地である火山に直接送りつける方法だ」


 なるほど。考えてみれば当然の解答だ。

 まぁ空間魔法ならそういうこともできるか。

 うん? でもそれって、そもそもの前提が成っちゃいないような……??


「え、でも私の空間魔法第二階位ですよ」

「あぁ、おれでも第三階位だ」

「だめじゃないですか」

「いや、一応か細い可能性がないこともないのだが……」

「……?」


 か細い可能性?

 自分でもユークさんでもない空間魔法使い……。

 あー、一人いますけど……今その人味方じゃあないですよね。


「あの男……、あの大弓を使っていた男だ。あいつも空間魔法が使えるようだが、第何階位だ?」

「え、えっと……」


 案の定アルコンさんのことでした。

 自分は記憶を遡る。

 アルコンの戦闘シーンをお目にかかったのはこれまで3回。

 以前のギガントコボルト戦、先日のオルゼ空戦、そして今さっきの襲撃。

 その中で二度ほど槍矢に刻まれた《リープジャンプ》の魔法陣を解析したけど、たぶん第二階位相当だったと思う。


「たぶんですけど、ご期待に添えるものではないかと……」

「まぁ、そんなものだろうな。ハナから期待はしていない」


 えぇ……今の話意味あったの……?

 まぁ、といことは二つ目のプランが本命ってことかな。


「二つ目は、君が《ハウルスク》の主となる方法だ」


 そうして自分には使い魔契約の話が降って湧いた。







 ユークさん曰く。

 死神という存在は普通の生物より上の存在なのだそうだ。

 まぁ不死だし、何もしなくても雑魚魔物は逃げてくし、子どもにはあんまり懐かれないし、そういうものなんだろう。

 だから特に何もしなくても、死神という種族であるだけで、使い魔の主として素晴らしい素養があるとか。

 そうでなくても自分はマジックユーザーとしてライラさん以上の技量はあるし、これ・・と契約するのに不足はないだろう・。


 つまりライラさんとの契約が引きちぎれたのなら、もっと強い奴と契約させればいいということらしい。


「兄さんー! 準備終わったー?」

「あぁ! もうじきに終わる!」


 ライラさんとユークさんが言葉を交わす。

 契約の準備は順調のようで、芝生には契約用の巨大な魔法陣が描かれていく。

 ただその作業はユークさん一人でやっているわけではなかった。


 今自分たちには、せっせと魔法陣を描く……

 ……多腕巨人ヘカトンケイルの姿があった。


 信じがたいことにこれ、ユークさんの使い魔だそうで、名前はアームズというそうだ。ネーミングが安直な気がするけどまぁそれは置いておこう。


 ヘカトンケイルは3mほどの比較的小型の巨人族である。

 その最大の特徴は多腕の名の通り、6本もの腕を持っていることである。

 といってもその腕の使い道は乱暴な目的のために振るわれるのがほとんどであったが、このケースでは違っていた。

 あろうことかこのヘカトンケイレス、助手としてこういった大規模魔法陣を書くのにしばしば駆り出されているのだそうだ。

 腕が6つもあればそりゃあ手早く魔法陣を書くのに向いてるだろうけどさ、体も相応に大きいし。


「ユークサマ。オワッタ」

「ご苦労。待機しろ。最終調整はおれがやる」

「ハイ」

「あ、喋れるんですね」


 意外にも喋れたアームズは魔法陣の中心からドスドスと芝生に足跡を残しながら出ていく、それを自分は横目で見送りながら、改めてアルトフォス兄妹、ハウルスクの方を順に見やり、そして正面に描かれた魔法陣を眺めた。


 魔法陣はゆうに直径10mにも及びそうな巨大なもの。これならハウルスクの巨体でもギリギリ収まるだろう。

 これを10分そこらで書き上げるなんてあのヘカトンケルのアームズ君すごいな。


 それから3分ほどでユークさんは最終調整を終えたようで、魔法陣から出てきた。

 それと入れ替わるようにして、ハウルスクは魔法陣の中心へと這いずっていく。どういうカラクリだろうと思ったけど、そういう小細工もあの魔法陣に仕込んだんだろう。


「では始めようか」

「はーい」

「はい」


 自分は一つ深呼吸をして、呼吸を整える。

 と、いってもそんな気負う必要はないって話だけどね。

 目の前に敷かれた魔法陣のサポートがあるから、自分がやるのはそれっぽい詠唱を組み上げて契約をするだけ。


 でも自分の初めての使い魔だ。

 気合を入れなきゃって気にもなろうて。

 一応さっきの魔法陣を描いている間に、ライラさんから契約についてのアレコレはご教授してもらった。

 なんか説明が大分ふわふわしてたけど、まぁなるようになるでしょう。

 自分は喉に魔力を集める。

 

「“この刻からカーロ”・“自分が貴方の主だウィキオス”」


 自分はさっきライラさんの覚悟を、信念を、在り方を目の当たりにした。

 彼女はハウルスクと友だちのように接していた。

 悪いけれどあれをそのままやれと言われても、それは無理な話だ。自分はライラさんじゃないんだから。

 あんな狂気じみた博愛精神を写し取っても歪になるだけだ。

 だったら自分は自分らしく、死神は死神らしく、このマグマスライムと契約してみせようじゃないか。


「“死神であるモルス”・“自分にはエゴ”・“地の底からソルムンドゥス”・“噴き上がるコンフラグラ”・“地獄の炎がイグニンフェル”・“相応しいイードメアム”・“そうは思わない?ネプイツ”」


 自分は思うがままを吐き出した。


 何か分かりやすいことが起こったわけじゃない。

 でも確かな繋がりのようなものを自分は感じた。

 自分の魔力がどこか別のところに在るという不思議な感覚。


 かくして契約は成された。


 自分は一歩を踏み出す。

 眼前にそびえ立つ見上げるほどの溶岩の壁、そこから発される目を灼くほどの眩さも、吹きつけられる熱風も、なんだか心地よいものに思えた。


「よろしく、ハウルスク」


 そうして自分は、新しい友だちができたみたいに話しかける。

 さすがに握手とかはできないけど、目一杯の友愛の情を示す。


 その直後、ハウルスクはその灼熱の粘体をぶるると震わせた。

 かと思うと。


 ゴーーーッッ!

 と低い唸り声のようなものを上げる。

 さながら火山の噴火のような衝撃を伴って、朝のクームに轟いた。

 猛烈な熱風が駆け抜けていき、自分の頬や髪をなぶる。

 

 この反応はきっときっと自分を受け入れてくれたってことなんだろう。

 というか……。

 

「吠えれるんですね」


 スライムが咆哮するという意外さに自分は正直な感想を零したのだった。

 


 


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