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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
55/75

第五五話「召喚術概論」

短めです。

ですが明日も更新します。




 自分はあれ以降オリヴィエさんの付き添いのもと複合詠唱の練習をずっと続けていた。

 昼過ぎからぶっ通しで3時間くらいかな。


 例えば。

 火と風を混ぜて炎の竜巻を作ったり。

 風と闇を合わせて、マジで見えない風刃を作ったり。

 闇と水で瘴気の霧を作り出したり。


 ほんと色々な複合魔法を試していた。

 そして自分は今も思いついた魔法を試そうとしていた。前世の知識にある、兵隊さんがピンを抜いて投げるパイナップル型のあれを参考に、魔法で再現してみようとしたのだ。


「“炎を押し固めよフロウゴーマ”・“土玉が凝するはドゥログローブスルム”・“破砕の炎フレンディスプロド”・“我の手メアマヌ”────」


 だがそこでぷっつりと自分の詠唱は途絶えた。


「あ」


 オリヴィエさんは呆気にとられたような表情をしていた。

 ふわりとした浮遊感。まるで脳味噌に羽が生えて昇っていくような感覚。

 限界を超えて頑張っちゃったときのやつ。


 つまり自分は魔力切れを起こして意識を失ったのだった。







「ん……」

「あ、起きた。兄さんーエリュー起きたよー」


 ぱっちりと目を開ける。

 自分が目を覚ましたのは知ってる天井。というか午前に足を踏み入れたユークさんの研究室だった。

 相変わらず散乱した書籍群と巻物スクロールに壁面を埋め尽くす魔法陣の数々。今すぐここでサバトでも開けそうな空間だ。

 そこのベッドに自分は寝かされていた。まったくこだわりが感じられない硬いベッドだけどそもそも使っている様子すらない。

 たぶんユークさんは椅子で寝るのが得意なタイプなんだろう。


 ってそうじゃなくて。

 どうして自分はまたユークさんに厄介になっているんだ?

 自分はオリヴィエさんと複合詠唱の開発をしてたはずなんだけど……。


 そう思って記憶の糸を手繰り寄せる。えーと。

 そうだ。自分はたぶん魔法を使いすぎて、魔力切れを起こして倒れたんだ。


 まぁ複合詠唱とか正直言って楽しすぎた。

 だから色々試している内に魔力が切れてしまったってわけか。

 うっかりすぎない?

 

 寝転んだままの視界におのずと映り込む魔法灯はまだ灯っておらず、そのガラス細工に窓からの赤光がきりきらと反射していた。

 自分が倒れたのはたぶんおやつの時間ぐらいだから、たぶん2時間くらい経ったのかな。


 ベッドの側にはライラさんが腰掛けていた。

 自分が倒れている間に買い出し終わったんでしょう。

 んん? でもなんで彼女がここにいるんだろう、って思ったところで気づく。


 彼女の手と自分の手の間には、光の網のようなものが絡みついていた。

 それは展開された魔法陣のように見えた。

 そこから何やら暖かな感覚が常に流れ込んでくる。これは一体?


 そう思っていたら視界の端に赤毛に眼鏡姿の男性が歩み寄ってくるのが見える。ユークさんだ。

 それを認めて自分は体を起こした。倦怠感こそあるが症状はたいしたことはなさそうだ。


「起きたか。倒れたと聞いたときは俺の診察に漏れがあったのかと懸念したのだが、何のことはない、君は魔力を使い過ぎで倒れただけだ。魔力が尽きれば精神を喪失するのは道理だな。今度から気をつけてくれよ」

「はい、……すみません厄介になって。……それでこれは?」


 チャキチャキとした口調でユークさんは自分の症状を告げる。

 予想通り自分は魔力の使い過ぎで倒れたみたい。は、恥ずかしい。自己管理できてなさすぎる……。戦闘中に無理して魔法使って倒れたとかならカッコがつくけど、これはちょっと……。

 自分は少し赤面しながら、ライラさんの手と繋がっている魔法陣のことを聞いてみる。


「あぁ、それか。魔力切れのようだったのでな。こういう場合は魔力を回復させるのが一番の解決策だ。寝ていても回復はするだろうが、やはり魔力の枯渇した状態は危険極まりないので、魔力を外部から補給する必要があると判断し、うちの妹に協力してもらった次第だ。」


 ほー。なるほどね。今自分は魔力をライラさんから提供してもらってるのか。

 自分でぶっ倒れといて、なんだか申し訳ないような感じだ。


「すみません。手を煩わせて……」

「いやいや、倒れちゃうほど頑張ってたんでしょ。それは素直に応援するよ。それにちょうどわたしの魔力が風属性でよかった。私はエリューにあんまり役立ちそうなこと教えられないしね」

「いえ、そんな……ピュゼロで空を翔けることができるだけですっごいありがたいですよ。ライラさんがいなかったらオルゼに偵察になんてポンと行けなかったですし」

「そ、そうかな? そういってもらえるとちょっとうれしいな」


 ライラさんは照れ顔で、頬を掻く。

 といってもアルコンさんと戦ったときけっこう戦えてたし、そんな謙遜することはないと思うんだけどね。

 それにしても魔力の譲渡って属性が合ってないとできないんだろうか? 自分は全魔法適正があるけど、さっきのライラさんの発言を鑑みるにそんな感じに受け取れる。

 生じた疑問をユークさんに訊いてみる。


「あぁ、輸血と同じようなものだ。データで見る限り、君の得意属性は火・風・闇のようだった。『万魔の紋』のおかげで適正はあろうがこういう場合に何かあってはよろしくない。幸いにも風属性ならウチの妹がいたので、今パスを繋いで治療中というわけだ。あと30分ほど魔力を注げば大丈夫だろう」


 30分か。ちょっと暇かも?

 そう思ったのはライラさんも同じだったようで、「それにしても兄さんー暇なんだけどー。ここにある本難しいのばっかだし」と自らの兄に訴えを起こした。自分の回りにはいくらかの本が散乱していて、これが初期配置なのだと思っていたけれど、どうやらライラさんのお眼鏡に叶わなかった奴らのようだ。

 それを受けてユークさんはめんどくさそうな顔をしながらも。


「では召喚の話でもするか? ちょうどウチの妹とかいう幻獣と何体も契約しているテイマーもいることだし、本物の死神様もいらっしゃることだしな。アギラなにがしのやろうとしている儀式についての理解を深めるのもよかろう」


 おー。勉強になりそうなやつ。

 そういや使い魔や悪魔やら、そういったものに会うことはあってもそれがどういうルールで自分の目の前にいるのかは分かってなかった。

 自分は全魔法が使えるんだからいずれそういうことをする機会もあるかもだし知っておくのは悪くないだろう。


 というかライラさん。ピュゼロ以外にも色々な子に手出してたんですか。いずれ見せてもらおう。そしてモフろう。その実ヒポグリフのピュゼロとは一度共闘したからか、結構仲良くなったんだよねー。なんか「ドヤっ」って感じで触らせてくるのは釈然としないけど。


 そんなことを思いながら自分はふと気になったことロッシさんを聞いてみることにした。


「じゃあ……、そもそも召喚魔法って何なんですか? こうフワっとは理解してるんですけど、専門家的に解説するとどんな感じなんでしょうか?」


 召喚魔法。

 自分が死神になる原因になった魔法。

 これの魔法陣に遮二無二(しゃにむにに魔力を流したせいで、自分は死神と化した。


 それの生贄に今はケイ君とそしておそらくソフィーちゃんもが据えられようとしている。

 最悪の事態は避けたいがもしかしたら、儀式の最中に割り込むこともあるかもしれない。そんなときに自分みたいな半端な知識で変なことをすると、ほんと取り返しがつかなくなるかもしれない。

 これは知っておきたい。


「ふむ? では簡単な召喚でもしてみるか? ライラ」

「いいよー。じゃあちょっとモフるのにちょうどいい感じに子でもんでみるねー」


 そういって二人は申し合わせたように立ち上がるとライラさんは無地の羊皮紙を一枚手に取り、ユークさんはジャムを入れるぐらいの容器にインクを入れて持ってきた。色は黒だが石虹が混ぜてあるのだろう。

 彼女はその容器を受け取ると、ぐっと力んで魔力を込める。


 その後ライラさんは羊皮紙を床に広げ、その前であぐらをかいて座った。

 そしてインクに指をちょんと浸すと、淀みない動作で魔法陣を描いていく。

 

 フリーハンドできれいな円が描かれ、その内側にいくつもの直線と曲線が幾何学的な紋様を描き鳥が飛ぶような、獣が走るような意匠の魔法陣がちゃきちゃきと描かれていく。

 おー見事なもんだと関心している内に直径30cmぐらいの魔法陣が描かれきる。


「じゃあ……“私の声に答えてカーロ”=“お友達になりましょうウィキオス”・“契約で縛りつけたコンクエルティティオ”・“従僕なんかじゃなくアウサルブス”・“絆で結ばれたネクトビンクルム”・“パートナーにコンソルス”────《サモン・ファミリア》っと」


 詠唱が終わると魔法陣がにわかに輝きだす。なんか随分砕けた詠唱だった気がするけどそんなんでいいのか……。

 まぁ詠唱のことは置いておいて、その光が魔法陣の輪郭を塗りつぶすほどに達して、そして収まっていく。光の中にはいつの間にか影が出現していた。

 召喚は成功したみたいだ。


 魔法陣の中心にちょこんと座っていたのは、角兎アルミラージ

 普通の兎と同じ大きさで、体毛は白っぽい金色。そして最大の特徴は額から生えた一本の角。あらかわいいと安易に近づくことなかれ。黒く捻くれたそれはちょっとしたナイフぐらいはあり、人間でも全力でぶっ刺されれば危険なのだ。実際大発生したりしたら魔物扱いされて討伐依頼が出る。


 そんなだから一瞬自分は身構えてしまうが、ライラさんは角兎(アルミラージにまったく物怖じせず、くにくにと手の平で包み込むようにして撫で回しはじめた。

 対する角兎アルミラージも大人しく撫でられるままになっていた。キュイキュイとライラさんの手の平に頬を擦りつけて可愛らしい。


 これはどっちかっていうと召喚魔法を通して大人しくなってるというより、ライラさん本人がそういう動物に好かれるタチのように見える。

 まぁつつがなく召喚は成功したってことだろう。


 自分も触ってみようと手を伸ばす。すると角兎アルミラージは「キシャアッ!」と敵愾心(てきがいしんバリバリの態度で牙を剥き出しにした。ライラさんが胴体をがっしり捕まえているからそれで済んだけど、最悪あの角でぶっすり行かれていたかもしれない。

 あーそうだった。死神である自分は動物に好かれないんだった……。

 「なんとかなりません?」といった風にライラさんに訴えかけてみるも、彼女は「あはは……」と曖昧な笑いを浮かべる。無理ってことかちくしょー。


「……説明をするぞ?」

「あ、はい」


 そんな自分の悲嘆をよそにユークさんの説明が始まった。


「このように使い魔や悪魔、妖精や精霊、あるいは特殊な処理を施した無機物等あらゆるものを物理的距離を無視して呼びつけるものを召喚魔法と呼ぶ」


 あぁそっか。ここのところ悪魔の話ばっかりで失念してたけど、妖精や精霊とかも呼べるのか。それに自分もよく使う《アポート》。あれもたぶん空間魔法の一種なんだろう。

 まぁ自分の思い描く召喚魔法像と相違ないね。


「大体は契約魔法も魔法陣に入れ込んで喚び出したものと契約したりするが今回は手早くやるために省略した。まぁ基本的にやっていることが高度ではあるから、……空間を繋いでいるのだから当然だかな。だから詠唱と魔法陣を同時に用いるのがオーソドックスだ」


 言われてみれば。

 物理的距離を無視して物体を出現させるとか結構レベル高い現象だよね。だから自ずと魔法陣と詠唱を両方用いた高度な魔法になると。


「だがまぁおれのような研究者の研鑽の結果、今ではだいぶ手軽なものになった。元々は空間魔法の一つだったのだが、今では“召喚カーロ”という専用の魔法句が発見されたのが大きいな。その後に続く魔法句も日夜研究が続けられている。今ライラが行ったものはアバウトに“使い魔ファミリア”を指定しているが、ここをいじくり回せば召喚する対象を変えることができるぞ。例えば悪魔なら“ディアボロス”、精霊なら“シッフィー”等、もっと細かく指定することもできる。まぁそこら辺は研究者の領分だな。とまぁこんなところか?」


 へー。なるほど。ということは《アポート》のときの最初に唱える“武器召喚クレーシス”も新たに発見されて最適化された魔法句なんだな。

 そういうのを研究してより便利な魔法運用を追求するのがユークさんのような人間の至上命題なのだろうね。


 そうして自分が感心していると『オォン……!』という咳払いが聞こえる。

 誰の声だと思えば、それはバロルの声だった。自分の反応を見てユークさんはさっと大鎌に手を当てる。

 そうすれば他人にもバロルの念話が聞こえるようになるのだ。

 ライラさんだけ蚊帳の外だけど、まぁ角兎アルミラージを愛でるのにご執心だし、いいでしょう。


 そうしてバロルはユークさんから説明を引き継いで饒舌じょうぜつに語り始める。


『悪魔の場合ァ、基本的には召喚の後契約を持ちかけることになるなァ。契約の対価に求めるモンはお決まり。魔力だァ。悪魔はァ前に魔法生物みたいなモンだって言ったろォ? ゴーレムが食事して栄養を取って動いてるわけじゃねェのと同じように、悪魔も食事しても基本的に何も得られねェ。だから悪魔が人間を襲うのは人間の持つ魔力を摂取するためだァ。低級の奴等だと結果的にそれが食事になったりするがよォ。だから悪魔にとっては召喚されて契約することおおむねメリットになる。何もしなくても魔力を得ることができるんだからなァ」


 ふむふむ。ん?

 え、でも自分はご飯食べて生活できてるよ? とふと生じた疑問を差し挟む。


『おめェは特別というかイレギュラーすぎるというか……。そもそも悪魔は魔法なんて使わねェしなァ。おめェは死神だが人間でもあるってこったろォ』


 そういうものか。じゃあ何かと便利なモンなんだね。ということは自分は人を殺めずに一年も保ったのもそういうわけなんだろうか。それで死神部分である大鎌だけが大きく劣化していったと。


「話を戻すぞォ。そして悪魔を召喚するときに生贄を用意することが多いのはァ、つまりこの生贄の魔力を食べていいですよってことだァ。そして生贄に細工を施しておいて、その生贄を悪魔が摂取・・することで魔力のパスが繋がる。これが悪魔と人間の契約の最低限のものだ。ここに加えて人間側や悪魔側の思惑が入り乱れて様々な約款やっかんを付け足していって悪魔と人間の契約が結ばれるってわけだァ』


 はー。なるほどね。

 自分とライラさんと繋がってる魔力パスの役割を生贄の魔力で行うってことかぁ……。エグい。

 今は魔獣と化しているルニア村の人達もそんな役割に使われてさぞ恐ろしかったろうなぁ。


『アギラの奴がァケイティスを生贄にしようとしているが、ユーク曰く、この魔力の性質をケイティスは弄くられてんなァ。これで死神が呼べるかは呼ばれる死神次第だが、少なくとも絶好ォの餌であるのは間違いねェ。ま、最悪の事態を想定してケイティス自身に罠を仕掛けておくのはいいんじゃねェか? 生贄にしようとすれば効率的に魔法陣を破壊するようななァ。おそらく感づかれるだろうが何もしないよりかはいいだろォさ』


 なるほど。

 敵の狙いがケイ君に向いている可能性がある以上、そこにあらかじめ罠を這っておくのは賢いね。


「ふむ、それは悪くない手だとは思うが……、またおれの仕事が増えるのか……。ケイティスに罠を仕掛け、ローブに刻まれていた古代魔法を解析し、エリューの魔法陣描画に手を貸し、オリヴィエの魔法陣補充も看てやらんといかんし……」


自分のやるべきことの多さに辟易へきえきとしたユークさんがそうぼやく。


「あ、じゃあ今から具体的にどんな魔法を魔法陣にしておくか話しておきましょうよ。昼からオリヴェエさんとこのざまになるくらい試行錯誤してきましたから」

「む、そうだな。雑談も良い気分転換になるが、時間もないことであるし、一つずつ片付けていくか」

 

 その後はオリヴィエさんのお陰で圧倒的に広がった自分の魔法の中から、何を魔法陣にするかを4人で話しあった。

 それは日が落ちて、ケイ君が晩ごはんができたと呼びに来るまでの間続いた。

 今日は自分の魔力が尽きているので無理だけど、明日の午後にでも魔法陣を描いてみるそうだ。

 楽しみだなぁ。

 

 

 

 

予防線張っておいたんですが何故かむしろいつもより1日ほど早く書き上がりました。どういうことなの……。


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