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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
54/75

第五四話「魔法を学ぶ」

……長いです。


あといつもなら詠唱における小難しい語句はフィーリングで感じてくれればいいのですが、今回は話の性質上、解説を付しておきます。


そや【征矢・征箭】

雁股かりまた鏑矢かぶたやなどに対し、鋭いやじりをつけた、戦闘に用いる矢。尖り矢。

 

 

 

 ロッシさんによる首チョンパ事件の後、自分の体は念のためユークさんに預けられることになった。


「ここに座ればいいですか?」

「うむ。床ですまないな」

「いえ、大丈夫です」


 場所は「宿り木」内の一室に移った。

 この部屋は一日でユークさんの研究室と化していて、昨日の本の山がまるごとこの部屋に移動し、壁には幾つも魔法陣が刻まれたスクロールが幾つも貼り付けられ、用途のよく分からない魔法具マジックアイテムがいたるころに散乱していた。

 冷静に考えるとおおよそ持ち運べる量ではないが、先日彼は召喚術が専門分野だとか言ってたし、壁を這う魔法陣は部屋全体を覆っているように見えるから、神秘院の自室を召喚しているのではないだろうかこれ。

 貸し切りにした途端これとは思い切りが良いというかなんというか。


 その部屋の中で自分はユークさんが取り出して広げたスクロールの上にペタンと座った。もちろんそこには魔法陣が敷かれていて、自分が座ったのを確認するとそれが起動し、淡い光を放ちだす。

 言われるがままに中に入ったがこれは何の魔法陣なのだろうか?


「これは?」

「体の状態を見る魔法陣だ」


 なるほど。

 その言葉を裏付けるように、魔力が体の中へと昇ってくる。何かむず痒いような感覚。だけれどもそれは布束に水を垂らしたかのように、じっとりと染み込むようにしか入ってこない。


「む? 魔力の通りが悪いな。これも『万魔の紋』のせいか」

「『万魔の紋』って……自分の体の魔法陣のことですか?」

「うむ。便宜上そう呼称させてもらうことにした」


 ユークさん達はどうやら自分に全魔法適正・魔法耐性を与えている魔法陣を『万魔の紋』と呼称するようにしたようだ。まぁしっくりくるネーミングなんでそれでいいんじゃないかな。

 ともかくそれのせいで魔力が体に浸透せず、状態のチェックが遅れているみたい。

 これこういうとき不便だな。


「少し時間がかかりそうだな。なら今朝言った魔法陣についてのイロハについての講義でもして時間を潰すか?」


 手持ち無沙汰になったユークさんはそんな話を持ちかけてきた。

 願ってもない申し出だった。今朝魔法陣について教えてくれると言っていたが、こんなに早く機会がやってくるとは。

 実際今ヒマだしね。というわけで。


「じゃあ、お願いします」


 自分は軽い気持ちでそれを了承する。

 それを受けてユークさんは手頃な位置にあった椅子に腰掛け、少し考えるような素振りをしてから、おもむろに語りだした。


「では若輩ながら。先の戦闘を見て抱いた意見を言わせてもらえば、やはり魔法陣を運用するべき。というものだな」

「そうですよね、でも」

「あぁ、学ぶ環境がなかったのは重々承知しているとも」


 ユークさんはやはり自分の戦闘に必要なのは魔法陣だとおっしゃる。

 けれど自分はそもそも魔法陣を戦闘に取り入れる機会がなかったのだ。

 特定の言葉を覚えれば発動できる詠唱と違って、魔法陣はそもそも専門知識がなければ書くことばできず、それが大方使い捨てであるがゆえ高価になりがちで冒険者にはトンと普及していない。


「だからおれがそれを教えると言っているんだ。さすがに時間が足りんからイチから魔法陣を書くというのは無理だろうから基本的には魔法陣は工面するつもりだが、それでも運用のために知識をつけておくのは役に立つはずだ」

「それは……! ありがとうございますっ」


 ユークさんの提案はそれを学ぶ扱う機会を与えてくれるという話だった。

 正直ありがたすぎる。

 こういうのって普通なら学費とか払って学ぶような内容だろうし、それがタダって考えるとお得だ。

 しかしそこで一つ疑問が湧き起こる。


「でも自分が魔法陣を運用するとして、それをどこに収納すればいいんでしょうか?」


 以前自分はオリヴィエさんがオーロラ亭の裏庭で魔法陣を整備をするのを見学させてもらった。そのときに色々教えてもらった。

 そのときに知ったのは魔法陣というのは精巧なもので、過度な魔力を注げば途端に暴走してしまうし、魔法陣同士で干渉すれば不具合を起こしてしまうということ。

 その点で自分の体には既に『万魔の紋』が刻まれているから、例えばアルコンさんの《エグゾセンシヴ》のような体に刻むような魔法陣を新たに扱うことはできない。

 つまりオリヴィエさんの杖みたいな魔法陣を格納するユニットみたいなのが必要になるわけだ。

 けれど自分の持ち物といえば大鎌くらい。そしてそこにも《アポート》の魔法陣が刻まれているので新たな魔法陣を導入することができない現状だ。

 じゃあ魔法陣の使い方を学んだとしてどこに魔法陣をしまっておくのか。


「ふむ、それについては考えがあるのだ」


 その疑問を受けてユークさんは重要な古典籍に触るように慎重な手つきで、黒ずくめの布切れを持ってきた。いやに丁寧に折りたたまれたそれに自分は見覚えがあった。

 むしろ自分が持ってきたものだ。


「あ、それ。そういえば預けておいたローブじゃないですか」


 ユークさんが持ってきたのは自分が逃走中に着ていたローブだった。

 正確に言えばこれの出自は、自分を実験体にしていたリッチー。死神になった自分は素っ裸だったので、そこらに転がっていたリッチーの白骨屍体から衣服として剥ぎ取ったものだ。

 そのいわくに違わず、ローブには何やら魔法陣が刻まれていたらしく、それも昔の貴重なものだとか何だとか前に言ってましたね。

 これに魔法陣を刻んで格納するってことだろうか。


「でもこれ、既に魔法陣が刻まれてるんじゃないんですか?」

「あぁ、表面の紋は魔法陣の描画面積を増やすためのもので、裏面に魔法陣を刻んて格納しておくようだ。極小とはいえ空間魔法の類で非常に高度だが、これのお陰で魔法陣の収納器としては最高級品だ。いいモノを持ってきてくれた。そして裏面には未使用の魔法陣も格納されていたぞ」


 へぇー! そうだったんですか。

 古代のリッチーが使ってた魔法陣が残ってたとは。すごくつよそう。

 オーパーツ的な感じで絶大な威力があったりとか?


「なんかそういうのってロマンがあっていいですねー」

「まぁ分からんでもないがな。一応そちらは転写して解析している最中だ。どういったものか分からんから間違っても魔力を流したりするなよ。周囲にどんな被害が及ぶか分からんからな」

「あ、はい」


 変な魔法陣に魔力を流して暴走させた結果が自分ですしね……。肝に命じておきます。

 少ししょぼんとしている自分をよそに、ユークさんはローブを広げて裏側を見せてくれた。

 彼の言うとおり、端っこに魔法陣が刻まれているが、ほとんどは黒地で占められていた。確かに自分が魔法陣の運用のために使っても大丈夫そうだ。


「ともかく、そのローブは魔法陣を収めるのに非常に向いている。君は今度から戦闘するときはこれ着るといいだろう」

「はい。じゃあ刻む魔法陣はどんなものを……」

「あぁ、その前に、君は魔法陣を何で書くか知っているか」

「何で? えーと……」


 自分の話題を遮ってユークさんは突然問題を出してくる。それに自分は顎に手をあてて考え込んだ。

 以前オリヴィエさんが魔法陣のメンテナンスときの記憶を手繰り寄せる。えーと、そのときは確か溜めた水に砕いた石虹を水に溶かしていたりしたな。そんでそれに浸した布に魔法陣を移したりとか。

 ということは。


「石虹ですか?」

「そうだ」


 見事正解でした。うん。魔力を溜め込む性質のある鉱石だからやっぱりそういうのにも使われるんだな。『大鷲』もたぶん『儀式』のためにしきりに集めていたらしいし、魔法には欠かせない鉱石ですね。


「一般的には粉末状にした石虹に術者が魔力を馴染ませ、それをインクに混ぜて使用するな。ただそこで主眼になるのは術者の魔力を溜め込む性質があれば別に石虹でなくともいいということだ」


 そういってユークさんはなみなみと赤い液体の入ったボトルを持ってきた。

 話の流れ的にあれが石虹の代替品ってとこだろうか。というかそれ十中八九……血ですよね?


「例えば血液だ。血管は前進に張り巡らされているがゆえに魔力の通り道にしやすく、それゆえ血液には魔力と通しやすい性質がある」

「へぇー、確かに血液で魔法陣を書くってのは、ぽいですもんね」


 ユークさんはそう言いながらちゃぷちゃぷとボトルの中の液体を揺らす。

 やっぱり彼の持っているものは血だった。

 なんかちょっと黒魔術的というか邪教的みたいな感覚もするけど、前世知識にある魔法陣の書き方はこっちでも理にかなってる行為だったんだなぁ。


「それは石虹で描いた場合と違いはあるんですか?」

「あぁ、基本的には血で描いた魔法陣の方が質が良い。ただ、普通の人間がそんな巨大な魔法陣を描こうと思えばすぐ貧血になってしまうからな。よほど完成度を重視したいケースなら長期間にかけてチマチマと書くケースもあるが、あまり現実的ではない。だが君の場合は話が違う」

「え?」


 チャプンとユークさんの持つ赤い液体が音を立てる。

 それでピースが繋がってユークさんの言いたいことを理解する。

 え、あー。もしかしてその血ってもしかして。


「それ、もしかして自分の血ですか?」

「あぁ今朝たっぷりと採取させてもらったぞ」


 案の定ユークさんの手の中にあるのは自分の血液だった。

 うわー趣味わりー。

 でもそういうことか、だから今朝ロッシさんに自分を殺すように手を回したのか。

 自分らがロッシさんに抗議しているときに何やらせっせと作業してたのは、自分の血液を採取してたのかー。


「ということはそれを使って?」

「そうだ。死神の血など、最高級の魔術触媒にほかならない。それを使わずにいるなんて勿体無いことこの上ないと思わないか!?」

「え、あぁ……そうです、ね」


 自分は興奮するユークさんに気圧されながら同調する。

 確かに『死神の血で描いた魔法陣』とかいうファンタジー的パワーワードの集合体なら、そこから放たれる魔法もなんかすごそうであるけどね。


「まぁ魔法陣として運用する魔法については後日オリヴィエも交えて話し合おう。今日は君の体についての調査が優先だ。っとようやく魔力が染み入ったか」


 ロッシさんの言葉に気付かされて、体の状態を探ってみると自分のものではない魔力が存在していて、少し気持ち悪い感じがする。

 そんな自分をよそにユークさんは自分の側に立つと、足元の魔法陣の一端に触れる。彼のもう一方の手にはいつの間にか羊皮紙が丸めて握られていた。


「《インスペクストアナライザー》」


 ユークさんは魔法の名を呟いた。

 すると魔法陣を構成するラインが生き物のようにほどけていき、空中を光のライン踊りだす。


「おー」


 光のラインが空中を行き来するさまはまるで妖精がダンスをしているようで、途端に自分は見とれて声を漏らす。

 そうしてそれらの光のラインはユークさんの持つ羊皮紙にシュルシュルと吸い込まれていった。

 自分の方からはその羊皮紙の表面は見えないが、裏側からでも、光のラインが羊皮紙に刻みこまれて文字になっていく過程が透けて見て取れた。


 ひゃーすげー。さすが魔法陣のプロなだけあるわー。 なるほどこうやって体の状態を文字化するんだ。便利な魔法だなー。


「ほぉ、面白いな」


 書きつけが終わったところでユークさんはそう感想を漏らした。

 そういや自分の状態としては普通の人間とは明らかに違うわけだけど、そこらへんはどう書きつけられているのだろう。


「ほぉ、本当に悪魔、つまり死神なのだな。鑑定でもそう出ては否定することすら難しいな」

「はい、そーですよー正真正銘死神です」


 たぶんあの羊皮紙上で「種族:悪魔」とか出たんだろう。

 それからユークさんは羊皮紙を上から下へと舐めるように見ていく。

 そして唐突に眉根を寄せて。

 

「む? この結果を見ると君の魂が観測できないな。……悪魔にも魂ないしはそれに類する存在の核になる器官が存在せねばおかしいのだが」


 そんなことをおっしゃった。

 うん? 自分に魂が観測できない?

 どゆこと? 自分はそりゃ死神だけどちゃんと生きてるよ?

 って不審がったけど。はたと気づいた。


「あーたぶん。自分の魂は大鎌の方にあるんだと思います。というか自分は死神にしてもたぶんイレギュラーでして、元は人間だったりとか……。今ユークさんの目の前にいる自分は人間の人格ですけど、大鎌の方には死神の方の人格がありますよ。今は部屋に置いてありますけど、持ってきましょうか? 触れば会話できますよ」


 自分に限らず、死神の本体はあくまで大鎌で、魂の位相もその関連で今観測できなかったんだろう。

 解析すると自分の体はそんなことになってるのか。マンティコアのときに大鎌を奪われていたらと考えるとゾッとする。

 今バロルは自室に置いてあるけど、暇してるだろうしユークさんと引き合わせるのもいいかな。


「ほぉ。なるほどマンティコアのときも大鎌を持ち帰った途端蘇ったように生命活動が再開されたのはそういう理屈か。願わくば一度話してみたいものだな。……まぁ昼飯のときにでもエントランスに持ってきてくれ。本人に事前に話は通しておいてくれよ」

「はい。りょーかいです」


 そういった口約束を交わす。

 今ユークさんは少し浮足立ったような印象を受ける。やっぱ本物の死神と話す機会とかウキウキするんだろうか。


「あー、それで話を戻して、君の運用する魔法陣についてだが。おそらく夜までにオリヴィエから詠唱についての、いやおそらく魔法全般についてのレクチャーが入るだろう。君が運用する魔法陣について決めるのはその後の方がいいと思われる。つまりこれに刻む魔法陣を決めるのは明日以降ということだな」


 そうですねー。今の中途半端なままの魔法運用よりは、オリヴィエさんにご教授いただいてレベルが上がってからの方がいいでしょう。


「はい。承知しました。楽しみにしておきます。バロル、大鎌の死神のことも……自分も正直死神についてはよく分かってないんでそのとき本人から色々聞き出してくださいね」

「うむ。言われずもがな、だな」


 そうして自分は魔法陣から立ち上がる。

 ユークさんの部屋に訪れた目的は体の状態の調査だから、さっきの《インスペクトアナライザー》が終われば目的は完遂だ。あとはユークさんの領分。邪魔しちゃ悪いし


「しかし誠に君は奇々きき怪々かいかいな存在だな」

「あはは、自分でもそう思います……」


 部屋を出る間際にそういった会話をして自分はユークさんの部屋を後にした。







 ケイ君の作ってくれた昼食を皆で食べ終わると、午後からはまためいめいに動き始めた。

 まず食糧やその他もろもろの買い出しに、ケイ君ライラさんロッシさんの3人が出ていった。料理のできるケイ君が食糧なんかを買い、護衛役にロッシさん、ライラさんはピュゼロを連れて荷物運び役という訳だ。

 対してユークさんは昼食が終わると立ちどころに研究室に引っ込んでしまう。言われた通り大鎌バロルは彼に渡したので、しっぽりと話し込むつもりだろう。


 そして自分は自分はまた「宿り木」前のちょっとした原っぱにいた。


 今度自分が向かい合ったのは、ロッシさんではなくオリヴィエさん。

 昨日の今日で「詠唱を教える」とのことだったけど、その機会がすぐさまやってきたってわけだ。


「というわけでよろしくお願いします先生」

「うん。頑張って教える」


 なんとなく学校の真似事みたいなノリでいくも、この冗談はオリヴィエさんには通じなかった。

 彼女がノリが悪いというより、教えることに張り切っていてネタを拾えていないって感じかな。

 気合入れてくれてるってことは、自分のことを真剣に考えてくれているってことで、なんだか嬉しくなってしまう。


「……さて、私は詠唱を教えるって言ったけど、……うん。そうだね、ひとまずエリューの魔法はちゃんとしたところで教わったわけじゃないよね?」


 オリヴィエさんは少し思案した後そんな質問をしてくる。

 自分の魔法は、一応実験体になる前の記憶は少々あるものの、ほとんどは「オーロラ亭」を訪れた冒険者さんから教えてもらったものだ。

 魔法が使えるということが前世人格が主の自分には楽しすぎて、全魔法適正があるのも手伝い、スポンジが水を吸い込むように詠唱を覚えに覚えて、魔法が使えるようになった。

 でも逆に言えば、これは魔法が使えるだけだ・・・・・・


 きちんとした教育機関で学問として魔法を修めたオリヴィエさんとはそこの点で隔たりがある。オリヴィエさんの言う「ちゃんとしたところ」とはそういう魔法を学ぶ場所のことだろう。


「はい。冒険者さんたちからとりあえず詠唱を教えてもらって、魔法は使えますけどそれ以上のことはあまり、というか全然……ですね」

「やっぱり。ということは魔法の基礎から教えた方がいい?」

「そうですねー。魔法は適当に唱えても発動しますけど、やっぱり学問になるくらいですからそれを知ってると知らないでは大違いなんでしょう?」

「うん。やっぱり違ってくると思う。じゃあ、あんまり上手くはできないかもしれないけど、説明するね?」

「はい。よろしくおねがいします」


 改まって自分はちょこんと頭を下げる。

 よし、この講義を受ければ自分の魔法も一段階レベルアップってわけだな! がんばるぞー。


「じゃあ一つ前置きから、魔法を使うためには詠唱をする。この詠唱というのはそもそも何なのだろうとか、どういう原理で魔法という現象は起こっているのだろうとか。そういう話は今回省略して、実践的な知識から語っていく」

「はい、そういうのは別にって感じですね」


 オリヴィエさんの前置きに自分も賛同する。

 まぁそんな歴史的な話をされても毒にも薬にもならないからね。個人的な興味はあるんだけど時間もないことだし、仕方ないよね。


 オリヴィエさんそう前置きをしながら、スクロールを広げて、左右の芝生にこじんまりとした魔法陣を二つ展開する。黄色と茶色の中間色に輝く魔法陣は土属性のものだろうか。


「じゃあ、そうだね。試しに魔法を一つ撃ってみようか。的は……あらかじめ用意しておいたから」


 彼女が魔力を注ぎ込むとに足元の地面がボコリと隆起し、数秒ののちにずんぐりとしたまるで土偶どぐうみたいなフォルムのゴーレムが2体出現した。いわゆるクレイゴーレムってやつだけど、地面の芝生を巻き込んで緑と茶色で若干マーブル状になっている。

 彼奴きゃつらは指示もないので、のっそりとそこに立ち尽くしていた。


「オリヴィエさん土魔法も使えたんですか?」

「第一階位のものをかなり無理矢理使ってるだけ。まぁ今回は的にするだけだから魔法陣をユークから借りてきた。……リィゼがいればゴーレムくらいちょいと作ってくれたんだけど」


 魔法の的のためにわざわざ手回してくれたんですね。ありがとうございます。

 リィゼさんってそういやギガントコボルトのとき土塊を水に錬金してたっけ。彼女は魔言のせいであっちについちゃってるっぽいですからね……先日の偵察では姿が見えなかったけど。いずれ彼女とも戦うことになるんでしょうねー。


「へぇー。それであれにどんな魔法を撃てばいいんですか?」

「続けて私も撃つから、氷属性の《アイスアロー》かな。第一階位で節数は三程度でやってみよう」

「りょーかいです」


 第一階位の三節くらいの魔法だと、ほんとに魔法の初心者が行使するような魔法だ。自分は素直に魔力を喉に登らせ、気負わずいつものような詠唱を心がけて、魔法を構築しだす。


「“氷よパーゴマ”・“矢となりサギッタ”・“突き立てフスティブス”────《アイスアロー》」


 ささっと編み上げた詠唱は、まぁそつがないものだろう。逆にこれ以上にするのも工夫もあまり思いつなかった。

 自分の眼前でワインボトルぐらいの氷矢が形成されていく。

 そして、その氷矢は見えない弦に弾かれたようにヒュンっと飛翔し、クレイゴーレムのずんぐりした胴に突き刺さる。

 ……正直しょぼい魔法なのでそれ以上のことはなく、ゴーレムは物言いたげな雰囲気を醸し出しながら、胴体に氷矢を生やして立ち続けていた。

 ま、こんなモンでしょう。所詮第一階位で、三節までしか詠唱してないし。


「……じゃあ次は私が」


 そういってオリヴィエさんは杖も持たず、正面に手を掲げ、すぅと細く息を吸い込んだ。


「“凍てつきパーゴマ”・“縫い留めよアデプティンジェス”・“氷の征矢クルスピークルム”────《アイスアロー》」

 

 自分と同じ第一階位三節の詠唱。だけれどもその内容は自分とは趣を異にしていた。


 彼女の《アイスアロー》は形成段階まではさして変わるところはなかった。

 けれど、射出段階になって自分のとは差が生まれる。


 ビュンッ!と恐ろしさすら感じる風斬り音を伴って飛翔した氷の矢。

 それはザクッ!とゴーレムの胴体に突き刺さると、ゴーレムはその衝撃に後ろへ一瞬ぐわんと傾くほどの威力。氷の矢は半ば以上も土塊にうずまっていてその威力の高さがうかがい知れた。

 さらに矢の突き刺さった射創からみるみるうちに氷が這い広がっていき、数秒後にはゴーレムの胴体の6割ほどは氷漬けになってしまっていた。

 自分は戦慄した。こんな《アイスアロー》に狙われたらたまったものじゃない。


 明らかに自分のものと違う。

 確かに詠唱は違った。オリヴェエさんと自分の差異。これを埋めて、オリヴィエさんの次元にまでたどり着ければあるいはアギラやエリニテスに一矢報いることができるやもしれない。


「……こんな感じに、詠唱の巧拙で魔法の威力は随分と変わってくる。……今のはそもそもの魔力の出力とかも関係してると思うけど。じゃあ今の詠唱を例に解説する」


 そういいながらオリヴィエさんは二体のクレイゴーレムの方へと歩み寄ると、その内の一体、自分が氷矢を突き刺したほうの前で屈んで、それの腹に指を這わす。

 するとオリヴィエさんの指が通った位置に土が剥離して、何やら蛇がのたくったような文字らしきものが浮かび上がってくる。

 それはおそらく自分達が魔法を行使するときに口にする、魔法語のようだった。詠唱できても読めるわけじゃないんだけどね。


「これがさっきのエリューの詠唱」


 その推測は当たりみたいで、オリヴィエさんは自分のさっきの詠唱をメモをするようにゴーレムに書きつけたみたいだ。

 続いて彼女は半ば凍っている方のゴーレムの前で屈む、氷があるところを避けて、端っこの方に彼女が指を這わし、先程の詠唱を文字化していく。


「これが私の詠唱」


 文法とかを学んだわけじゃないから正直全然読めないけど、それでも文字化した二つの詠唱にはやはり差があった。三節の詠唱は、やはり文字でも三つの部分に別れていたけど、その一節の複雑さがオリヴィエさんと自分では差があった。


「同じ三節の詠唱でも、その魔法節をより高度な魔法句で彩り、そしてより多くの魔法句を詰め込めば、魔法もより高度なものになっていく」


 う、うん? 突然出てきた専門用語っぽいものに自分は途端に困惑する。

 魔法節は詠唱を区切ってる節のことだろうけど、魔法句って……?


「えぇっとオリヴィエさん。魔法節はまぁ分からなくもないですけど、魔法句ってなんですか……?」

「あ、えっと。魔法句は詠唱する場合の最小単位。つまり単語。例えばさっきの私の詠唱の場合、三節目“氷の征矢クルスピークルム”だと、“クルスタロス”と“征矢スピークルム”の二つの魔法句に分けることができる」


 疑問を唱える自分に、オリヴェエさんはさっきの詠唱を例にして分かりやすく解説してくれる。

 さっきの《アイスアロー》は第ニ節と第三節が二つの魔法句で構成されているってわけか。


「なるほど、とすると自分の詠唱は、ええっと、“氷よパーゴマ”・“矢となりサギッタ”・“突き立てフスティブス”だから、あれ?」


 もしかして自分のさっきの詠唱ってどの節も魔法句が一つしかないっぽい?

 だから効果がしょぼかったってこと?


「そう、エリューの詠唱を私が拙いと評したのは一節における魔法句が少ない傾向にあったから。じゃあ魔法節の巧拙は魔法行使においてどういう影響を及ぼすか分かる?」


 え、えっと……、魔法節の巧拙。つまりよりうまく詠唱できたかってことは、何に影響を及ぼすんだ?

 威力? いやでも魔法の威力は魔法節のクオリティよりも、節の数つまり詠唱の長さに比例するはずだ。一節の魔法よりも、八節九節とより長い詠唱を紡いだ方が魔法の威力が高いはずである。

 でもさっきのオリヴィエさんの《アイスアロー》は明らかに威力が違っていた。とすると魔法節の巧拙も魔法の威力に関与している?

 うーんなんか腑に落ちない。


「うーんと、魔法の威力、とか?」


 自分は自信なさげに答える。

 それを聞いてオリヴィエさんは少し首を傾げて考えるようなそぶりをした後。


「結果的には間違ってるわけじゃないけど、少し違う」


 彼女はふるふると首を振りながら自分の答えを正した。

 うん? どうゆうことなんだろう?

 そんな自分の疑問を氷解させるべく、オリヴィエさんは説明を始める。


「魔法の威力は注ぎ込んだ魔力量で決定づけられる。当然だよね。注ぎ込んだ魔力以上のことはできない。だけれども私達マジックユーザーは魔力をそっくりそのまま使えるわけじゃない。詠唱や魔法陣なんていうものは魔力というエネルギーを魔法という現象に変換するためのプロセス。このプロセスをより効率的に行うことができれば、本来注ぎ込んだ魔力をロスすることがなくなり、結果的に魔法の威力も向上する。その魔力を魔法に変換する作業の精度に直結するものこそが、魔法節の完成度というわけ」


 ほへー、なるほどね。

 うまく詠唱できたらその分魔力の消費が節約できるってことか。

 とすると自分は今までかなりもったいない魔力の使い方をしてたんだ。

 詠唱って唱えればとりあえず発動するけど、逆にどこまでも突き詰めることができる奥深いものなんだな。なんだかすごく興味が沸いてきたぞ。


「オリヴィエさんオリヴィエさん。自分詠唱についてもっと知りたいです」

「ん、そ、そう? じゃあえっと──」


 オリヴィエさんは意外そうに、同時に少し嬉しそうにして様々な詠唱についてのことを解説してくれた。


 例えば魔法の威力そのものはほとんど詠唱の長さつまり節数に正比例するのだとか。

 だがそもそも個人個人によって魔力の出力や適正が異なるのでさっきのシーンは単純な詠唱の巧拙だけが差異を生み出したわけじゃないとか。

 そもそも放出系の魔法が得意な人や付与系の魔法が得意な人とか大別されて、どうやら自分は付与が得意なタイプみたいだとか。

 そういうタイプが魔法で遠距離攻撃をする場合、一度エンチャントを発動させてから追加で詠唱して、魔法を放つのは理に叶っているのだとか。

 様々な魔法の威力に関することを教えてもらった。


「じゃあ次は……というかそうだ。これをエリューに伝授しようとしてたんだけど」


 次の話題に移るときにオリヴィエさんは思い出したようにそんな気になる前置きをぶっこんできた。

 なんだなんだ? 自分は期待を込めて彼女の次の言葉を待つ。


「エリューは複合詠唱って知ってる?」

「え、知らないですね……」


 複合詠唱? なんだろう? 

 いかにも高度なものって感じだけど。


「そっか。じゃあひとまずお手本を見せてみる」


 そういってオリヴィエさんは、前へと手をかざし、すぅと息を吸い込む。彼女は先程自分が半ば氷漬けにしたゴーレムをまた標的にしているようだ。


「“冷たき光はパゴーノリオス”・“白銀の一筋アルディオーサ”・“氷棺を刺し貫くロチルコンフォージェル”・“零度の凍槍なりフリグスランシャ”────《フロストレイ》」


 唱えられた第一節は自分の知らない階位だった。

 そうして、オリヴィエさんのかざした手の平に白い冷気と白い光粒が集まっていく。

 放たれるは一条の光線。

 あまりも白い光線はゴーレムに照射され続け、瞬く間にゴーレムの体を氷が埋め尽くしていき、遂にはゴーレムは手足の先に至るまで完全に氷漬けになってしまった。

 オリヴィエさんの放ったのはいわゆる冷凍光線というやつみたいだった。


「これが“氷の第二階位パゴーノ”と“光の第三階位ヘリオス”の複合魔法。こんな風に詠唱の始節に異なる属性を混ぜ合わせることで、より複雑な魔法を構築することができる」


 おーそんなこともできるんだ! 

 光のレーザーと氷の凍結を組み合わせた冷凍光線みたいな、属性と属性の組み合わせとか熱いものがあるねぇ。

 そういえば以前オリヴィエさんと戦ったときに喰らった《プリズムレイ》も光のレーザーを氷で折り曲げるっていうことをやってた。あれも複合魔法ってやつだったんだろう。


「エリューは全属性が使えるんだから、今みたいな複合詠唱をいっぱい使ってみるとすごくいいと思う」

「確かに。言われてみれば……!」


 全属性が使える自分は得手不得手こそあれ、何十通りもの複合詠唱を唱えることができる。単純に4つ5つと異なる属性で攻め立てるだけでも結構きついものがあるはずなのだ。それはオーロラ亭の円形広場でアギラと戦ったときもそこそこの手応えがあった。

 それが複合詠唱で何倍にも膨れ上がれば相手にしたらたまったものじゃないだろう。

 

「ひとまずやってみよう。始節の詠唱に上手く二つの属性魔法句を混ぜて、それに続く詠唱も属性を意識してみて、各節に入れ込んだ属性に関連する魔法句を盛り込んで、なおつそれを同数同格の表現にすれば上手く属性を混ぜることができると思う」

「は、はい、やってみます」


 オリヴィエさんはアドバイスをしながら、試しにやってみようと促す。

 さてやってみるのはいいけど何属性と何属性を混ぜてどんな魔法を作ろうかな。

 自分は全属性使えるけど、得意なのは火・風・闇だから、ひとまずこの内の二つを混ぜてみるか。


 そうして自分はこれから行使する魔法をイメージして、手の平を上に向け、喉に魔力を集める。

 先程教わった魔法節のクオリティも重視してね。



「“禍炎を我が手にフロウゴートシュ”・“其は全てを黒塵にトートチーニゲル”・“帰すレディーレ”・“災いの黒炎なりペイルニーグランス”・────《ヘルフレイムストライク》」


 魔法名を唱え終わると同時に、自分の手の平にはボッと炎が灯る。

 ただその炎の色は赤ではなく黒だった。

 闇属性を混ぜ込んでみた炎だ、いかにも死神っぽい魔法を仕立て上げてみた。

 まぁこの炎がどんな効果なのかよくわかんないんだけどね。


 自分は手の平に黒炎を灯したまま、ばらまくように腕を振るう。そうして放物線を描いた黒炎が、空中に灰のような火の粉を散らして、棒立ちのゴーレムに命中した。


 ボッとゴーレムに黒い炎が燃え移る。

 その炎はまるで夜の闇が全てを飲み込んでいくかの如く、おぞましいほどの勢いでゴーレムを包み込んで燃やし尽くし始めた。

 それこそ「え、ゴーレムってあんな燃えるっけ?」ってぐらいに猛烈な勢いで。

 土でできているはずゴーレムがみるみる内に崩れ落ちていき、真っ黒な灰と化していく、そして地面に到達した黒炎は芝生を瞬く間に燃やし尽くし、その下の土壌をも等しい速度で燃やし尽くしていき、ゴーレムのいた場所は流砂のようにすり鉢状に陥没していく。


 こ、この炎、物体ならなんでもかんでも燃やすのか!?

 これ考えなしに放ったらまずい魔法じゃないかな!


 自分は泣きそうになりがらオリヴィエさんに助けを求める。


「っ! “氷天下の光柱はヘリオスカディ”・“大地に打ち込むイェジアムテッラ”・“真冬の楔クネウスブルーマ”・“炎獄を鎮めるインフォープリモ”・“氷山の塔クルスブルグトゥリス”────《グレイシャーオベリスク》」


 オリヴィエさんは詠唱を唱えると同時に手を上空にかざす。

 上空に冷気と光の白が凝縮されていく。それはクームの空にもう一つの太陽が現れたような光景だった。しかしその光は決してぬくもりを宿さず、恐ろしいほどの寒々しさを孕んでいた。


 そして彼女がかざしていた手を、もう支える必要はないとばかりにだらんと下ろすと。

 ズンッ! と黒炎のすり鉢へと光柱が叩き落される。


 それはさながら天空からぶっとい柱が落とされてきたかのような光景で、その光量で目をつぶってしまう。


 少しして目を開ける。

 すると光柱の落下点である黒炎のすり鉢は、氷山で蓋がされ、針のむしろのような状態になっていた、


 あらゆる物体を燃やし尽くさんとしていた黒炎も、光で浄化され、氷漬けにされればさすがに鎮火されていた。


 あ、あぶなかった。一歩間違えたら大惨事だこの魔法。

 

「……な、なんとかなりましたか?」

「なんとかした」


 オリヴィエさんは自分の尻拭いをして「ふぅ」と細く息を吐く。

 さすがオリヴィエさんだ。属性が見事に正逆なのもあったけど、想定外の事態に冷静な対処。彼女がいなかったらどうなっていたか。

 

「すみませんでした。その、もう少し色々なことに配慮すべきでした」

「いや、いい。そういうのも織り込み済み」


 オリヴィエさんはわりと涼しい顔で自分を許してくれる。

 うう、まだまだ未熟です。精進せねば。朝にユークさんのとこで全容の分かっていない魔法を使うんじゃないと肝に命じたばかりなのに……。


「まぁ……そんな感じ。ちょっと色々勉強することはあるけど、スジはいい」

「あ、ありがとうございます。もっと頑張ります」


 オリヴィエさんは関心しながら、自分を慰めるためかそれとも教え子感覚なのか自分の頭をなでてくれる。

 そんな彼女に申し訳ないような、あるいは褒められて少しうれしいような気持ちになる。

 まぁつまり自分にしても悪い気はしなかったので、そのまま彼女の細い指の感触を頭で感じながら、確実に一歩前進した感慨を胸に刻んだのだった。


 

 

 

Horizon Zero Dawnのストーリーが佳境だったり、ダークソウル3のDLCが明日配信だったり、シャドウバースの新弾が木曜に解禁だったりするので次話が遅れたらすみません……。

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