第五三話「粛清騎士ロッシの戦力評価」
最近これ毎回言ってる気がしますけど長めです。
あとグロ注意でもあります。
「ひっくっ……ひっくっ……ひぅ……、ロッシさんひどすぎる……こわかったよぉ……」
「おーよしよしー大丈夫だよーエリューちゃん」
翌日の朝。自分はライラさんになだめられながら泣きはらしていた。
自分の側では更に自分の庇うようにしてケイ君が立っていて、それこそ警戒心マックスの小型犬みたいな形相でロッシさんを睨みつけていた。
構図的にはロッシさんが悪者といった感じであった。
非難の的にされたロッシさんは申し訳なさそうに、自分へと語りかけてくる。
「あの、すみませんでした。決意を決めているところにに手心を加えるのは失礼かと思ったのですが……、その……少しやり過ぎました。本物の死神に挑む心持ちでいったのですが」
「まったくだよ! お腹ぐさーの首ズバーとかやられたらそりゃ泣くよ! そりゃ本人も遠慮はいらないですとか言ってたけど、仲間に惨殺されるとは思わないよそりゃ!」
ライラさんのもっともな突っ込みが入る。
彼女の言葉を裏付けるように、すこし向こうの芝生にはおびただしい量の血液が撒き散らされていて、それを魔法陣マニア達が取り囲んで、現場検証みたくサンプルを採取したり、浄化したりとかしていた。
ひとまず、どうしてこうなったのか説明しようか。
◆
昨日偵察から戻り、決意を固めた自分だったけど、その日はもう夜だったし、あれこれイベントがあって疲れも溜まっていたので、夕食を取り、体を流してすぐベッドに入った。
そして翌日。
朝食を囲みながら「自分をどう鍛え上げるか」ということをちょっと話した。その話には適宜バロルも口を挟んで話し合った。けれど「何はともあれ一回見てみないと何も言えない」という結論へとすぐに行き着いた。
一応オリヴィエさんとはやりあったことはあるけど、そのときはロッシさんはオーロラ亭で留守番だったし、ライラさんとは昨日オルゼで空中戦を演じたときに一応共闘したけど正直あれは自分の戦闘じゃないし、当然ユークさんは見たことなんてあるはずもない。
つまりオリヴィエさん以外の全員が自分の戦闘技術についてあんまり知らないわけだ。
そうなればまず、全員に自分の力がどんなもんなのか見てもらわないといけない。
というわけで朝一番に全員の立ち合いの元ロッシさんと戦うことになったのである。
場所は「大庭園の宿り木」前のちょっとした原っぱ。今はマンティコアが暴れた影響で人が居ない来ないのでおおっぴらに戦っても問題ない。それこそ魔法ありのガチ戦闘でも大丈夫って寸法だ。
「じゃあ、ええっと、確認するけどエリューちゃんは本当に不死で、私は本気でやっても構わないんだね?」
「はい、大丈夫ですって。遠慮はいらないですよー自分も魔法ありのほぼ本気でいくんで」
ロッシさんが心配そうにそう確認してくる。
そう言いながら自分の方は、大鎌にカバーをつけて切れないように配慮はしてる。一応神器レベルで切れ味すごいからね。
それに対してロッシさんは実戦と同じ直剣と円盾でお願いした。せっかく不死なのだから思いっきりやってもらおうということだ。片腕欠損程度なら一日で直るのはマンティコアのとき実証済みだしね。
「じゃあ実戦さながらにいかせてもらいますよ、それこそ殺してしまうほどに」
「ははは、ほんとに不死なんでそうなっても大丈夫ですよーまぁ割と魔力は使いますけど。それにむざむざと殺されるつもりはありませんよ」
ロッシさんの脅し文句に軽口で返してみせる。一回死んだことがあるから、なんというか。気楽なものだ。ただ蘇生するには魔力の3割がもっていかれる。現在の魔力残量は4割ほどで5日後の出立にはちょっと不安かもだ。
「折角の機会だし、といいたいところですけど……いきなり私の方から攻め立てたりするのもこの場の趣旨にそぐわないですし、そうですね……3回までは私は防御に徹しましょうか」
「あー確かにその方がいいかもですね」
自分の実力を見るというのに一発目からカウンター食らって瞬殺でしたとかじゃ意味ないからね。
というかその発言裏返すと自分なんか瞬殺できますよ宣言に聞こえるんですけど。確かにおととい少し手合わせしてもらったときは全然でしたけども。魔法があればまた話は変わってくるってもんですよ。多分。
「あ、事前に魔法をかけておくのはありですか? エンチャントとか」
「まぁ……常識的な数だったらいいよ」
おっけ、三つくらいですね。何にしようかなー。
そうやってどんな魔法をかけてどうロッシさんを攻めるか考えながら、自分たちは10mほどの距離をおいて向かい合った。
『で、どォすんだァ?』
ふむ……、まぁここでロッシさんが魔法使えないからといって遠距離から色々ぶっ放すのはなんかフェアじゃない気もするし、いつも通りエンチャかけながら魔法は牽制に突っ込みますか。
『ほォ。見上げたもんだなァ?』
うるさい。
憎まれ口を叩くバロルをよそに、そういえばと思って横目に観客の様子を伺うといつのまにか芝生の上にレジャーシート的なのを広げて、4人がのんびりとくつろいでいた。それもオリヴィエさんが透明度の高い氷の壁を作って安全性まで確保していた。ぬかりないですね。
「じゃあエンチャとバフかけますねー」
「承知しましたよー」
何だこのゆるい空気は。
まぁちゃんと真剣に魔法かけよう。相手はロッシさん、元粛清部隊。実力は折り紙付きだ。
見れば今の彼は右手に騎士剣、左手に円盾の《ヴォロス王国騎士剣術》でいく腹積もりのようだ。まぁ一番そつがないスタイルだろうしね。
そんな相手を攻略する作戦を立て、自分は気合を入れ直して魔力を練り上げる。
「“激甚たる嵐をも・“踏みつける”・“風神の”・“健脚を”・“宿し”・“我は”・“地を走る”・“烈風となろう”────《ブラストアクセル》」
唱えるのは風の第三階位の加速魔法。足元に爆風を発生させるこの魔法は直線的な動きしかできなくなるけど、これからやることのためには10mの距離を一瞬で詰めねばならない。それにこれはうってつけだ。靴底へとシュルシュルと風が吸い込まれていって、なんだか足元がふわふわして少し落ち着かないけど。
「“燃え盛れ焔”・“其は渦巻く禍炎”・“骨髄までも”・“喰らい尽くす”・“火焔の大牙”・“猛る炎獣の”・“牙の炎弧よ”────《エンチャント・ブレイズ》」
続いて炎のエンチャント。大鎌の先端にボッと炎が生まれ、それが弧月状の刃を這い回って、終いには刃の輪郭があやふやになるほどの業火に大鎌は包まれる。|陽炎(かげろうで視界が歪み、大気が熱され、ねっとりとした温風が昇っていく。
……ちょっとやりすぎた感もあるけど引っ込めるわけにもいかないし、このままいきましょう。
「“焔牙”・“奔れ”────《ブレイズストリーク》」
そしてエンチャントに引き続いて追加詠唱をしながら、大鎌を振り上げる。火の粉がパラパラと目の前に落ちてくる。縦振りなら攻撃の後の追撃に移りやすい。横ぶりだと長大な大鎌ゆえに、遠心力で体が流れてしまうかもしれないしね。
「じゃあいきますよー?」
「はーい」
くっそゆるいやりとりだけど、これが開戦の合図となった。
自分は大鎌は地面を耕さないよう、円を描くようにして振り下ろす。
斬線に莫大な量の焔が走る。自分の姿はそれで覆い隠される。
そして同時、延長線上に焔の刃が放たれる。
放たれた《ブレイズストリーク》は、芝生を燃やし飛ばしながらロッシさんを真正面に捉えた。
だけどこれでロッシさんを仕留められるとは思っていない。というか合図をした時点でね。うん。
事実彼は、左手の円盾で焔の斬撃を叩き落としていた。何の魔法的干渉もなしでそれをやるのは何かがおかしい気がしないでもないけど、まぁそれくらいは予想の範疇だ。
叩き落された焔刃は地面に拡散し、彼の前方の芝生は焔のフィールドと化す。その焔刃の残滓だけでちょっとした火事のような様になっていた。
そこで魔力を注ぎ込み《ブラストアクセル》を発動。靴底に収束した嵐に正真正銘弾き飛ばされてロッシさんへ接近。焔のヴェールを貫く
残り2,5mの距離から《ブラストアクセル》逆噴射し、《ブレイズストリーク》の残滓を巻き上げる。そして殺しきれなかった移動慣性を上体へ、腕へ。その過程で体を捻り、回転へと変換していく。
魔法の推進力と大鎌の遠心力。二つの力を合算した渾身の薙ぎ払い。それをを焔に視界を塞がれたロッシさんへと放つ。
紅蓮に燃え盛る大刃が彼の左肩を目指して奔る。
これならいけるだろう!
自分は真正面から切り込んでこそいるが、大鎌という武器の性質上、刃が襲い来る位置は、彼のほぼ左側面だ。
ロッシさんの盾は《クリムゾンストリーク》を叩き落として正面に位置している。盾で受けようにももうすでに盾の内側だ。
焔で視界も塞いでいるし、これを防ぐのは至難の業のはず。
よし獲った! そう思った。
だけれどもその刹那、ロッシさんは身を翻し、右の騎士剣をぐるりと薙いだ。
ガイィンと弾かれる感触。ふわりと大鎌が押し返される。
そっちの剣が間に合うのか!
自分は鼻先を流れていく剣閃を恨めげに見送る。
ロッシさんは今の一瞬で完璧に自分の攻撃を受け止めていた。
自分の左側からの攻撃に、咄嗟に身を捻り、右手の騎士剣を大鎌の刃先に届かせ、そこから大刃の弧をなぞるような薙ぎ払いを敢行。大鎌の勢いを殺しきるような一閃。さらにそのまま騎士剣を薙ぎ払いきることで彼が真正面に牽制の攻撃を置き、それが終わるときには、彼の盾が正面に鎮座していた。
しかも大鎌の刃をなぞったときに、どうゆう原理か自分が這わせていた魔力を削り取って《エンチャント・ブレイズ》を破壊する完璧ぶりだ。
だけども自分の大鎌も完全に弾かれたわけじゃなく、まだロッシの左側面に在る。
そこで自分は即断した。これが3回目の攻撃だ。
「《ブラストアクセル》ぅッ!」
ロッシさんの右側を抜けるように、全霊の魔力を込めて弾き飛ぶ。
すると彼の左側にあった大刃はロッシさんを轢き切らんと彼の正面に迫るってわけさ!
「くっ!」
さすがのロッシさんもこの一撃を完璧にいなしきることはできなかったみたいで、盾で受けはしたものの、大きく仰け反ってしまう。
その状態で自分は背後を取った! まだ自分のターンは終わらんよ!
と思ったのだがいかんせん《ブラストアクセル》の勢いが強すぎたのか、自分もたたらを踏み、攻撃がワンテンポ遅れてしまう。
「ここでっ!」
再度の薙ぎ払いを敢行。
だけれども、テンポを失っていたとはいえ、完全に後ろからの攻撃をロッシさんは受け止めてみせる。
彼は振り向きざまに騎士剣で大鎌の柄を叩き、盾で刃を殴り飛ばす。
そして自分は大鎌を弾き飛ばされまいと、そちらに意識がいってしまい。彼の手元を見ていなかった。
『おいエリュー、切り替えやがったぞ』
バロルの警告にハッとして、ロッシさんの方を向けば。タンッと軽快なステップが一歩。
踏み込んだロッシさんは左手に剣を持っていた。
さっきの打ち合いで盾の裏に騎士剣が隠れた瞬間があった。そのときに《ルシアス貴流刺剣術》に切り替えたのか……!
ロッシさんは全身をバネのように一瞬縮こまらせる。
身をかがめ、下から抉りこむような刺突の構え。
剣が右手にあることを前提に動いていた自分は反応が遅れてしまった。
「《黄の針棘》」
想定とは逆の手から繰り出される刺突はまるで彼の手が伸びたみたいだった。
ヒュンと風切り音。
「うッ……!」
「仕留められると思ったんだけど……勘がいいね」
その刺突を自分は避けきれなかった。
脇腹を抉られ。ピッと芝生に血の斑点がラインを描く。
痛みこそないがジクジクとした出血が止まらない。
即死じゃないけど……脇腹が負傷したら大鎌に必要な腰の回転に支障が出る……。長時間放置すれば血が足りなくなってくるだろうし、すぐに痛みが体を苛みだすだろう。
これはきつい……。
そして自分にはそんな傷のことをかまう幾ばくかの余裕すら与えられなかった。
「ちょ、まっ……!」
「その程度の傷、不死の君なら平気だろう?」
間髪入れずにロッシさんは次の刺突を放つ。自分は体を右へ左にサイドステップし、体を捻らないように、腰を庇いながら、彼の刺突をなんとか躱していく。
だけど展開している《ブラストアクセル》のせいで足元がふわふわしてそれも、少しおぼつかない。なんとかこの状況を脱しなくては……。
その最中で自分は戦闘前のロッシさんとのやりとりをふと思い返す。「本気でやる」とか「実戦さながら」とか言ってた、ということはこの程度の負傷では、まだ続けるってことか。
そんなことを考えていたところ。
彼は幾度目かの刺突がヒュンと自分の耳たぶの側へと突き込まれる。だがそこでロッシさんは
その剣を引っ込めず、真横へと剣を振るった。
「いっ……」
自分は咄嗟に体をのけぞらせた。
首の皮をロッシさんの剣が滑り、浅く切り裂く。
あっぶねぇぇ! あと数cm距離が詰まっていたら、喉笛が裂けていたかもしれないじゃないか!
ともかくこれでロッシさんの腹積もりは分かった。これ自分を殺す気だ!
そういえばしきりに「本当に不死なんだな」って確認されてたわ!
この距離は完全にロッシさんの距離だ。そう判断した自分は。ひとまず距離を取らないと刺し殺されてしまうと判断。
「《ブラストアクセル》で!」
大鎌の背を前方の地面を打ちつけながら、《ブラストアクセル》を発動。
大鎌の形状でロッシさんの追撃を牽制しつつ、足元に爆風を発動させる。これでこの魔法は打ち止めだ。足元のふわふわした感覚が消失する。
後ろっ飛びで稼いだ距離は15mほど。よしここからはひとまず魔法戦に切り替えていこう! そもロッシさんに近接戦を挑むのが間違っていたのだ。自分はあまり放出系の魔法は得意じゃないんだけど……。今はそうも言ってられない!
「“炎よ”“矢とな”────っ!?」
自分の詠唱は二節唱えたところで、妨害が入った。
それは盾だった。
「油断しましたね!」
ロッシさんが右手に装備していた円盾。それが距離をとった途端に飛翔してきて、それに驚いて自分は思わず詠唱を中断してしまう。
なんとか大鎌の柄で受け止めたが、ここでロッシさんが猛烈な勢いで接近してきているのに気づく。
そしてロッシさんが盾を投げつけてきたってことは、彼は両手で騎士剣を持つことができるってこと、《ラグラン流剛断剣》が使えるってことだ。
事実彼は雄牛の角のように騎士剣を頬のそばに構え、闘牛の如き勢いで自分に迫ってくる。
あの構えは突き?
そう推測をつけた自分は、痛みだした脇腹に一瞬意識をとられながらも、大鎌の刃を前方に地面と平行になるように配して、自分の体を刃の内側に置く。これならかなりの防御範囲。ロッシさんの攻撃をこれで受け止めようか、あるいは逸らそうとした。
それはさっき喉を裂かれたのを警戒して、サイドステップで避けるのは憚られたゆえの選択であった。
だがそもそもの推測を間違っていたことに、このときの自分は気づけなかった。
「《ラグラン流剛断剣──捲土頂来》!」
ロッシさんは雄牛の角のような構えのまま大きく姿勢を落としながら踏み込む。そして、構えた騎士剣の刃先をクイッと持ち上げたかと思えば、彼の肘を軸に騎士剣は旋回する。
そうして繰り出されたのは超大振りに掬い上げるような袈裟薙ぎだった。
ガキぃンッ!! という金属音とともに、自分の目の前に置いていた大鎌から尋常ではない衝撃が伝わってくる。
「しまっ!」
しくじったと判ったときにはもう遅すぎた。
ロッシさんの《捲土頂来》によって大鎌が宙を舞う。
ロッシさんは最初からこれを狙ってたんだ。
手の平にあるのはジンジンとした感触だけだった。
彼の狙いはそもそも突きでも自分の体でもなく、大鎌だったんだ、
さっき《ブラストアクセル》で取った距離のアドバンテージを易々と取り返されただけでなく、得物を失ってしまった。絶体絶命ってやつだ。
次の攻撃は? 突きか? 薙ぎ払いか? はたまた振り下ろしかもしれない。
身一つでロッシさんの攻撃を捌けるのか……?
そうして自分が戦々恐々としていたところに。
ぬるりと、ロッシさんは一歩踏み込んできた。それこそ剣を振るのに向かないような格闘距離にまで踏み込んできたのだ。その予想外の行動にやはり自分は固まってしまう。
「え」
そしてロッシさんは自分の肩をむんずと掴む。そのあまりにも強引で乱暴な掴み方に、自分は気圧されてしまう。それこそ戦いなんて知らない素人の生娘のように。
「残念。でも結構頑張ったね」
ドスリと。
見下ろせば冷たい銀色の棒がお腹へと突き立っていた。
その銀の棒にツツツと赤い液体が伝っては、ポタリポタリと垂れて芝生に斑点を作っていた。
「そん、な……」
銀色の棒はロッシさんの騎士剣で、赤い液体は自分の血だ。
状況を理解して。腹部へのすさまじい異物感、完膚なきまでにやられた敗北感。
そしてこれ以上は頑張っても得るものはないという諦観。
これでこの場は終了だろう。自分はこのときそう思った。
ズプッと体に埋まった剣が引き抜かれ、ゴポゴポとした水音がお腹のあたりから溢れた。
だけどロッシさんは、それで剣を降ろさず、むしろ剣を振りかぶったのだ。
「……え?」
「ごめんね」
ズルっと視界が飛んだ。そして視界がボトリと下方に下がり。ゴロゴロと回転する。
いくつかの悲鳴が鼓膜を震わした気がした。
赤子の目線よりも更に一段低い視界。
手の感覚がない。
足の感覚が返ってこない?
腹の感覚はどこだ? 胸の感覚はどこへ?
感覚は繋がっているのか?
ダクダクとした水音がおぞましいほど大きく聞こえる。
それはきっと血液が溢れ出る音なのだろう。
同時に感じるのは血液どころか、生命そのものが流れ出していく感覚。
魂が下の方へ引っ張られていく。絶対的に一方通行な摂理が這い寄ってくる。
何が起きたのかなんて、理解したくなかった。
そしてコロコロと転がる視界が安定する。
赤子の目線よりも更に一段低い視界。
ちくちくとした芝生が頬に当たっているはずなのに、もはや感覚のフィードバックがない。
そして自分の視界は己の体を見た。
首から上のない自分の屍体を。
間もなく自分の意識は闇に融けていった。
◆
以上がさきほどの出来事だ。
ロッシさんによって腹を貫かれて、首を断ち切られた自分は当然即死だった。
数分ののちに復活した自分は、恐怖を刻み込まれていた。
だってそうだろう。
自分の頭がゴロゴロと地面を転がって、力が抜けていく感覚なんて恐ろしいことこの上ない。今際の際に感じる、それこそ死というものの最高級だ。
あんなんトラウマなるにきまってるじゃないですかー!!
そうして蘇生した自分は目の前で自分の蘇生を待っていたロッシさんを見て、悲鳴を上げて近くにいたライラさんに抱きついたというわけだ。
まぁ彼女に慰められて大分落ち着いてきた自分は思う存分ロッシさんに文句を言うことにした。
「すみませんでした……」
「だからって何も、何もあんな殺し方しなくてもいいじゃないですかー! すっごい怖くて苦しかったんですよ!?」
「ご、ごめんよ。介錯といったら首を断つものと認識していて……そうかあれは恐ろしく苦しいものなのか……」
「そうですよっ! 後世に伝えてください! 首をチョンパしても意識はあるんですっ!」
「はい、次があればもっと苦しまない方法を考えておきます……」
自分は涙目でロッシさんに抗議を続け、ロッシさんはそれに申し訳なさそうに身を縮こまらせていた。
そんなやりとがしばらく続いたところでユークさんが自分らの方へ歩み寄ってきた。
ついさっきまで彼とオリヴィエさんは溢れ出た自分の血を採取したり、証拠隠滅に血痕を浄化したりしていたのだけど浄化したりしていたのだけど、それが終わったのだろう。
「まぁ殺害するよう指示したのはおれの差し金なんだがな」
「えぇ……何口走ってるんですか兄さん」
悪びれもせず、ユークさんはそんな衝撃の事実を打ち明けてくれやがりました。妹のライラさんは呆れたようなリアクションだ。
「まぁロッシが悪くないか悪いか言えば、共犯者ではあるし、その方法が苦しめる結果にあんったのだから今更抗議を取り下げる必要もないだろう。その抗議におれも連名で入るだけの話だ」
「……本当に不死かどうか見てみたかったとかそんな感じですか……?」
「まぁそんなところだ」
「あーそうですか」
と真犯人は供述しております。そりゃ研究者的には自分の体は垂涎モノだろうけどさ。不死だって確認してみたくもなるでしょうさ。
自分はもうすっかり疲れてしまい、改めて抗議する気力もなかったのでもっと生産的な話をしようと思い口を開く。
「それで自分はどうでしたか? やられちゃいましたけど、まぁあんな感じのが今の自分です」
そうだ。それが今回ロッシさんと戦った理由だ。自分の今の実力を周知してもらうため。
だけれども魔法を駆使しても結局ロッシさんには負けてしまった。もうちょっと喰らいつけると思ったんだけどなぁ。
というかあのアギラと戦ったときですら奴はお遊び感覚だったんだったし、オリヴィエさんと手合わせしたときも当然全力じゃなかったろうし、って考えるとロッシさんが初めて一切の容赦なく叩きのめしてくれた相手になるのか。
本気で殺しにからられるってあんな感じなんだ……。
「そうですね……正直、想像以上に……」
そこでロッシさんは言い淀む。う、もしかして想像以上に自分って弱い?
そんな後ろ向きの憶測を抱えながら自分はロッシさんの次の言葉を待つ。
「見込みがあって驚きましたよ」
「え?」
ロッシさんの言葉は自分が望んだものであり。同時に信じがたいものであった。
だってあのザマだ。3回のハンデを貰った上で無様な屍体を晒して、一体何の見込みがあるのだろう。到底信じられない自分をよそにロッシさんは諭すような口調で語りかけてきた。
「私に負けたからって、そう気に病む必要はないですよ。これはただの経験値の差でしかありません。というか私に勝つだけなら遠くから魔法を撃ち続ければいいですしね。それをしなかったのは、というかできなかったのはこの場の趣旨にそぐわないからでしょうし。ここでの勝ち負けに大きな意味なんてありません。そう例えば今この場で私に勝つだけならエリューちゃんは終始魔法に徹すれば良かったんです。先程の魔法、《ブラストアクセル》ですか? あれがあればそうそう私は追いつけませんし。アギラさんを相手取るのはそれと同じことです。ただ漠然と強くなりたいというなら、これほど難しい話はありませんが、アギラさんを倒したいだけなら、それこそ簡単な一つの解が存在するはずなんですよ」
確かに、自分はフェアじゃないという理由でエンチャントを主とした近接戦を選択した。けれど言われてみればロッシさんに勝つための方法はあった。それと同じように自分にはアギラに勝てる方法が存在すると言いたいのだろうか。
「でも、あのアギラに攻略なんて存在するのでしょうか?」
「ふふ、エリューちゃんは一度自分を客観視してみた方がいいんじゃないかな? 君の方がよつぽどタチが悪く見えないかい?」
そう言われて改めて自分のスペックを振り返ってみる。
えぇっと、まず死神の躯。
まぁまぁ程度の膂力にナリが小さいから小回りがきき、割とすばしっこい。魔力量は(これは死神というより元々の私の素養っぽいが)一般的な魔術師の倍はマークしている。
さらに死神としての異能
つまり魔眼で音を視ることができ、騒音の中でも相手の詠唱を聞き分け、更には魔法の未来予測までやってのける。そして何より不死であり、マズってもなんとかなる安心感。
そして死神としての武器。
大鎌は扱いこそ難しいがこの一年ちょっとでかなりモノに出来たと自負しているし。そもそも神器レベルゆえに凄まじい切れ味と耐久が保証されている。その上バロルって人格まであるから戦闘時のアドバイザーとしてこの上ない。
それに加えて体に刻まれた魔法陣。
これによって自分は全魔法属性への耐性と適正を保有しており、元々の私の才能もあって火・風・闇属性は第三階位までは至っている。
──なんだこのチートスペック。
「エリューちゃんはこと戦闘においてなら正直言って何でもできる。近接つまり大鎌の技術はきちんと磨き上げているし、魔法は全て使える、死神としての異能も使えるときた。それらの大量の手札があれば、これはもう見込みがある。そう思わないですか?」
「た、確かに、そうかもしれないですけど……ほんとに? ほんとに自分はアギラに届きうるんですか? お世辞じゃなく?」
「はい。届きます。エリューちゃんならアギラさんの死神になることは十二分に可能だと思いますよ」
ロッシさんはいけしゃあしゃあとそんなことを宣ってくれる。
でもロッシさんは素人じゃなく、粛清部隊に在籍していたその道のプロで、アギラ本人とも交流があった。そんな人がお墨付きをくれている。ならほんとうに自分は……。
「……じゃあどうやって自分はアギラを打ち倒すんですか?」
そうそこが重要だ。今の自分では到底アギラには勝てない。ならどうにかしてあの高みへと手を伸ばさねばならない。自分が投げかけた問いは、その方法だ。
そしてその問いには3つの答えが返ってきた。
「私はアギラさんの扱う剣を教えます。ヴォロス王国騎士団に籍を置き、イングマール・ラグランに憧憬を抱いたあの人の剣は、私の修める《ヴォロス王国騎士剣術》と《ラグラン流剛断剣》を源流にしています。それを知れば自ずとアギラさんの剣も解るようになるはずですよ」
ロッシさんが用意した答えは『剣』だった。
ロッシさんの『剣』とアギラの『剣』は、共にイングマール・ラグランから継承された『剣』。
それを学ぶことができれば、あの嵐のような剣戟に喰らいつくことだってできるかもしれない。
「私は詠唱を教える。今エリューの詠唱は私から見ると少し拙い。折角全属性が使えるのだから色々とできるのに。もったいない」
続いてオリヴィエさんは『詠唱』という答えをぶつけてきた。
自分の詠唱は、そこらの冒険者さんから一般的なセオリーを聞いて唱えているだけに過ぎない。児戯のようなものだ。オリヴィエさんみたいな専門の教育を受けた人にご教授いただけるならこの上なくありがたい。
「ならおれは魔法陣について教鞭を取ろう 先の戦闘では用いていなかったようだしな。一つ取り入れてみるのはどうだろうか」
最後にユークさんが用意した答えは『魔法陣』というものであった。
とりあえず魔力込めて適当な言葉を唱えれば形になる詠唱と違って、専門的な知識が要求される魔法陣の運用は、正直在野で身につけることは不可能に近い。それのを自分の戦闘に取り入れてみるというのはとても魅力的な提案だった。
以上3つ。
いずれも自分に足りないものだ。
アギラを倒すために必要になるであろうものだ。
「どうだい? これだけでアギラさんに届くという保証はできないけど……」
ロッシさん達のプレゼンテーションは実に見事だった。
これがあればアギラに勝てるかもしれない、そんなことを自然と思ってしまうほどに。
「ぷっ、……あは、あははははっ────」
だから自分は堰を切った感情が溢れ出し、遂には堪らずに吹き出してしまった。
「エ、エリューちゃん?」
「どうしたの?」
そんな自分を困惑したような表情でロッシさんやライラさんが心配してくれる。いや、ちょっとそういうのじゃなくてですね……。おかしくなったわけじゃないんです。
「いえ、そのっ……。なんか変な話ですけど安心してしまって」
目尻に溜まった雫を拭いながら、自分はそう申し開いた。
自分はこの数日。アギラとエリニテスに『オーロラ亭』を乗っ取られてから一度も笑ったことがなかったと思う。
自分のキャパシティを遥かに超えた事態を前にして、そんなことをする心の余裕がなかったのだろう。
それが今になって安堵が胸中を満たした。
なんでかといえば、たった今具体的に示されたアギラ打倒への道。
そんなものがずっと先の見えない闇夜を彷徨っているような心地だった自分にはこの上ない光明に思えたんだろう。
たとえその道が苦難に満ちているとしても、その道が先へ続いていると知れたことが何よりも救いだった。
「じゃあっ。よろしくお願いしますよロッシさん、オリヴィエさん、ユークさんっ」
なんだか楽しくなってきた自分は、うきうきした気分でそう呼びかけて、3人は力強く頷いた。
クームの街での強化合宿が始まることとなった。
次回からは10000文字を基準に7000文字以下で「短め」、13000文字以上で「長め」ってしましょうか。
うん、たぶん、そうします。
次は修行回なんで結局「長め」になりそうな気がしないでもないですけど。




