第六話 夜会での報告
#第六話 夜会での報告
アデライード・クロイツベルク 十歳
アリーの世界は夜へも広がって行く。
クロイツベルク侯爵主催の夜会だが、公爵や何人かの侯爵も招かれている。
そこには隣国との交易で富を築き無視出来ない程の力を付けつつあるクロイツベルクの監視や威圧、そして幾ばくかの擦り寄りもある。
弟のクラウスは公爵も出席するとの事で邸宅で留守番をしている。最もクラウスにとっての夜会は退屈な時間なので出席しなくてよい方が嬉しかった。
アリーは細身で大人しめのドレスを着てゲオルグとヘレナの間に立ち、貴族の挨拶に微笑みを返す。
最初の内はクロイツベルク侯爵に従える子爵が挨拶に来た為いつものようにおべっかとヘレナとアリーに対する賛辞の言葉が繰り返された。
悪い気はしないものの、退屈で仕方なかった。令嬢は皆アリーに遠慮して大人しいドレスを着ている。
せめて華やかなドレスを愛でられれば気持ちも華やぐのに、と心の中に不満を押さえる。
その内に伯爵や侯爵が挨拶に来る。ヴェルナー伯爵が来てくれたのは嬉しかった。
「アデライード様、お久しぶりです。グレイグ・ヴェルナーです。こちらは弟のダナンです」
「こんにちは、ダナン・ヴェルナーです」
ついでに連れてこられ興味ないのが明らかだ。両手にクッキーを持っている。
「ダナン、あなたは本当に失礼なやつだ。後でお尻を叩いてあげるから待っているように」
「はーい」
グレイグの弟だからこそ許せるし軽口も言える。微笑ましい気持ちで去っていくのを見ていた。
ヴェルナー伯爵が去ってからもクロイツベルク侯爵に挨拶に来る貴族は絶えない。
段々とアリーにライバル意識を燃やして派手に着飾って挨拶に来る令嬢もいたが、そんな時は大抵親同伴で親がクロイツベルク侯爵に対抗意識を持っていた。
「クロイツベルク侯爵、今日はご令嬢は随分と控えめな格好をされていますな」
厭味たっぷりに言う相手にゲオルグは何も言い返せないでいた。アリーが大人しいドレスを選んだのを似合うなどと言わなければ良かったと歯噛みした。
帰ったら何人も仕立て屋を呼び付けて国で一番のドレスを作る、そう誓った。
当のアリーはそんな父親の想いを全く知らない。
このドレスは動きやすいし、ヘレナに抱きしめられた時に背中まできちんと手が回るのが気に入っている。包まれている感覚がとても心地よいのだ。
だからこのドレスに文句を付ける者が許せなかった。見れば令嬢は随分と着飾って化粧も宝飾品もいっぱしの淑女だ。
「私はこのドレスを気に入って着ているのです。このドレスならお母さまに抱きしめていただけますし」
「何を言うかと思えば、まだ母親が恋しいとか」
貴族は見下したようにアリーに言う。ゲオルグはどうしてこの場を切り抜けようかと必死に頭を巡らせた。
「それにお父さまにとてもステキなものをいただいたので充分ですわ」
「ほう、それは何ですかな?」
どんなに素晴らしい宝石だとしてもここに持って来なければ意味がない。大方口から出任せを言って後で泣きつくのだろう、そんな想いが透けて見えるようだった。
「私、街の一画をいただいたんです。アデラ広場と言う名前を付けていただきました」
何を言っているのか分からず、貴族は無言で頷いた。
その内侯爵令嬢に喧嘩を売る大人げない貴族を見るために人が取り囲んでいた。
「皆さまの領地には皆さまの家名を冠した場所が幾つもあるでしょう。でも個人の名を冠した場所はおありですか?」
既に貴族に向かってではなく聴衆に向かって話しかける。
貴族達が互いに顔を見せ合う。自身の名を冠した場所など、自分で何かをしたか、それとも顕示欲がよほど強くなければ付けないだろう。
「アデラ広場は私が他の領へ嫁いで行っても領民に愛される場所の一つとしてあり続けるはずです。それはなんてステキな事でしょう」
皆アリーが己の顕示欲を満たすために名を付けさせたと勘違いした。
「あ、ああ」
それでも貴族はただ相づちを打つ事しか出来ないでいる。この場の思い付きでそんな事を言ったのだろうと断定するのは危険だ。本当だった場合には余計に恥をかく。
「アデラ広場では朝に市を開催しております。皆さまクロイツベルクにお越しの際は是非アデラ市にも顔をお出しください。領内の数多ある商店には何でも揃っています。もちろん、商店向けの市にも何でも揃っています」
アリーが与えられたのは単なる顕示欲を満たす場所ではなく、アリー自身が領地の一部を運営する事だった。
親に与えられたドレスや宝石など霞んでしまう話だ。何しろアリーはまだ十歳の若さで自ら輝き始めている。
皆の口から「おお」「まあ」と感嘆の声が漏れる。
いつの間にかドレスを自慢した貴族は令嬢と共に肩身の狭い想いをしてその場を逃げるように去って行った。
それから皆がアリーとゲオルグを取り囲み、領地運営のうんちくをせがんだ。もちろんほとんどがゲオルグの手柄なので、アリーは質問が来るたびに微笑んで父親に質問しろと手で促した。
ゲオルグが取り囲まれている間にアリーはそっと抜け出し、誕生日のたびに集まる仲間の令嬢や子息を探した。
令嬢を一人見つけ、楽しく話していたが、ふと視界に見慣れない貴族がいるのを見た。
それが川を隔ててクロイツベルクと隣り合う隣国のオルデンブルク伯爵だという事を知ったのは随分後の事だった。




