第四話 街
#第四話 街
アデライード・クロイツベルク 八歳
アリーの世界は城の外へも広がって行く。
街へ出る許可も得られたので、マルタと一緒に馬車に乗った。
もっと幼い頃は何度も馬車に乗っていたが、いつしかその回数が減り、今ではほとんど乗る事はなくなっていた。
久しぶりの街は活気で賑わっており、そこにいるだけで自分も参加しているようで楽しかった。
石畳のメインストリートは一キロメートル以上は続き、どうやらそのまま進むと領の砦がある。
その先は馬車の往来で踏み固められた土の道路だが、山を越えるとその先はヴェルナー伯爵領へと続く。
ヴェルナー伯爵領は湖を隔てて隣国と国境を構えており、例の誕生パーティで会ったグレイグが住んでいる。
更にその先を行けば幾つかの領を越えて王都へと続く。
メインストリートから一定の間隔でストリートを分断するように交差する道路が伸び、長屋のように店が軒を連ねている。
隣国との交易で栄えたクロイツベルクは店は小さく商品の種類は多い。
王都でも手に入りにくいものでさえ、クロイツベルクを探せばあると言われる程だ。
「アデラ様、どちらをご覧になりますか?」
マルタはアリーの事を外ではそう呼ぶ。誰が見ているか、聞いているか分からないので防犯のため本名ではなく短くして呼ぶ。
これといったあてがあるわけではない。今日はただ街をぶらつくだけでもいい。何日か通えば見たい場所が出て来るかも知れない。
「特に欲しいものがあるわけではないの。ただ、街の雰囲気、人々の生活をみてみたいだけ」
「ではメインストリートをゆっくり歩いてみますか?」
マルタはアリーの意図を汲み、そんな事を口にした。その言葉を合図に二人は歩き始めた。他の誰からも目的があるようには見えない。
改めて見回すと人々が軒先で客を呼び込もうと声を上げている。
路地の奥は人通りが少なく声を出しても無駄だと思ったのか、店の前に看板を置きメインストリートまで出て来て客を呼び込んでいる。
それが余計に賑わいを感じさせるのだろうとアリーは思った。
そうして路地を二つ程過ぎて、時々かごに物を入れて近寄って来る女性がいる事に気付いた。
「アデラ様、下賤の者です。口をお聞きにならないように」
マルタはそう言って何度も女性を追っ払った。
女性を追い払っても次から次へと新しい女性が近寄って来るのでアリーは余計に興味を持った。
多分店を持てない者だ。夫と離別したか、死別したか。
店で雇ってもらえない理由もあるのだろう。
計算が出来ない、読み書きが出来ない者は幾らでもいる。
そんな弱い者達でもこうして逞しく生きている。
「マルタ、この者達も我が領民だ。全てを買うわけにいかない事は分かっている。だが話を聞くくらいはいいだろう」
主従関係を示す事で女性達は若いアリーに畏怖の念を抱く。子供のくだらない思い付きで我が身が危険に晒される可能性があるからだ。
それでも尚アリーに助けを求める者もいた。
「お願いです、りんごを買ってください。家には飢えた子供がいるんです」
どうしたものか。
「あいにく私はお金を持っていない。お前達から買う事は出来ない」
かごを差し出した女性がうなだれて向きを変える。金を持っていない者には用はないのだ。
「待て、この街にはかごで物を売る者は何人いる?」
一瞬アリーを振り返ったが、分からない、という風に首を左右に振って去って行った。
弱き者は己の窮状を口にする余裕すらない。
アリーは少し歩いて人数をざっと数えてみた。
「アデラ様、先ほどの女達はかごを持っていましたが、路地裏の奥にはそれすら叶わぬ者達がいます」
「分かっている。全員は救えない。きっとお父さまもそう考えているはずだ。その結果がこれだ。だから私はお父さまが救えない者をすくいたい」
領内の経済への影響度を考えるとアリーの救いたい者達は限りなくゼロに近い。
放置してもクロイツベルクの発展に寄与しない。けれど、アリーは領民一人一人を愛したいと思った。
この街はアリーの体と同じ。隅々まで丁寧に磨き、いつか自分が嫁ぎ出て行った後も残り香程でもアリーの愛を残したいと思った。




