第三話 領民への想い
#第三話 領民への想い
アデライード・クロイツベルク 八歳
アリーの世界は広がっていた。
邸宅の警備兵だけにとどまらず城の警備兵達とも仲良くなった。詰め所に出向くと誰もが片膝を折り頭を垂れてアリーに挨拶をする。
侯爵への忠誠か、それともアリーへの忠誠か、と問われれば誰しもがアリーへの忠誠と応えるだろう。
兵がいる時限定だが尖塔に登り領地を眺める事が可能になった。
山の間を縫うように流れる川を隔てて隣国の城が見える。川には橋が架けられ互いの岸には砦が設けられている。
そして更に川下には広大な領地が広がっている。
砦との連絡用のロイとも益々仲良くなり、連絡用のメモの他に、アリーから兵達への労いと砦からの報告を求めるメモを持たせた。
邸宅と城に姫が直々に挨拶に来られるという噂は少しずつ領内に広がり、羨望の対象となっていたが、砦の人間もそれで歓喜しアリーからの手紙を心待ちにするようになった。
あれから毎年誕生パーティでは令嬢だけ集まり話をする事が恒例となった。
うっすらと主従関係が見えて来たものの、誕生パーティだからアリーを立ててくれているのだ、そんな風に思い込もうとした。
それでも同年代の同性同士の会話は普段の生活とは全く異なり楽しくて仕方がなかった。
姉のいる令嬢は姉の恋物語を話してくれるし、兄のいる令嬢は兄の恋物語をしてくれる。
普段接している近しい人々のドラマは我が身にも降り掛かり、姉の恋人だと言うのに姉を差し置いて仲良くなるといった耳を疑うような事も噂話として出た。
あの時、子息も何人かいたが、今はまだ我が身に起こる出来事よりも、他人の恋物語を聞いていた方が楽しい。
誕生パーティの際には挨拶されるが、誰も積極的にアリーと仲良くなろうとはしなかった。
何より、自分は恋をしてはいけないのだと薄々勘付いていた。時々ゲオルグの口から公爵子息の名が出たからだ。
夕食の際のささやかな会話としてひと言だけ、楽しかったエピソードとして語られる。
アリーにはそれが父親の長い時間を掛けた策なのだと思った。少しずつ少しずつ楽しい人として印象付けるための。
目的が公爵子息にある事は明らかだった。二人以上の名が出れば公爵子息が持ち上げられるし、聡明で端麗で思慮深く、勢いがある、そんな有能な男性として表現された。
ふとサラダに夢中になって父親の話をないがしろにした時に、これは失礼だと顔を上げた瞬間、その目に野心の炎が宿っているのを見た。
すぐに押し隠されたが、アリーはこれで確信した。
令嬢たちの話から、結婚とは二種類ある事を知っていた。
一つは男女がお互いに惹かれ合い好きになり愛し合い行うもの。
もう一つは領地運営の政治の手段としての結婚。
言葉を交わす前から、お互いを見る前から決まっている事すらある。
領地安寧、敵から攻め込まれないため、何かに付けて相手から優遇してもらうため、色々な理由はあるが嫁ぐ身としては自分の身を領民に捧げる気持ちでいる事が必要だ。
そこに気付いた時、アリーは邸宅で働く人々や城を守る人々のためならばと考えるようになった。
ふと、クロイツベルク領に住む全員の為を思って嫁ぎたいと思った。
全員を見る事は不可能だろうけれど、自分が守るべき領民の生活を見て周りたいと思った。
早速夕食の席で父ゲオルグに申し出た。
「お父さま、私街を見てみたいのです。我が領で暮らす人々の生活を見ていたいです」
「アリーも街に興味を持ち始めたか。年頃の娘はきらびやかな街に惹かれるからな」
城の規律正しい生活や、広さの割に人数が少なく静かな生活も好きだが、令嬢たちに聞かされた街の話は惹かれるものがある。ゲオルグの言い分も全くのデタラメではないのでタチが悪い。
「ゲオルグ、私も街であなたに声を掛けられましたよ?マルタがいれば大丈夫ですよ。アリー、行ってらっしゃい。色々と見て来るといいわ」
アリーの世界は街へまで広がって行く。




