6話
カンテラの中で燃える蝋燭が二指分短くなった頃、ロルフが立ち止まり、地面を指差した。
「見ろ。涙の跡だ」
掲げるカンテラの明かりが、地面にできた水溜まりを照らす。てらてらと光るそれは、森の奥に転々と続いており、まるで深淵に誘っているようだった。
二人は顔を見合わせ、涙の跡を追う。この先にスクォンクがいるのは間違いない。
再び、森の奥から小さな声が聞こえる。ォオーン、とさっき聞いたのと同じ声が響き、アリーセはパッと顔を上げる。
木に反響し、声がどこから聞こえてきたのか、さっぱりわからない。しかし、ロルフは違うようだ。すぐに方向を変え、こっちだとアリーセを導いた。
彼の向かう先には、小さな川があった。スクォンクの声はその上流から聞こえる。
森に住む生き物たちが水を飲み、体を清める川を辿るとニンフの住む泉があるそうだ。メェルカの森はユニコーンが住むとも言われている。
きっと美しい泉なのだろう、とアリーセは期待に胸が膨らんだ。
「スクォンクは臆病な生き物だ。遠くから姿を確認したら、今日はそれでおしまいにしよう」
怖がりもいるしな、と意地悪そうな目で笑うロルフに、アリーセは「もうっ!」と責めるような声を上げた。
川沿いに歩いていくと、どんどんスクォンクの声がハッキリとしてくる。遠くで聞いた時は子どものような泣き声であったが、近付くにつれ、それは嗄れた老人のような声に変わる。
どきどきと胸を高鳴らせるアリーセと異なり、ロルフの顔は次第に険しくなっていった。
「どうかしたの?」
「いや、なんか……泣き声が……」
いつもと違うような、と呟くロルフ。つられるように、アリーセも表情を引き締める。
「……何かあったのかな?」
「わからない。けど、少し慎重に行こう。……もしかしたら、見るだけじゃ終われないかもしれない」
ロルフの言葉に、アリーセは静かに頷く。気持ちばかり早まるロルフの歩調に、アリーセは黙って従った。
少しして、ロルフが「そろそろだ」とカンテラの灯りを消した。途端に辺りは暗闇を取り戻し、蝋燭の立てる細長い白煙だけが残る。
「幸いにも、今日は月が綺麗だ。木が密集していないところなら、少しは見やすいだろう」
月光が反射しないよう頭を隠せとロルフが言うので、アリーセはマントをひっくり返し、目立つ色の髪を覆った。それから、音が鳴らないように杖の飾りから金具を外す。これでスクォンクを覗き見る準備ができた。
草陰に隠れ、声のする方へ近付く。心臓が跳ね上がる中、アリーセはロルフと共にそっと川辺を覗き込んだ。
深い深い森の中、住人を癒す小さな川のほとりに立っていたのは、小さくて醜い泣き虫な獣——ではなく、二人の人間の男だった。
男たちは口元に手を当てると、空に向けて喉を震わす。すでに聞き覚えたスクォンクの泣き声が、男たちの口から発せられた。
困惑したアリーセの視線に、ロルフは男たちから視線を逸らさず、険しい顔のまま囁くように告げた。
「密猟者だ」
息を呑むアリーセ。怒りを押し殺すような声で、ロルフは続けた。
「アイツら……スクォンクを誘き寄せてやがる」
「な、何のために?」
「決まってるだろ。スクォンクの涙を売るためさ」
イボと痣に覆われた醜い姿のスクォンク。その醜さに泣く彼の涙は、自身の体を溶かすこともある。
しかし、腕の良い魔術師がその涙を扱えば、それは人々を癒す最高級の傷薬に早変わりするのだ。騙されやすく、鈍臭いスクォンクの涙には、密猟者が狙うのに十分な価値があった。
憤りの気配を感じたアリーセは、ロルフの上着をぎゅっと掴み、彼が飛び出すのを抑える。責めるような視線を向けられるが、アリーセは小さく首を横に振った。
遠目に見ても、男たちは武装している。威嚇用の短銃や対魔性生物用の捕縛網が腰からぶら下がり、大ぶりのナイフが零れ入る月明かりを受けて、キラキラと輝いていた。
鼻で大きく息を吸った彼は、静かに息を吐き出すと、ようやく小さく顎を引いた。アリーセも頷き返し、二人はその場からそっと離れる。
背後から聞こえる哀れな泣き声が、今はただただ不快だった。
「悪い、助かった」
「ううん……気持ちは、わかるから」
もしこれがユピトルの街で起きた事件なら、怒りで飛び出していたのはアリーセの方だっただろう。
年下からの慰めに、ロルフはどこか気恥ずかしそうであったが、すぐに気を取り直すと「戻るぞ」と短く命じた。え、とアリーセが戸惑いの声を上げる。
しかし、冷静さを取り戻したロルフは「武装した大人が二人もいる」と念を押した。
「どう考えても、見習い魔術師の手に負える相手じゃない。戻って先生に報告するべきだ」
「……わかった。ロルフの言う通りね」
本物のスクォンクを放置して大丈夫なのだろうか、とアリーセの脳裏を不安がよぎる。しかし、森に関してはロルフの方が詳しい。今は彼の判断に従うべきだ。
そう思った途端だった。




