41話
「アリーセは魔術師見習いなんだよな?」
水筒を選びながら、ふと思いついたようにヘルマンが訊ねる。
「うん」
「専門魔術はもう決めたのか?」
ピタリとアリーセの動きが止まった。ややあって、彼女は見ていた香水瓶を棚に戻しながら、小さく「まだ」と答えた。
ヘルマンは「ふぅん」と軽い調子で呟くと、どこか気恥ずかしそうな様子でアリーセを窺い見る。
「実はさ。俺も魔術師の才があるらしくて……昔誘われたことがあるんだ」
え、とアリーセが声を上げると、彼は「もちろん大した才能じゃないと思うんだけど!」と両手をパタパタと振った。ヘルマンの頬が赤く染まっているのは、暑さのせいだけではないだろう。
話の続きを促すと、彼は頬を掻きながらはにかんだ。
「そん時は生活がいっぱいいっぱいだったから断っちまったんだけど。兄貴が見つかったら、今度は自分のやりたいことしてぇなって思ってて……魔術の話を聞けねぇかなって」
「……もしかして、私について来るのって、その為?」
「ん、まあ……正直に言うと、そうだな。もちろん楽しそうだと思ったのも、アリーセが心配なのも本当だけどさ」
気ィ悪くしたか、と眉を下げるヘルマンに、アリーセは首を横に振った。むしろ理由がわかって、スッキリとしたくらいだ。
少し悩んだ末、アリーセは正直に自分のことを打ち明けた。
魔力量が少なく、魔術が安定しないこと。優秀な師の跡を継ぐことができず、新しい師を探さなければならないこと。そして、この旅で出会った魔術師たちを見て、ますます自分の目指す先に迷いが生じていることを、赤裸々に語った。
語りすぎて、アリーセはふと自分が話しすぎていることに気が付いた。
「ご、ごめん! なんか、愚痴っぽくなっちゃった!」
空笑いを浮かべ、どうにか空気を変えようと試みるアリーセ。
しかし、ヘルマンはそんな彼女の名を、やけに神妙な声色で呼んだ。アリーセは無理やり上げた口角を、ゆっくりと下ろす。
「そんなに焦らなくてもいいんじゃないか?」
優しい、言い聞かせるような声色だった。
「俺たちまだ子供だぜ。魔術の勉強がどれだけ大変か知らねぇけどさ、人より歩みが遅いからって、悪い事はねぇだろ。……そうじゃなきゃ、俺みたいな幼少期を過ごした人間は何も始められねぇじゃん」
それはアリーセに向けられているようで、どこか自分に言い聞かせてもいるようだった。
確かにヘルマンの言う通りかもしれないと、アリーセはそっと視線をつま先に向けた。魔女が直してくれた靴は新品同様で、どこまでも歩いていけそうに見える。それならば、まだまだじっくり考えればいいのかもしれない。
そんなことを考えながら、アリーセは「そうだね」と静かに頷いた。
ようやく支度が整い、街を出ようとする二人。そんな彼女らに「もし」と声をかける男がいた。
二人が振り返ると、そこに立っていたのは初めて見る四つ足の生き物を何匹も連れた、奇妙な男だった。
「この生き物はラクダと言ってね。砂の上でも悠々と歩ける上に、疲れ知らず。良かったら、目的地まで乗ってみない?」
どうやらただの商人らしい、とアリーセは肩の力を抜く。
アリーセは財布の中身を確認する。初めて見る生き物に興味はあるが、この先どれだけ旅が続くかわからない以上、余計な出費は抑えたい。
ヘルマンも同様のようで、二人は事情を説明し、折角の申し出を丁寧に断った。
しかし、話を聞いたラクダ商人の男は驚いたように目を瞬かせる。
「ああ、エヌマエルさんね。彼なら知ってるよ。この間うちのラクダで、南西の遺跡まで送ってってあげたよ」
「え? 本当ですか?」
アリーセは思わず身を乗り出した。
「ほんと、ほんと。ラクダ。乗るなら、遺跡まで案内したげるよ。もちろんお金は取るけどね」
アリーセは伺うようにヘルマンを見上げた。
彼の話が本当なら、その遺跡にエヌマエルがいるかもしれない。これまでのアリーセだったら、そう思い、二つ返事で男の話に乗っただろう。
しかし、今は二人旅だ。ヘルマンの懐事情も考慮しなければならない。
そんなアリーセの気持ちがひしひしと伝わって来たのだろう。ヘルマンは期待しつつも、どこか遠慮がちな深緑色の瞳に駄目だとは言えなかった。
男が「まいどあり」とやけに白い歯を覗かせて笑った。




