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今は亡き貴女に、花束を  作者: 桜庭
第三章 魔女の住まう森

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31話

「……なら、お前が魔女でない証拠を見せてもらおうか」

 

 え、と聞き返すアリーセに、彼は真正面から小さな魔術師を見下ろした。腕を組み、鼻の頭に皺を寄せた老人は威圧する。

 

「この村に医術師を呼んでも、来るのに三日はかかるだろう。だが、北の森に一人の魔女が住んでおる。あの女なら、子供の病を治すくらい訳がない」

 

 その魔女を連れて来い、と彼は言った。

 

「魔術師は人の為に動くのだろう? なら、子供の為に魔女を呼べ。……お前が本当にマリーを助けたいのならな」

 

 どうする、と問われ、アリーセは強く唇を噛んだ。悔しさで、頭が沸騰しそうだった。

 

 本当なら、魔術師が魔女を頼るなんてあってはならない。己の魔力を通して精霊の力を借りる魔術師と異なり、魔女は周囲の生命力を源にした悪魔の力で事を成す。魔女の力は悪魔の力だ。

 

 しかし、もし村長の言うことが正しいのだとしたら——アリーセに選択肢はない。最優先はマリアの命だ。

 たとえ友人を化け物と呼ばれようと、魔女の力を借りようと、アリーセに眼前の命を見捨てる選択肢はない。

 

 彼女は杖先をチリンと鳴らし、魔女の居場所を訊ねた。



 

「北の森は、一年中酸の雨が降り続けておる。あの魔女めが、人除けのために降らせておるのだ」

 

 支度を整える少女に向かって、老人は言った。

 一瞬、アリーセの目に怯えの色が映った。しかし、彼女の手は止まらない。帽子とマントに防水薬を塗り込み、風の魔術で乾かした。これでいくらかは弾いてくれるだろう。

 

 荷物は村長の家に預けるか迷ったが、ヘルツの腹に空間があることを知り、そこにしまうことにした。大きな錠前を外し、鞄ごと奥に押し込んだ。

 

『グッ……!』

 

「あ、ごめん。苦しかった?」

 

『いエ……ですが、奇妙な感じでス』

 

「ごめんね。今回だけ我慢して」

 

 本当はヘルツも置いていくつもりだった。しかし、ヘルツがそれを拒否した。

 

『私の外装は、アリーセの装備よりもずっと頑丈でス』

 

 そう言って、譲らなかった。

 脅しに怯むことなく淡々と準備を進める少女。そんな彼女を前に、村長は呆れたようにため息を吐いた。

 

 そして、

 

「お前さんの探し人……確か、エヌマエルと言ったか」

 

 ボソリと問う彼に、アリーセがおさげを揺らして振り返る。老人の窪んだ目は、煩わしそうに歪んでいた。

 

「ふんっ……確か、少し前にそんな名前の魔術師が来おったわ」

 

「本当ですか!? 彼は一体何をっ」

 

「おっと……その話は後だ。まずは、村人を助けてから。良いな?」

 

 硬く口を閉ざす村長。不満が口から飛び出しかけたが、彼の言うことも尤もだ。マリーの病状は、刻一刻と悪くなっている。エヌマエルの話も気になるが、まずは目の前の病人を救うことが先決だ。

 

 アリーセは長く息を吐き、気持ちをリセットする。よし、と気合を入れた彼女は、北の森へと足を進めた。

 

 初めはただの森だった。しかし、ある地点を境に、しとしとと霧雨が降り始める。だんだんと肌がヒリつき始めた。

 ヘルツが空を見上げるが、頭上に広がるのは鬱蒼とした森の木々だけ。アリーセは目深に被った帽子を、さらに引き下げた。

 

『アリーセ。危険でス。引き返すことを推奨しまス』

 

「うん、わかってる。……でも、行かなきゃ」

 

 じとじとした湿った空気が充満し、体を底冷えさせる。日が落ち始め、これからどんどん気温が下がっていくだろう。

 

 一歩進むごとに、雨は次第に強くなっていく。だんだんと森の様相も変わってきた。葉が枯れ落ち、幹の表面が剥がれ落ちている。穴が空いているものもあれば、痩せ細った末に倒れ込み、朽ちていく最中の木もあった。

 

 頭上を守る枝葉がなくなり、雨粒が直接アリーセたちの上に降り注ぐ。ジュッと嫌な音がして、帽子やマントの上で水滴が爆ぜた。

 防水薬はなんとか仕事を果たしている。ヘルツも大丈夫そうだ、と相棒を振り返りながら、アリーセは重くなる足を更に踏み出した。

 

 正直、恐ろしかった。肌を出さぬよう、マントを身体中に巻きつけてなお、不安は消えない。

 耳元で何かが溶ける音がする。剥き出しの頬がヒリついて、すぐにでも掻き毟りたい衝動に駆られる。

 

 だが、村で待っているマリーだって怖いはずだ。魔術師に守られる筈の生活が、過去の遺恨で損なわれている。

 酸の雨がどこまで浸食してくるかわからないため、森には入れない。日々の生活に支障を来たすほど、閉鎖的な村の中でいつまでも不安を抱える日々。

 

 そんな中、高熱を出すような病を患い、怖くないわけがない。アリーセはギュッと杖を握る手に力を込めた。手袋越しに、固い木の感触が伝わってくる。

 

(大丈夫……私が必ず、魔女を連れて来る)

 

 チリン、と鳴った飾りが、アリーセの古い記憶を呼び起こさせた。



 

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