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今は亡き貴女に、花束を  作者: 桜庭
第三章 魔女の住まう森

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29話

「余計なことをするな、今すぐ村から出て行け!」


 手を取り合う少女たちを見て、老人はがなった。拳を振り上げ、脅すような声でアリーセを罵倒する。

 

「何が魔術師だっ! どうせお前も魔女の手先だろうが!」

 

 パッとアリーセの目が驚きに染まった。熱いマリアの手を強く握り締めながら、アリーセはゆっくりと振り返る。

 

「魔女って、言いました……?」

 

「ああ、そうだ。八十年前、村に突然現れおった。あの厄災めっ! あれだけ村人を殺しておいて、まだ足らぬか!」

 

 恐ろしいほどの剣幕で老人が震える。幼いアリーセには、それが怒りからなのか恐怖からなのかは、わからなかった。

 しかし、尋常でない彼の様子に言葉を失い、固まった。

 

 誰かが老人に向かって「村長!」と嗜めるような声をあげる。ハッと我に返った老人は、再び声を落とし「そういうことだ」と言った。

 

「この村に魔術はもう必要ない。今すぐ出ていってくれ。……その凶悪な化け物と一緒にな」

 

 老人の視線が向けられた先は、ヘルツだった。

 大切な相棒が『化け物』呼ばわりされたことに憤るが、繋いだ手の先の熱がアリーセの理性を思い出させる。

 

(…………今は、病人が先だ)

 

 手を強く握り直し、アリーセは今度こそ老人に背を向けた。

 

「行こう、二人とも。村の人を助けなきゃ」

 

『承知しましタ』

 

 しっかりと握った手は、いつまでも燃えているようだった。

 


 

 案内された家を巡ってみると、病人たちはいずれも軽症だった。

 これならば、マリアの摘んできた薬草でどうにか薬が作れるだろう。魔力の乏しいアリーセにとって、薬作りは掃除に次ぐ特技の一つだった。

 

 良かった、と安堵の息を吐くマリア。

 魔術師に対し不信感を抱く村人とアリーセの間を取り持ったのは彼女だった。懐疑的な彼らの視線は変わらないが、門前払いをされなかったのはマリアのお陰だ。

 

 しかし、診察が終わると彼らはすぐにアリーセを追い出した。献身的だった相手を、それでも仄暗い眼差しで追い立てる村人たちに、マリアはひどく心を痛めたようだ。

 

 意気消沈した彼女が、最後に案内したのはマリア自身の家だった。

 出迎えたマリアの母は泥だらけの娘に驚き、見慣れぬ魔術師に息を呑んだ後、ヘルツの巨体に悲鳴をあげる。

 

 なんとか彼女を落ち着かせ、ようやくアリーセが話を聞けるようになった頃、マリアはすっかりへとへとになっていた。

 アリーセは彼女に少し休憩するように伝え、自身はマリアの母親——ハイデマリーの診察を始める。

 

「少し喉が赤いですが、熱もないし、軽い風邪症状ですね。あまり大きな声を出さないようにして、温かくしてください」

 

「……ええ、わかりました」

 

「この後、マリアが摘んできた薬草で飲み薬を作っておきます。咳で苦しい時は、そちらを飲んでくださいね」

 

 ハイデマリーが頷くのを確認し、借りていた椅子から立ち上がる。薬を作るため、台所でも借りようとした時だった。

 

 ガタン、と背後で大きな音がした。アリーセが振り返るより早く、ハイデマリーがベッドから飛び起きる。

 

「マリー!」

 

 床に倒れた娘の名を呼ぶハイデマリー。アリーセが駆け寄ると、マリアは真っ赤な顔で苦しそうな浅い呼吸を繰り返していた。

 

「マリア、マリア! 大丈夫っ!?」

 

「はあ……はあ……う、ぅ」

 

 アリーセの呼びかけに身じろぐマリア。薄らと開いた目は熱に潤んでおり、焦点が定まらない。

 

 いつからこんな状態だったのだろうかと思い返せば、彼女の手は最初からずっと熱かった。マリアの体調にまで気を配れなかったと、己の未熟さに歯噛みするアリーセ。

 悔しさを覚えながら、ヘルツにマリアをベッドまで運ばせた。

 

 脈で熱を測ると、平熱を遥かに上回っている。荒い呼吸を聞くだけで、マリアがどれほど辛い思いをしているかが想像できた。常備薬を飲ませるが、効力の弱いこの薬では気休めにもならないだろう。

 

(もし、私が見習いじゃなかったら……こんなことには……)

 

 思わず浮かんだ弱音を、アリーセは頭を振って追い出した。頬を叩いて気合いを入れ直すと、マリアの身を案じるハイデマリーに声をかける。

 

「私、村長さんに頼んで医術師を呼んでもらってきます! ご心配でしょうが、ハイデマリーさんもきちんと養生していてください」

 

 言葉を挟む間も無く、アリーセはマリアの家を飛び出した。

 ガチャンガチャンと後に続く音を置き去りにして、アリーセは仄暗い村の外を駆け抜ける。胡乱な視線を向けられる中、目指すは村の中で最も大きな村長の家だ。

 

 隙間なく閉じられた扉をどんどんと叩き、アリーセは声をあげる。

 

「村長さん、お願いですっ! 今すぐ早馬を飛ばして、近隣の医術師を呼んでください!」

 

 硬い扉を開け、出てきた村長。しかし、アリーセの話を聞いて尚、老人の表情に熱はこもらない。それどころか、マリアの状況を聞けば聞くほどその目は冷たくなっていった。

 

 そして、ついに彼は縋るアリーセの手を振り払い、ふんっと鼻を鳴らす。

 

「お前が治すんじゃなかったのか?」

 

「……見習いの私じゃ、手の施しようがないんです。それほどマリアの病状は深刻で、すぐにでも医術師に見せないと」

 

「魔術師は来ない。あの小娘には罰が当たったのだ。魔女を村に入れた罰がな」

 

 突き放すような言葉と共に、扉を閉めようとする村長。アリーセは隙間に足を差し込み、再び村長に話しかける。

 

「私は魔女じゃないし、マリアは罰が当たるようなことはしていませんっ! 早く医術師をっ……」

 

 そこまで言って、はたと気付く。彼は今「魔術師は来ない」と言った。

 呼ばないではなく、来(・)な(・)い(・)と。

 

 脳裏に蘇るのはマリアの言葉。何十年も前に出て行ってしまったという魔術師。そして、八十年前に現れた魔女の存在。

 

 アリーセの頭の中で恐ろしい考えが浮かんだ。

 

「……もしかして、貴方達……『魔女狩り』をしたの?」

 

 サッと村長の顔色が変わった。



 

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